日立、熟練者の暗黙知をAI向けデータに変換―HMAXに「Data Fabric」など追加

2026年9月6日 15:30

日立製作所は9月3日、社会インフラ向けAIソリューション群「HMAX by Hitachi」を拡充し、HMAX Data Center、HMAX Cyber、HMAX Data Fabric、HMAX AI Operationsを追加した。中核となるHMAX Data Fabricは、現場のデータと熟練者が持つ暗黙知を整理し、AIが利用できるナレッジグラフとして蓄積するデータ基盤である。

設備やシステムを直接扱うフィジカルAIでは、高性能なAIモデルだけでなく、設備同士の関係、運用ルール、現場固有の判断基準を機械が扱える形にする必要がある。日立は、顧客の現場に入る専門チーム、データ基盤、AI運用管理を連携させ、知識の抽出からAIの開発・運用までを支援する方針だ。

■熟練者の暗黙知をAIが扱える知識へ

工場や社会インフラの運用では、マニュアルや数値データだけでは表現しにくい判断が少なくない。熟練者は、設備の音や振動、温度の変化、過去の故障時に見られた挙動などを組み合わせ、異常の兆候や必要な対応を判断している。

こうした経験や判断基準は、本人が明確に言語化していない場合もあり、退職や配置転換によって組織から失われる可能性がある。HMAX Data Fabricは、現場に蓄積されたデータと暗黙知を、AIが利用できるデータ資産として整理することを目的としている。

日立のPhysical AI FDE(Forward Deployed Engineer)チームは、IT、OT(制御・運用技術)、製品、AIなどの専門家で構成され、顧客の現場で課題の整理からAIの構築、運用までを支援する。熟練者への対話型インタビューなどを通じて、経験、ノウハウ、判断基準を抽出し、現場データとともに構造化する。

収集した情報は、データの意味や相互関係を体系化するオントロジーに基づいて整理される。そのうえで、設備、工程、事象、状態などを結び付けたナレッジグラフとしてHMAX Data Fabricに蓄積し、AIが参照できる「AI Ready」なデータへ変換する。

■測定値だけでなく現場の文脈をデータ化

一般的なデータ基盤には、温度、振動、時刻、装置番号といった個別の記録が蓄積される。一方、AIが現場の状況を判断するには、その測定値がどの設備のどの部分から得られたのか、前後の工程や他の設備とどのような関係にあるのか、過去にどのような事象と結び付いていたのかといった文脈も重要になる。

ナレッジグラフは、資産、工程、測定値、作業、異常などを相互に関連付けることで、分散していた情報を関係性とともに扱えるようにする。これにより、AIが単一の数値や文書を検索するだけでなく、設備や業務の構造をたどりながら関連情報を取得するための基盤を構築する。

もっとも、熟練者への聞き取りによって得た内容が、そのまま正確で完全な知識になるとは限らない。話し手による認識の違いや、言語化されなかった条件が残る可能性もある。重要インフラの判断や制御に利用する場合は、専門家による確認、データとの照合、運用を通じた継続的な更新が重要になる。

■AIエージェントの運用とリスクを一元管理

HMAX AI Operationsは、AIおよびAIエージェントを安定的に運用するための管理機能を提供する。モデルの性能やデータ品質、アクセス制御、コスト、セキュリティリスクなどを監視し、AIエージェントの信頼性、安全性、動作状況を一元的に把握できるようにする。

今回の拡充では、日立のAI運用サービス「HARC for AI」が、AIエージェント・プラットフォームに対する包括的なガバナンスに対応した。AI固有のリスク低減や投資対効果の可視化に加え、各エージェントの稼働状況や権限、性能、コストなどを管理する。

設備やインフラと接続するAIでは、出力の誤りが機器の動作や業務継続に影響する可能性がある。このため、AIの判断精度だけでなく、許可された範囲内で動作しているか、異常発生時に検知・対応できるかを含めた運用管理が必要となる。HMAX Data FabricがAIに必要なデータと文脈を提供し、HMAX AI OperationsがAIの稼働を監視・管理する構成となる。

■電力・冷却・IT設備を横断管理するデータセンター向け製品

HMAX Data Centerは、データセンターを支える電力、冷却、IT設備を横断して監視・運用するソリューション群である。異なるベンダーの設備を統合監視し、設備やインフラ間の相関分析、障害発生時の対応策の提示、継続的な運用改善までを支援する。

