OpenAIなど、1946体のAIでマウス脳データを32分で再解析 創薬仮説を公開

2026年10月24日 14:56

OpenAI、PerturbAI、スクリプス研究所は2026年10月21日、1946体のAIエージェントを並列稼働させ、770万個超のマウス脳細胞に由来する既存の実験データを32分で再解析したと発表した。遺伝子の機能を失わせたときの細胞応答を文献と照合し、考えられる生物学的機序をまとめた「推論アトラス」を公開した。

研究では、神経変性疾患に関わるDCTN1とコレステロール代謝を結ぶ仮説や、結節性硬化症の原因遺伝子が小脳で異なる影響を及ぼすという所見が取り上げられた。論文は10月16日にbioRxivで公開された査読前のプレプリントで、提案された機序は今後の実験で検証する研究課題となる。

■大量の実験データを、研究につながる解釈へ

PerturbAIは2026年3月、生体内で遺伝子の機能を変化させ、その影響を調べる創薬基盤と、マウス全脳のCRISPRアトラスを公開した。基盤となる実験では1947の遺伝子を対象とし、770万個超の細胞から遺伝子発現のデータを集めている。

用いたのは、CRISPRによる遺伝子編集と単一細胞RNAシーケンシングを組み合わせる「Perturb-seq」だ。遺伝子を働かなくする操作を加えたうえで、細胞型ごとに他の遺伝子の発現がどう変わるかを測るため、遺伝子の機能と細胞応答の因果関係を調べる手掛かりになる。

PerturbAIによると、このアトラスのダウンロード数は10月21日時点で4万回を超えた。同社はその後、代謝性疾患や老化を対象とする独自のアトラスも構築している。

大規模な実験が可能になる一方、得られた変化の意味を理解するには、遺伝子の働き、細胞の性質、疾患との関係を、分野をまたぐ文献と照合する必要がある。今回の共同研究は、その解釈を遺伝子ごとの作業に分け、並列化することを狙ったものだ。

■1946体が分担する「分散型生物学推論」

研究チームは、この方式を「分散型生物学推論」と呼ぶ。GPT-Rosalindを使う1946体のエージェントに、それぞれ1件の遺伝子への操作を担当させ、細胞型別の発現変化、実験条件、解析ツール、文献検索の手段を与えた。

各エージェントは細胞応答を調べ、関連文献を検索し、観察された変化を説明する機序を提案する。報告は遺伝子、細胞型、発現変化、関連文献を結ぶ知識グラフなどに統合され、遺伝子間の共通点や相違点を探索できる形に整理された。

論文によると、並列処理は32分で完了した。人手による同様の逐次作業は数カ月から1年に相当すると研究チームは見積もっており、計算には遺伝子への操作1件の解釈に15分、論文1本の読解に10分という仮定を使っている。

この設計では、各エージェントが担当するデータと文献を個別に扱える。多数の遺伝子を一度に調べながら、それぞれの細胞応答に即した文献探索と解釈を進めることが、並列化の重要な利点となる。

■単一エージェントとの比較と専門家評価

研究チームは、モデル、指示、推論設定、ツール、データへのアクセスをそろえ、1体に与える仕事量を増やした場合と、遺伝子ごとに分担した場合を比較した。最大規模の比較対象は、検出可能な転写応答があった893件の遺伝子への操作だった。

論文では、この条件で単一エージェントが引用した文献参照は約11件となり、分散方式は約711倍の参照を保持したと報告している。研究チームの公開データに基づくR&D Worldの集計では、分散方式の参照数は7586件だった。

仕事量が増えると、単一エージェントの処理ステップやツール呼び出しは頭打ちになり、関連文献を取得できなかったとする出力が増えた。一方、分散方式では仕事量に応じて文献参照が増え、個々の遺伝子に関する解釈を文献で支える範囲を広げられた。

出力の評価には、博士号レベルの生物学の専門家30人が参加した。報告の作成方式を伏せた状態で、新規性、証拠による裏付け、追試の優先度、確信度を採点し、別途、20組の報告を各3人が比較する計60件の判断も行った。この比較では75%で分散方式の報告が選ばれたという。

既存研究の知見を再発見できるかも調べた。元のアトラス研究の論文原稿を与えずに解析させたところ、提供データから導ける55項目の知見のうち48項目を再現、または内容を精緻化したと研究チームは報告している。

■DCTN1とコレステロール代謝を結ぶ仮説

注目された研究課題の一つが、神経細胞内の物質輸送に関わるタンパク質、ダイナクチン1をコードするDCTN1だ。特定の変異は、パーキンソニズム、うつ、中枢性低換気などを特徴とするペリー症候群の原因となる。

DCTN1の変異については、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、前頭側頭型認知症、進行性核上性麻痺に似た症状などとの関連も研究されている。遺伝子の機能異常が神経細胞の状態にどう影響するかは、神経変性を理解するうえで重要な問題となる。

今回のアトラスでは、マウスのDctn1を働かなくすると、コレステロールを含むステロールの生合成に関わる遺伝子の発現が上昇していた。AIはこの観察を物質輸送に関する文献と結び付け、神経細胞内のコレステロール分布の変化が、その合成を促す可能性を提案した。

