ゾルゲンスマ投与後の腫瘍2例、DNA組み込みによる発がんをFDAが確認
2026年11月7日 21:41
脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」を投与された患者の腫瘍2例で、治療用ベクターのDNAが患者のゲノムに組み込まれ、発がんにつながったことを米食品医薬品局(FDA)が確認した。FDAは2026年11月6日、安全性情報を公表し、処方情報と長期追跡調査の妥当性を評価していると明らかにした。
■世界で9件の腫瘍報告、2例でDNAの組み込み
ノバルティスが11月5日に患者団体を通じて公表した声明によると、2019年の初承認以降、ゾルゲンスマを投与された患者について、世界で9件の腫瘍報告を受けている。このうち2例で、ベクターDNAが患者のDNAに組み込まれた証拠が得られたという。
英国のゾルゲンスマ全国多職種チームが11月4日付で公表した情報では、9人の小児のうち3人で腫瘍の病理検査が完了していた。2例は治療と関連するとされ、残る1例は関連がないと考えられるという。
FDAによると、2例の腫瘍組織では、治療用DNAのプロモーター領域が、がん遺伝子GLI1の上流または内部に組み込まれていた。GLI1は過剰に発現したり、異常に活性化したりすると、がんにつながる可能性がある遺伝子だ。
ノバルティスによると、DNAの組み込みが確認された2人は腫瘍の治療を受け、引き続き経過観察中である。同社は各事例を保健当局に適時報告し、今後の対応について協議しているとしている。
同社の11月5日時点の集計では、臨床試験、特別なアクセスプログラム、市販後の治療を合わせ、6000人を超える患者がゾルゲンスマを投与されている。今回の報告は、単回投与後も長期にわたって安全性を把握する重要性を示している。
■治療用DNAと挿入変異の仕組み
ゾルゲンスマの一般名はオナセムノゲン アベパルボベクである。遺伝子を細胞へ届ける運搬役として、増殖能力を持たない遺伝子組換えアデノ随伴ウイルス9型(AAV9)ベクターを使う。
SMAでは、SMN1遺伝子の欠失や変異によって、運動神経細胞の維持に必要なSMNタンパク質が不足する。ゾルゲンスマは機能するSMN1遺伝子を届け、SMNタンパク質の産生を補う仕組みだ。
導入されたDNAの多くは、染色体の外側にある「エピソーム」という形で細胞核内に存在する。分裂しない運動神経細胞では、このようなDNAの保持が長期の遺伝子発現を支える。一方、細胞分裂が起きる組織では、染色体外のDNAは分裂に伴って薄まっていく。
一部のベクターDNAは染色体に組み込まれることがある。挿入されたDNAの位置や構成によって周囲の遺伝子の働きが変化する現象が「挿入変異」であり、細胞増殖に関わる遺伝子の異常な活性化につながる場合がある。ゾルゲンスマには、導入遺伝子の発現を促すプロモーターやエンハンサーが含まれる。
米国の処方情報に示された体内分布データでは、ベクターDNAは肝臓で最も多く検出されている。治療用DNAがどの組織に届き、その後どのように保持されるかは、効果の持続と長期的な安全性の双方に関わる研究課題だ。
Greigらが2023年にNature Biotechnologyでオンライン公表した研究では、AAV8とAAVrh10を投与したヒト以外の霊長類を2年以上追跡した。ベクター配列の組み込みは約100細胞に1個で検出され、解析された組み込み部位は肝細胞がん関連遺伝子の近傍にはなかった。研究チームは、組み込まれたDNAが肝臓での長期的な遺伝子発現に寄与する可能性を示した。
■処方情報と長期追跡を評価するFDA
2026年6月改訂の米国処方情報は、5.6節にAAVベクターDNAの組み込みによる腫瘍形成の「理論上のリスク」を記載している。承認後の腫瘍報告にも言及し、当時の腫瘍解析に基づく因果関係の評価と、腫瘍発生時に製造元へ報告する手順を示している。
FDAは11月6日の安全性情報で、新たに確認された挿入に伴う発がんの情報を踏まえ、処方情報と長期追跡調査が適切かを速やかに評価するとした。治療を受ける患者や臨床試験参加者について、腫瘍形成の有無を経過観察するよう求めている。
長期的な安全性の追跡は、ゾルゲンスマの承認時から計画されていた。FDAの2019年の審査資料には、初期の臨床試験参加者を投与後15年間追跡し、最初の5年間は年1回の来院、その後10年間は年1回の電話連絡で安全性を確認する計画が記されている。市販後には、SMA患者の任意参加による国際的な登録調査も計画された。
FDAが2020年に公表した遺伝子治療の長期追跡指針も、遅れて現れる有害事象を把握するため、長期的リスクのある製品には承認後の追跡・監視計画を設けるよう勧めている。今回の評価では、新たな腫瘍情報を既存の追跡体制にどう反映するかが焦点となる。
英国の全国多職種チームは11月4日時点で、英国の患者について、通常診療やフォローアップの変更、追加の画像検査などを推奨しないと案内していた。その後、FDAは6日付で経過観察を求める情報を公表している。患者団体のCure SMAは、治療後の疑問や懸念を担当のSMA診療チームや主治医に相談するよう呼びかけている。
■日本でも提供される治療と選択肢
日本では「ゾルゲンスマ点滴静注」が2020年に承認され、同年5月に販売が始まった。対象は抗AAV9抗体が陰性のSMA患者で、2歳未満に投与する。機能する遺伝子を単回の静脈内投与で届ける治療である。
さらにノバルティス ファーマは2026年4月3日、2歳以上を対象とする「ゾルゲンスマ髄注」の国内承認を取得した。こちらも抗AAV9抗体が陰性の患者を対象とし、脳脊髄液が流れる髄腔内に単回投与する。投与経路を問わず、オナセムノゲン アベパルボベクの投与歴がある患者には使用しない。