データセンターでは、電力設備、サーバーなどのIT機器、冷却設備が密接に影響し合う。一方で、それぞれが異なる管理システムで運用されていると、ある設備で発生した問題が別の設備へ与えた影響を把握するまでに時間がかかることがある。

日立は、これらを一つの運用領域として扱い、複数設備のデータを関連付けることで、インシデントの分析と対策を支援する。設備単位の監視から、データセンター全体の運用最適化へ対象を広げる考えだ。

■サイバー攻撃を受けた後の事業継続も支援

HMAX Cyberは、サイバー攻撃を受けても事業を継続できる運用上の回復力、すなわちオペレーショナルレジリエンスの向上を支援する。サービスは、リスクを予測して備える「Identify」、24時間365日の監視・運用を行う「Manage」、インシデント発生後の迅速な復旧を支援する「Recover」の3分野で構成される。

日立はGoogle Cloudとの戦略的提携を通じ、Gemini Enterpriseを利用したHMAXの高度化や、AIを利用するサイバー攻撃への対応を進めている。攻撃者によるAIの利用で、脆弱性の探索や攻撃手段の作成が高速化する可能性を踏まえ、Google Cloudのセキュリティ技術と、日立が社会インフラ分野で蓄積したシステム構築・運用の知見を組み合わせる。

HMAX CyberでもFDEが顧客の現場に入り、リスクの把握から監視、復旧までを支援する。セキュリティ製品を導入するだけでなく、顧客の事業やシステム構成に合わせて運用体制を整えることを重視している。

■既存の設備やシステムとの連携を重視

日立は、HMAX Data Centerを特定業界や業務向けの「ドメイン対応型ソリューション」、HMAX Cyber、HMAX Data Fabric、HMAX AI Operationsを複数分野で利用できる共通ソリューションと位置付けている。

共通ソリューションは、HMAX内の他の製品だけでなく、顧客がすでに運用しているIT、OT、設備、業務システムとの連携を想定する。既存環境を全面的に置き換えるのではなく、複数メーカーの機器やレガシーシステムを含む現在の環境にAIを組み込む設計を目指す。

日立は2026年7月、NVIDIAとの協業により、複数のAIエージェント、産業設備、デジタルツインを連携させる「マルチエージェント オーケストレーション プラットフォーム」を開発する方針を発表した。日立以外のメーカーの設備やシステムも含め、現場全体を連動させる構想である。

同プラットフォームでは、日立の社会インフラ知能基盤モデル「IWIM」を知識・推論基盤として利用し、NVIDIA Agent Toolkit、NVIDIA NemoClaw、NVIDIA OpenShell、NVIDIA Nemotronなどとの連携を進める。さらに、IWIMとNVIDIA Cosmos世界基盤モデルを接続し、設備や機器への制御を適用する前に、デジタルツイン上で検証する環境の構築を目指している。

■高性能モデルだけでは解けない産業AIの課題

日立は2026年1月のCESでHMAXを発表し、モビリティ、エネルギー、産業の3分野を中心とするソリューションを示した。その後、金融向けのHMAX Financeを展開し、今回、データセンターと複数分野に共通するデータ、AI運用、サイバーセキュリティの領域を加えた。

日立は、HMAXを将来的に社会インフラを自律的に制御・最適化する「オペレーティングシステム」へ進化させる方針を掲げる。データとAIだけでなく、IT、OT、製品、現場の知識を組み合わせることをHMAXの特徴としている。

2025年度の連結売上収益は10兆5867億円だった。2026年3月末時点の連結子会社は606社で、世界の従業員数は約29万人となっている。こうした事業基盤と社会インフラの構築・運用経験を、フィジカルAIの開発と導入に活用する。

産業AIを現場で利用するには、機器から大量のデータを集めるだけでは十分ではない。設備の構成、データの意味、運用上の制約、現場で受け継がれてきた判断基準を、AIが利用できる形で整理する知識工学が必要になる。

HMAX Data Fabric、HMAX AI Operations、Physical AI FDEは、この工程をデータ基盤、AI運用、人的支援の組み合わせで担う。今後は、インタビューなどを通じて構築した知識をどのように検証・更新するか、異なる顧客や設備へ展開できるか、重要な運用判断に必要な信頼性を確保できるかが焦点となる。

元記事: Hitachi Converts Retiring Workers’ Expertise Into Industrial AI Knowledge Graphs

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