R&D Worldによると、この仮説は比較対象の単一エージェントからも提示され、3人の専門家が付けた追試優先度の平均は5点満点で4.3点だった。今後は、DCTN1の機能低下が細胞内のコレステロール分布を変えるか、その変化が神経変性に関わるかを実験で調べることになる。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校の神経外科准教授Tomasz Nowakowski氏は、OpenAIの発表に寄せたコメントで、異なる分野に散らばった手掛かりをつなぐ意義を指摘した。神経細胞の機能とコレステロール代謝の関連は、疾患の生物学を新しい視点で考えるきっかけになるとしている。

■結節性硬化症に関わる遺伝子で異なる応答

もう一つの例は、結節性硬化症の原因遺伝子であるTSC1とTSC2だ。両遺伝子がコードするタンパク質は協調して、細胞の増殖や代謝を制御するmTOR複合体1の働きを抑える。

マウスのTsc1とTsc2への操作は、いくつかの神経細胞型で似た転写応答を示した。一方、小脳のGABA作動性神経細胞では、論文が用いた統計基準でTsc2への操作後に83遺伝子の発現変化が検出され、Tsc1への操作後は0だった。Tsc2で変化した遺伝子群には、シナプス機能やカルシウムシグナル伝達に関わるものが含まれた。

OpenAIは、結節性硬化症患者の小脳異常とTSC2変異との関連を背景に、この細胞型ごとの差を取り上げている。既存薬で修正できる細胞変化はどれか、新たな治療法の研究につながる変化はどれかという、具体的な実験課題を絞り込む手掛かりになる。

■ライフサイエンス分野へ広がるAI投資

OpenAIは2026年4月16日、生物学、創薬、ゲノミクスなどの研究を支援するGPT-Rosalindを発表した。Amgen、Moderna、Thermo Fisher Scientific、Allen Instituteなどと連携し、科学ツールやデータを使う研究業務への導入を進めている。

10月20日には、サンフランシスコを拠点とし、医薬品開発の進捗や業務の調整をAIエージェントで支援するOrchestra Bioの買収完了を発表した。同社のチームと技術を、ライフサイエンス向けのモデルやツールを展開するRosalindに統合していく方針だ。

PerturbAIとの共同研究は約1年間続いており、次の段階では同社独自の生体内データを使った創薬標的探索に取り組む。OpenAIのライフサイエンス部門責任者Joy Jiao氏は、多数のエージェントを並列で動かすことで、大規模実験に合わせて生物学的解釈を拡張し、医薬品開発を支援できると述べている。

PerturbAI共同創業者兼CEOのGrace Zheng氏は、新規標的の探索では十分な機序の証拠がそろう前に投資判断を求められることが多いと説明した。生体内で得た因果関係を調べるデータとAIを組み合わせ、標的探索をより体系的にすることを目指すという。

競合各社も投資を進める。Fierce Biotechによると、Anthropicは2026年4月、Coefficient Bioを約4億ドルの株式取引で買収した。Alphabet傘下のIsomorphic Labsは2025年の6億ドル(約942億円)に続き、2026年5月に21億ドル(約3300億円)を調達しており、累計は27億ドル(約4240億円)となる。ロイター通信によると、同社CEOのDemis Hassabis氏は2026年1月、年末までの初の臨床試験開始を目標に掲げた。

Axiosが2026年9月に報じたPitchBookの集計では、2020年代のAIバイオ医薬品分野へのベンチャー投資は400億ドル(約6兆2800億円)を超えた。研究データの解釈から、候補の選定、実験、開発業務の調整まで、AIの活用範囲が広がっている。

■公開された仮説を次の実験につなぐ

医薬品開発には、米国で標的の発見から承認まで平均約10〜15年を要するとOpenAIは説明する。費用については、DiMasi氏らの2016年の研究が、開発中止となった候補の費用と資本コストを含め、承認1件当たり約26億ドルと推計した。これは2013年のドル価値で算出された数値だ。

2022年にActa Pharmaceutica Sinica Bに掲載された総説は、臨床開発に入った候補の約90%が承認に至らないと整理している。今回のAI解析で得られた機序の仮説も、細胞や動物などを使った実験を通じて、創薬標的としての価値を評価していく必要がある。

AIの説明を吟味する作業も重要になる。2026年にDrug Discovery Todayに掲載されたAIエージェントの総説は、誤った内容を生成するハルシネーションのリスクを論じている。医療情報の根拠とハルシネーションを評価したJMIR AIの研究もあり、生成された説明と、それを支えるデータや文献の照合が研究利用の要となる。

今回のプレプリントは、著者14人のうち6人がOpenAI、2人がPerturbAIの従業員であると開示している。さらに、Grace Zheng氏とスクリプス研究所のXin Jin氏がPerturbAIの共同創業者であることも記載した。

解析用ソフトウェアはGitHubでMITライセンスの下に公開され、推論アトラスも探索できる。研究者は関連する遺伝子を比較し、AIの解釈と根拠を確認しながら、自らの実験で追究する候補を選べる。

ケンブリッジ大学の幹細胞医学教授でHuman Cell Atlasの創設共同議長を務めるSarah Teichmann氏は、OpenAIの発表へのコメントで、細胞アトラスは作成者が想像していなかった発見を他の研究者が行えるようにする資源だと説明した。AIはその探索を広げ、予想外の観察を検証すべき問いへ変える助けになると期待している。

元記事: OpenAI Drug Discovery Swarm Decoded 7.7 Million Brain Cells in 32 Minutes

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