英CMA、iPhoneのNFC利用条件見直しを提案 競合ウォレットの参入促す
2026年10月24日 14:45
英競争・市場庁(CMA)は2026年10月20日、Appleに対し、英国でiPhoneの近距離無線通信(NFC)を第三者が利用する際の条件を見直すよう求める行動要件案を公表した。接続方式の選択肢を増やし、利用料の引き下げにつながる原則を導入することで、競合デジタルウォレットなどの参入を促す。
CMAによると、欧州では2024年のアクセス開放後に5つの競合決済アプリが登場した一方、英国では同様のウォレット型商品が登場していない。意見募集は2026年11月17日まで行い、提出された意見を検討したうえで最終判断を下す。
■SEとHCEの両方式を利用可能に
提案の柱は、第三者の開発者がセキュアエレメント(SE)とホストカードエミュレーション(HCE)の両方式でNFCを利用できるようにすることだ。SEは、決済用の資格情報や暗号鍵などを安全に保存・処理するための、耐タンパー性を備えた専用部品である。
Appleは英国で、2024年10月に提供が始まったiOS 18.1の「NFC & SEプラットフォーム」を通じ、第三者アプリからSEを使う非接触取引を可能にした。開発者はAppleとの契約、必要な権限の取得、関連料金の支払いなどの条件を満たす必要がある。
HCEは、端末内のSEに処理を任せる代わりに、OS上のアプリがNFC経由のカード通信を処理する方式だ。Appleが英国で提供しているのはSE方式であり、CMAはHCEも選べるようにすることで、欧州で提供済みの決済サービスを英国へ展開しやすくしたい考えである。
料金については、公正、合理的、透明かつ非差別的な条件でアクセスを提供するための原則を提案した。CMAは、Appleがアクセス提供の対価を適正に得られるようにしつつ、現行の料金から大幅に下がることを見込む。料金や契約条件の具体的な水準は、こうした原則に沿って定める構想だ。
■HCEが広げるサービス設計の選択肢
SEとHCEの違いは、決済端末から届く通信を端末内のどこで処理するかにある。SE方式では専用部品が処理を担い、HCE方式ではNFCコントローラーがOS上のアプリへ通信を渡す。HCEでは、クラウド側のサービスと連携した決済情報の管理も可能になる。
この構造により、事業者は端末内のSEへの組み込みに代わる方法で、自社アプリにタッチ決済を実装できる。既存のHCE向けシステムを展開する企業にとっては、地域ごとに異なる方式へ対応する開発・運用の負担も重要な検討材料となる。
HCEには長い導入実績がある。SimplyTappは、Doug Yeager氏とTed Fifelski氏が2011年に設立し、2012年初めにCyanogenModへHCEを導入したと発表している。Googleは2013年のAndroid 4.4(KitKat)でHCEを標準機能として採用し、VisaとMastercardは2014年2月に対応方針を発表した。
カナダのRoyal Bank of Canada(RBC)は、2014年12月に従業員を対象としたHCE決済の試験を開始した。専門メディアNFC Worldは2015年9月、同行が試験を経て商用サービスを展開したと報じている。HCEは、銀行などが独自のアプリから非接触決済を提供するために使ってきた技術である。
■拡大する英国の非接触決済市場
業界団体UK Financeが2026年に公表した統計によると、英国の2025年の非接触決済は192億件で、決済全体の39%を占めた。これには、スマートフォンなどのモバイル端末による支払いと、物理カードをかざす支払いの双方が含まれる。CMAは、10年前には全体の3%だったとしている。
消費者団体Which?の2026年調査では、英国の成人の62%がデジタルウォレットを利用している。利用されているウォレットではAppleウォレットが最も多く、スマートフォン上の決済サービスは日常生活の重要な接点になっている。
CMAは2026年10月の発表で、英国のフィンテック産業の売上高を約2140億ポンド(約44兆9000億円)、雇用を36万人超と紹介した。そのうえで、Appleの料金や契約条件、技術上の制約が、競合企業による商品開発や事業拡大を妨げていると指摘している。
事業者からは、現行条件では採算の確保が難しいことや、地域・プラットフォームごとに技術方式が異なるとサービスを拡大しにくいことへの懸念が寄せられたという。CMAは、技術的な利用権と、事業として成立する利用条件の両方を整える必要があると判断している。
■欧州では5つの競合サービスが登場
欧州委員会は2024年7月11日、EU競争法に基づき、Appleが提示したNFCアクセス開放の確約に法的拘束力を持たせた。対象はノルウェーを含む欧州経済領域(EEA)で、期間は10年間である。適格な第三者ウォレット事業者はHCE方式のNFCアクセスを無料で利用できる。
この確約には、利用者が競合アプリを標準の決済アプリとして設定しやすくする措置も含まれる。サイドボタンなどのダブルクリックによる起動や、Face ID、Touch IDなどの認証機能にも対応する。決済アプリの開発だけでなく、利用者が日常の支払いで選びやすくするための仕組みも整えた。