米国では髄腔内投与製剤が「Itvisma」の名称で承認されている。FDAは、点滴静注製剤と同じベクターおよび遺伝子構成を用いることから、腫瘍リスクの評価を両製剤に適用している。FDAは承認された用途では、両製剤の便益が潜在的なリスクを引き続き上回ると判断している。
SMAの治療には、バイオジェンの「スピンラザ」(ヌシネルセン)もある。アンチセンス核酸としてSMN2遺伝子由来のRNAのスプライシングを調整し、SMNタンパク質を増やす薬で、日本では2017年に初承認された。髄腔内への継続的な投与を行う。
ロシュが開発し、日本で中外製薬が販売する「エブリスディ」(リスジプラム)は、2021年に国内承認された経口のSMN2スプライシング修飾薬で、1日1回服用する。スピンラザとエブリスディは、体内に治療用遺伝子を導入するゾルゲンスマとは異なる方法で、SMNタンパク質の産生を補う。
ゾルゲンスマの米国発売時の価格は、2019年時点で1回212万5000米ドル(約3億3600万円)だった。治療の選択では、年齢、病状、投与方法、継続投与の負担、期待される効果と安全性を合わせて検討することになる。
■肝障害を巡る警告と過去の安全性評価
ゾルゲンスマでは、肝障害が既知の重要なリスクとして管理されてきた。米国では2019年の承認時から重篤な急性肝障害に関する枠付き警告があり、2026年6月改訂の処方情報は、死亡に至る急性肝不全も警告している。
ノバルティスは2022年8月、投与後の急性肝不全による小児2人の死亡を公表した。同社の医療従事者向け情報によると、死亡は投与から6~7週間後に起きた。同社はこの報告を受け、死亡に至る急性肝不全を明記するための表示更新を進めると説明していた。
日本の2025年11月改訂の電子添文にも、肝機能障害・肝不全、血小板減少症、血栓性微小血管症などが重大な副作用として記載されている。投与前後の副腎皮質ステロイドの使用に加え、投与後3カ月間の肝機能検査や血小板数の測定などが定められている。
Fierce Biotechの2021年9月の報道によると、当時FDAが示した約500人のデータでは、約3分の1に肝臓関連の有害事象が報告されていた。同月のFDA諮問委員会では、AAV遺伝子治療について、動物試験からヒトの安全性を予測する難しさと、長期追跡のあり方が議論された。
同媒体によると、委員長のLisa Butterfield氏は投与後のより長期の評価を求める意見に言及した。ファイザーのJing Yuan氏は、臨床開発中の既存の監視方法を妥当と評価した。別の委員は、市販後に1000人超が治療を受けていたことを踏まえ、長期追跡研究の機会を指摘していた。
情報開示を巡る問題も過去にあった。FDAは2019年8月、製造元AveXisから同年6月28日に、申請資料に含まれた一部の動物試験データの操作について報告を受けたと公表した。規制専門媒体RAPSによると、FDAは2020年3月に審査を終え、規制上の措置を取らないとした。
■患者家族への情報提供とAAV治療全体の課題
BioSpaceは11月5日、SMAの子を持つDustin Brondyke氏が、診察で腫瘍の情報を知らされたとLinkedInに投稿したことを報じた。投稿は患者支援活動家のCarolyn Philstrom氏も共有した。Brondyke氏は、ノバルティスによる情報提供が段階的に行われていると批判したという。
SMA Europeは、家族がSNSや不完全な情報をつなぎ合わせる状況に置かれるべきではなく、明確で信頼できる説明が必要だと表明した。同団体はノバルティスに対し、判明したこと、未確定な点、既に治療を受けた人への意味、追加の経過観察や対応について公に説明するよう求めている。
同団体は家族や加盟団体の質問を集め、ノバルティスに直接伝える方針だ。投資情報媒体Seeking Alphaは11月5日、ニューヨーク証券取引所に上場するノバルティスの米国預託証券(ADR)が下落したと報じた。
AAV治療の安全性を考えるうえでは、別の疾患を対象とする試験からも情報が得られている。REGENXBIOは2026年1月28日、ムコ多糖症I型向けの開発品「RGX-111」を4年前に投与された5歳の試験参加者で、中枢神経系の腫瘍が見つかったと発表した。初期の遺伝学的解析では、ベクターDNAの組み込みと、がん原遺伝子PLAG1の過剰発現との関連が示された。同社は、FDAがRGX-111と、類似する開発品RGX-121の試験に臨床保留を命じたと説明した。
挿入変異による発がんは、遺伝子治療の開発で長く検討されてきた課題である。2008年の査読論文では、レトロウイルスベクターを使ったフランスのX連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)試験で、治療を受けた10人中4人にT細胞性急性リンパ性白血病が発生し、1人が死亡したことが報告された。
AAVは主に染色体外にDNAを保持する性質を生かし、遺伝子を届ける手段として使われている。今回の報告を踏まえ、治療効果を支えるDNAの長期的な保持と、組み込みに伴う安全性の評価を並行して進める重要性が増している。患者家族にとっては、診療チームを通じて最新の安全性情報と個別の経過観察方針を確認することが、今後の治療管理につながる。
元記事: Novartis Confirms Zolgensma Caused Tumors in Two Children Via Gene Therapy Vector Integration