HBMを使わないAI推論チップへ、Positron AIが8.75億ドル調達―実性能は今後検証

2026年9月13日 16:11

AI推論向けハードウェアを開発する米Positron AIは、シリーズCで8億7500万ドル(約1348億円、1ドル=154円換算)を調達した。資金調達後の評価額は50億ドル(約7700億円)となる。調達資金は、HBMではなくLPDDR5Xを採用する推論向けASIC「Asimov」のテープアウトや、同チップを搭載するシステム「Titan」の生産立ち上げなどに充てる。

Asimovは2026年末のテープアウト、2027年後半の生産を予定している。Positronは、AI推論時のメモリ帯域を効率よく利用する設計により、HBMを搭載するGPUとは異なる構成で性能とコスト、消費電力の改善を狙う。ただし、Asimovはまだ製造前の段階にあり、公表されている性能やメモリ帯域利用率は同社の設計目標である。

■推論基盤への支出拡大でメモリ効率に注目

米ネバダ州リノを拠点とするPositron AIは2026年9月10日、シリーズCで8億7500万ドルを調達したと発表した。2026年2月にはシリーズBで2億3000万ドル(約354億円)を調達し、評価額は10億ドルを超えていた。

今回の資金調達は2段階で構成される。第1段階は、投資前評価額35億ドル(約5390億円)で実施した3億7500万ドル(約578億円)のシリーズCである。NEA、Andra Capital、Atreides Management、Valor Equity Partners、SemiAnalysis Capitalが共同で主導した。第2段階は最大5億ドル(約770億円)のシリーズC-1で、NEAとSilicon Graphics創業者でNetscape共同創業者のJim Clark氏が主導した。

資金は、TSMCのN3Pプロセスを採用するAsimovのテープアウトに加え、2MW超のエンジニアリング用データセンターとエミュレーション基盤の整備、Titanの生産能力やシステム統合、LPDDR5Xの調達体制の構築などに使われる。

調査会社Gartnerは、世界のAI最適化IaaSへの支出が2026年に前年比96.4%増の422億7600万ドルに達すると予測している。このうち推論ワークロードへの支出は233億ドルとなり、学習向けの190億ドルを初めて上回る見通しだ。モデル開発だけでなく、実運用環境でモデルを継続的に動かすためのコストや電力、メモリ容量が、AI基盤の重要な評価項目になっている。

■HBMではなくLPDDR5Xを選んだAsimov

Asimovの特徴は、AIアクセラレータで一般的なHBM(High Bandwidth Memory)ではなく、スマートフォンやノートPCなどにも使われるLPDDR5Xを採用する点にある。

HBMはDRAMを積層し、広いインターフェースを通じて高い帯域幅を得るメモリである。AI向けGPUでは、GPUとHBMをシリコンインターポーザなどに実装する高度なパッケージング技術が使われる。一方、PositronはAsimovに有機基板とLPDDR5Xを採用し、HBMや対応する先端パッケージングへの依存を避ける設計を掲げている。

大規模言語モデルの推論処理は、入力をまとめて処理する「プリフィル」と、出力トークンを逐次生成する「デコード」に大きく分けられる。プリフィルでは並列度の高い行列演算が中心となる一方、デコードではモデルの重みやKVキャッシュなどのデータを繰り返し読み出すため、演算能力だけでなくメモリ容量、帯域幅、データ移動の効率が性能を左右する。

Positronは、GPUが推論処理で利用できるメモリ帯域の30%未満しか活用できない場合があるのに対し、同社の次世代システムは90%超を利用できると説明している。Asimovではピーク帯域幅そのものをHBM搭載GPUと競うのではなく、利用可能な帯域を高い割合で実処理に結び付けることを設計の中心に置く。

もっとも、90%超という数値はPositronが示した目標であり、Asimovを使った第三者の実測値ではない。同社の製品情報では、実効メモリ帯域を毎秒2.76TB、熱設計電力を約400Wとしているが、Asimovは2026年9月時点でテープアウト前である。実際の性能、消費電力、対応モデル、ソフトウェア環境を含む評価は、製造後の検証を待つ必要がある。