Vipps MobilePayは2024年12月9日、ノルウェーでiPhoneによる店頭タッチ決済を開始した。同社は世界初のApple Pay対抗サービスと発表し、CEOのRune Garborg氏は、Appleと対等に競争するための長年の取り組みが実を結んだとして歓迎した。欧州委員会の決定から約5カ月後の提供開始だった。
CMAが挙げた競合は、Vipps、PayPal、Klarna、Curve、BBVAの5つだ。PayPalはドイツで、CurveはEEA向けにiPhoneの非接触決済を展開した。BBVAは2025年10月にスペインでBBVA Payを発表し、Klarnaは同年12月、iOSとAndroidに対応するタッチ決済を欧州14市場で開始した。
Visaによると、BBVA Payは同社の開発者向けツールを使ってVisa Token Serviceを直接統合した最初のウォレットである。このサービスは、機密性の高いカード情報をデジタルトークンに置き換えて保護する。銀行アプリ内に決済機能を組み込む、具体的な導入例となっている。
■Appleはセキュリティを重視、Revolutは提案を歓迎
Appleは、既存のNFC & SEプラットフォームによって、開発者はすでに自社アプリで店頭決済や交通券、イベントチケットなどを提供できると説明している。ロイターによると、同社はCMAがプライバシーとセキュリティの保護水準を下げる方式の採用を求めることに反対し、利用者の利益になる解決へ向けて協議を続けるとしている。
一方、CMAは、検討した証拠からはSEとHCEのいずれにも方式そのものに内在するセキュリティ上の懸念は認められず、両方式へのアクセスが幅広い用途を支えると説明した。提案では、技術方式の選択肢と、事業者が利用できる商業条件を合わせて整備する方針だ。
iPhoneのNFCを巡る競争上の議論は、英国以外でも続いてきた。オーストラリアでは、大手銀行などによるNFCアクセスを巡る共同交渉の申請を、競争・消費者委員会(ACCC)が2016~2017年に審査した。欧州委員会は2020年6月にApple Payに関する正式調査を開始し、2022年5月にはNFCアクセス制限について異議告知書を送付した。
ロイターによると、Revolutは今回の提案を歓迎した。同社の最高商務責任者David Tirado氏は、HCEを通じたNFCアクセスの重要性を訴え、英国のフィンテック企業が大手テクノロジー企業と対等に競争する機会になるとの見方を示した。
RevolutやMonzoのように銀行アプリを提供する企業にとって、独自のタッチ決済は、口座管理から店頭での支払いまでをアプリ内につなぐ選択肢になる。両社は現在も自社カードのApple Pay利用をサポートしており、独自ウォレットの参入は、利用者が選べる決済アプリを増やす方向の変化となる。
■英国独自の法律に基づく行動要件
今回の提案の根拠は、2024年デジタル市場・競争・消費者法(DMCCA)に基づく英国のデジタル市場競争制度にある。CMAは2025年10月22日、Appleのモバイルプラットフォームを戦略的市場地位(SMS)の対象に指定した。対象にはモバイルOS、標準のアプリ配信、モバイルブラウザーとブラウザーエンジンが含まれる。
SMS指定は、相当かつ持続的な市場支配力と戦略的重要性などの要件に基づいて行われる。指定後、CMAは公正な取引、選択肢の確保、信頼と透明性といった目的に照らし、比例性を満たす行動要件を設定できる。従来の競争法違反への制裁に加え、将来に向けた競争条件を整えるための制度である。
EUのDMAがゲートキーパー企業に義務を課す制度であるのに対し、英国ではSMS指定を入口として、対象となるデジタル活動に応じた要件を設計する。欧州のNFC開放を実現した10年間の確約はEEAを対象としており、英国では国内制度を使って利用条件を整えることになる。
CMAのSarah Cardell最高経営責任者は、今回の提案が英国のフィンテック分野を含め、技術革新、選択肢、経済成長を促すとしている。用途としては決済に加え、デジタルID、年齢確認、交通券、車やホテルなどのデジタルキー、ポイントサービスも挙げた。
■11月17日の意見募集終了後に最終判断
CMAは2026年11月17日まで、提案内容やその有効性、比例性について意見を受け付ける。最終判断は、寄せられた意見を評価した後に行う。事業者にとっては、必要な技術機能や採算を確保できる条件を具体的に示す機会となる。
Financial Timesは関係者の話として、Appleが要件を法廷で争う可能性を報じている。DMCCAには、CMAの決定について競争控訴審判所(CAT)への不服申し立てを認める仕組みがある。実際のサービス提供には、最終的な要件と実施条件に加え、各社の開発・導入準備が関わる。
欧州ではアクセス開放後、銀行や決済事業者がそれぞれのアプリにタッチ決済を組み込んだ。英国で同様の選択肢を広げるうえでも、接続方式、利用料、標準アプリとしての使いやすさが重要になる。今回の協議は、これらの条件を英国市場向けに定める段階に入ったことを示している。
元記事: Apple Opened iPhone NFC to UK Rivals; Two Years Later, Zero Have Launched