【分析】DeepSeekが中国本土でIPO準備、年内の手続き開始を目指すと報道―データ管理と財務開示も焦点に
2026年9月11日 10:44
中国の人工知能(AI)スタートアップDeepSeekが、上海証券取引所の科創板(STAR Market)への新規株式公開(IPO)に向け、CITIC証券を起用したと報じられた。同社は2026年中に上場手続きを始めることを目指しているが、上場時期や調達額、目標評価額は決まっていない。IPOが実現すれば財務や事業の透明性向上が期待される一方、同社のサービスに入力したデータが中国で処理・保管されるという基本的な条件は変わらない。
■CITIC証券を起用、IPOへ具体的な一歩
Reutersが事情に詳しい匿名の関係者2人の話として報じたところによると、杭州を拠点とするDeepSeekは、上海証券取引所の科創板への上場準備を進めるため、CITIC証券を起用した。DeepSeekとCITIC証券は取材へのコメントを控えている。
中国本土での上場を目指す企業は通常、申請に先立って証券会社を起用し、コーポレートガバナンスや法令順守、財務開示などに関する上場指導を受ける。今回の起用は、DeepSeekの上場構想が具体的な準備段階へ進んだことを示すが、IPO申請や上場が正式に決まったわけではない。
関係者によると、同社は2026年中にIPO手続きを始めることを目指している。上場時期、調達規模、目標評価額はいずれも未定であり、今後は上場指導や申請、規制当局による審査などの手続きが必要になる。
DeepSeekは、計算インフラやAIモデルの開発、人材の採用と維持に必要な資金の確保を進めている。IPOが実現すれば、監査済み財務諸表や事業上のリスク、株主構成、資金使途などが目論見書で開示され、これまで外部から見えにくかった経営実態が明らかになる可能性がある。
■2025年のR1登場で世界的な注目
DeepSeekは、量的運用のヘッジファンドHigh-Flyerを率いる梁文鋒氏が2023年に設立した。外部資本への依存を抑えて研究開発を進めてきたが、AIモデルの開発や運用に必要な計算資源が拡大するなか、大規模な資金調達へ方針を転換した。
同社が世界的な注目を集めたのは2025年1月である。推論モデル「DeepSeek-R1」とAIアシスタントの普及を受け、性能の高いAIをより少ない計算コストで開発できる可能性が意識された。
2025年1月27日の米国株式市場では、AIインフラ投資や半導体需要の先行きを巡る懸念が広がり、NVIDIA株が約17%下落した。同社の時価総額は1日で約5930億ドル(約91兆3000億円、1ドル=154円換算)減少し、NASDAQ総合指数も3.1%下落した。
■外部資金を導入、追加調達も協議
Reutersによると、DeepSeekは2026年6月、初の外部資金調達で約500億元、当時の換算で約74億ドル(約1兆1400億円)を調達した。資金調達後の企業価値は500億ドル(約7兆7000億円)を超えたとされる。
この資金調達では、梁が個人資金から200億元を拠出したほか、Tencentが100億元、電池大手のCATLが50億元を投じた。TencentとCATLは主要な外部株主になったと報じられている。
DeepSeekはさらに、企業価値を約5000億元(約11兆5000億円)とする新たな資金調達を進めているとされる。ただし、これは非公開の協議に基づく情報であり、調達の完了や最終的な条件は公式発表されていない。
梁氏は、IPOを通じて重要な技術者や研究者を引き留められる報酬制度を構築したい意向だと報じられている。AI業界では計算資源だけでなく研究者の獲得競争も激しく、DeepSeekにとって人材の採用と維持は上場資金の重要な用途となりそうだ。
■上場してもデータの保管場所は変わらず
株式上場は、資金調達の方法や情報開示、株主構成を変える一方、会社の設立地やサービス運営に適用される法制度を自動的に変更するものではない。DeepSeekが上海で上場した場合も、中国企業として中国の法令に従って事業を運営することになる。
中国の国家情報法第7条は、組織および国民に対し、法に基づいて国家の情報活動を支持、援助、協力するよう定めている。データ安全法やサイバーセキュリティ法なども、データの取り扱いや当局への協力に関する枠組みを設けている。
一方、国外の利用者にどの法律が適用され、どのような権利を行使できるかは、サービスの提供地域や利用形態、利用者が所在する国・地域のデータ保護法によっても異なる。中国法が世界の利用者を一律に直接拘束すると捉えるより、DeepSeekを運営する中国法人と、中国国内で処理・保管されるデータが中国の法制度の下に置かれることが重要な論点となる。
DeepSeekのプライバシーポリシーによると、同社は利用者が入力した文章や音声、プロンプト、アップロードしたファイル、写真、フィードバック、チャット履歴などを収集する場合がある。IPアドレスや端末識別子、Cookie、端末やネットワークに関する情報なども自動的に収集するとしている。
同社は、収集した個人データを中華人民共和国にあるサーバーで処理、保管する場合があると説明している。このため、顧客情報、個人情報、未公開のソースコード、営業秘密などをクラウド版のチャットボットや公式APIへ入力する場合は、所属組織の情報管理規則とサービスの利用条件を確認する必要がある。