■チップ当たり最大2.3TBのメモリを計画

Positronの発表によると、Asimovはチップ当たり最大2304GB、約2.3TBのメモリを扱う設計となる。チップ外のメモリとの接続には、PCI Expressを基盤とする相互接続規格CXLも利用する。

Asimovを4~8基組み合わせるTitanは、単一ノードで16兆パラメータを超えるモデルと、1000万トークンを超えるコンテキストウィンドウに対応する設計目標を掲げる。これらも稼働中の製品で確認された値ではなく、Positronが将来のシステムに設定した仕様である。

大容量メモリは、モデルの重みや推論中に増加するKVキャッシュを保持し、複数のアクセラレータやストレージ間でデータを移動する頻度を抑えるうえで有利になり得る。一方、CXL経由の拡張メモリを含む構成では、メモリの配置や帯域幅、遅延が一様ではないため、容量だけで実際の処理性能を判断することはできない。

Titanは空冷と液冷の両方に対応し、異なるラック密度のデータセンターに導入できるよう設計される。Positronは、大規模な液冷設備を備えていない施設でも使用できることを、導入上の利点として打ち出している。

■現行製品AtlasはOracle Cloud Infrastructureに導入

Positronは、Asimovに先立つ第1世代の推論システム「Atlas」をすでに出荷している。同社によると、Oracle Cloud Infrastructureでは50ラックを超えるAtlasの導入を進めており、Parasailがその計算資源を推論サービスに利用している。Jump Tradingとi3d.netも本番環境の顧客として公表されている。

Atlasは、各32GBのHBMを備える8基のArcherアクセラレータを搭載したシステムであり、LPDDR5Xを採用するAsimovとはメモリ構成もアーキテクチャも異なる。このため、Oracleでの導入実績はPositronが推論システムを運用規模で展開した経験を示すものだが、AsimovのLPDDR5X設計の性能を直接実証するものではない。

Positronは、Llama 3.1 8Bを使った自社比較で、Atlasがシステム消費電力2000Wの条件において、ユーザー当たり毎秒約282トークンを処理したとしている。比較対象としたNvidia DGX H200は5900Wで、ユーザー当たり毎秒約175トークンとしている。ただし、この比較値はPositronが公表したものであり、独立した第三者による同一条件での再現結果は示されていない。

PositronのCEOを務めるMitesh Agrawal氏は、Atlasの大規模導入を通じ、推論サービスの顧客が必要とする要件について多くを学び、その知見をAsimovとTitanへ反映したと説明した。

■LPDDR設計の成否は製造後の検証へ

今回の資金調達に伴い、NEAのForest Baskett氏、Atreides ManagementのGavin Baker氏、Jim Clark OfficeのThomas Jermoluk氏、SemiAnalysis CapitalのDylan Patel氏がPositronの取締役会に加わる。

Positronが掲げるLPDDR5X中心の設計は、HBM搭載GPUに対してピーク帯域幅で競うのではなく、大容量のメモリと帯域幅の利用効率、電力、調達のしやすさを組み合わせて推論処理を最適化する考え方である。

他方、アクセラレータの性能は、メモリ帯域だけで決まるものではない。バッチサイズ、モデル構造、数値精度、コンテキスト長、応答遅延、同時利用者数、ソフトウェアの最適化などによって結果は変わる。HBM搭載GPUとの比較には、実際の製品を使い、同じモデルと条件で測定した推論速度、消費電力、総コストの評価が必要になる。

Positronは、2026年末までにAsimovをテープアウトし、2027年後半に生産を開始する計画だ。Titanが企業の調達候補となるかどうかは、製造後の性能や歩留まり、量産能力、ソフトウェア対応、価格を含む実運用での検証に左右される。8億7500万ドルの資金調達によって、その設計思想を実際のシリコンとシステムで確かめる段階へ進むことになる。

元記事: Positron AI Raises $875M to Prove Commodity Memory Can Beat HBM in Inference

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