なお、DeepSeekのモデルを利用者自身の管理下にある環境で動かす場合や、第三者が提供するサービスを通じて利用する場合は、データの送信先や管理主体が公式チャットボット、公式APIとは異なる。DeepSeekのモデルを利用することと、DeepSeekが運営するクラウドサービスへデータを送信することは区別して考える必要がある。
■China Mobileとの接続を巡る調査
2025年、サイバーセキュリティ企業Feroot Securityは、DeepSeekのWeb版のログインページに、China Mobileの認証基盤CMPassport.comへ接続できるコードが含まれていると報告した。
この調査結果については、外部の研究者もDeepSeekのログインシステムとChina Mobileのインフラとの接続を確認した。一方、北米で行われた検証では、ログイン情報が実際にChina Mobileへ送信されたことまでは確認されていない。したがって、接続機能の存在と、すべての利用者について実際にデータ送信が行われていたとの主張は分けて扱う必要がある。
米連邦通信委員会(FCC)は2019年、国家安全保障上の懸念を理由に、China Mobile USAによる米国での通信サービス提供申請を認めなかった。DeepSeekのシステムから同社のインフラへの接続が確認されたことは、米国の議会や政府機関がデータ管理上の懸念を強める一因となった。
■各国・地域で政府利用を制限
DeepSeekのデータ管理を巡っては、2025年以降、各国の規制当局や政府機関が相次いで対応した。ただし、一般利用者を含むサービス全体への措置と、政府端末や行政機関内に限定した利用禁止は区別する必要がある。
イタリアのデータ保護当局は2025年1月30日、個人データの処理に関する同社の説明が不十分だとして、イタリアの利用者データの処理を制限した。その後も欧州各国のデータ保護当局が、透明性や中国へのデータ移転、モデル学習における個人データの利用などを調査している。
オーストラリア政府は2025年2月、国家安全保障上のリスク評価に基づき、政府のシステムや端末からDeepSeek関連製品を削除するよう指示した。台湾や韓国などでも、政府機関や公的部門の端末における利用が禁止または制限された。
インドでは、財務省が職員に対し、DeepSeekだけでなく生成AIツール全般を公用端末で使用しないよう指示した。米国でも海軍など一部機関が利用を制限したほか、政府端末でのDeepSeek利用を禁じる法案が議会に提出された。
こうした措置の多くは、政府や公的機関が扱う機密情報の保護を目的としている。各国の対応は、DeepSeekのサービス全体について不正なデータ取得が立証されたことを意味するものではないが、機密性の高い情報を国外のクラウドサービスへ送信するリスクを抑える予防的な措置と位置付けられる。
■IPOで問われる収益性と事業モデル
DeepSeekの財務情報は公式にはほとんど公開されていないが、2026年の報道では事業規模の拡大が伝えられている。The Informationが同社の財務に詳しい関係者の話として報じたところによると、2026年1月から7月までの売上高は約4億7500万元(約109億円)だった。これは2025年通年の売上高のおよそ10倍に相当するという。
同じ7カ月間の純損失は約7億1500万元(約164億円)、2025年通年の純損失は約9億3500万元(約215億円)だったと報じられている。ただし、いずれも関係者に基づく報道値であり、監査済みの公式財務諸表ではない。
同期間の全社の売上総利益率は44.6%、API事業に限った売上総利益率は82.9%だったとされる。APIは、外部の開発者や企業がDeepSeekのモデルをソフトウェアから呼び出すための仕組みである。API部門の高い利益率が報道通りであれば、モデルの推論サービス自体は比較的高い採算性を持つ一方、研究開発や計算設備、無料サービスの運営などを含めた会社全体では損失が続いていることになる。
DeepSeekのモデルは、Mixture-of-Experts(MoE)と呼ばれる構造を採用している。入力に応じてモデル内の一部の専門的なパラメーターを選択的に動かすことで、すべてのパラメーターを毎回使用する方式に比べ、推論時の計算量を抑えやすい。もっとも、実際のサービス原価や利益率は、モデル構造だけでなく、半導体の調達費、設備稼働率、電力、通信、利用量、価格設定など複数の要因によって決まる。
IPOが進めば、DeepSeekは監査済みの売上高や損益だけでなく、研究開発費、設備投資、主要顧客への依存、半導体やデータセンターの調達状況、株主構成などを開示することになる。CITIC証券の起用は上場への具体的な一歩だが、現段階では手続きの開始を目指している段階であり、DeepSeekの企業価値や収益力を評価する材料はなお限られている。
元記事: DeepSeek IPO Milestone: China’s Data Law Follows Every User, Wherever Shares Trade