北極海・南大洋の「ブルーカーボン」、保護政策への組み込みを研究チームが提言

2026年10月16日 12:05

北極海と南大洋の生態系が蓄える炭素を、海洋保護政策にどう生かすか。国際研究チームが2026年9月に発表した論文は、塩性湿地や海草藻場からフィヨルドの堆積物まで、極域の炭素貯留を幅広く検討した。研究チームは、測定手法の整備とともに、炭素に富む生息地の予防的な保全を求めている。

■海洋の約2割を占める極域

「ブルーカーボン」は、沿岸・海洋生態系の働きによって取り込まれ、海底などに蓄えられる炭素を指す。国連環境計画が2009年に公表した報告書を機に注目が広まり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の算定指針では、マングローブ林、塩性湿地、海草藻場が主な対象となってきた。

学術誌「Global Change Biology」に掲載された論文によると、北極と南極の海域は世界の海洋の約20%を占める。論文をまとめたのは、EUの研究プログラム「Horizon Europe」によるPolar Ocean Mitigation Potential(POMP)に参加する19人の研究者だ。極域には既存の沿岸湿地に加え、海藻、海氷に付着する藻類、海底堆積物など、多様な炭素の経路がある。

極域の塩性湿地と海草藻場は、政策に活用できる「対策可能な」生息地に既に分類されている。一方、論文は極域の炭素貯留全体について、分布面積や貯留量、人による保護の効果を示すデータが不足していると指摘する。気候政策で炭素貯留を評価するには、生息地ごとに取り込みから長期貯留までを測る必要がある。

人間活動も変化している。北極評議会の海洋環境保護作業部会によると、極海航行船舶コードの対象となる北極海域を航行した船舶は、2013年の1298隻から2025年には1812隻へ約40%増えた。総航行距離は同期間に約95%増え、2025年には漁船が船舶数の約40%を占めた。

■湿地、海藻、フィヨルドが担う役割

論文が引用する推計では、北極の塩性湿地は5580~1万410平方キロメートルに広がり、世界の塩性湿地の約17%を占める。北極の海草藻場も少なくとも170平方キロメートルが確認されている。研究チームによると、こうした生息地の単位面積当たりの炭素蓄積速度は、温帯や熱帯より概して低い。

コンブ類などの大型海藻は光合成で有機物をつくり、ちぎれた藻体の一部は海流で別の場所へ運ばれる。論文が引用する2022年のモデル研究は、北極の大型海藻と海草に適した生息域が、気候条件に応じて2100年までに約7万~12万平方キロメートル拡大すると予測した。海藻が取り込んだ炭素のうち、どれだけが海底の堆積物に残るかが評価の焦点となる。

グリーンランドなどのフィヨルドでは、海の生物や陸域に由来する有機物が沈み、堆積物に埋まる。氷河から運ばれる土砂も堆積環境に関わる。論文は、炭素の取り込み場所と埋没場所が比較的近いフィヨルドを、重点的に調べるべき生息地に挙げた。

北極の海氷下面には、珪藻の一種Melosira arcticaなどが生育する。海氷から離れた藻類の塊は海底へ沈み、底生生物の餌にもなる。海氷の変化に伴うこの経路の変動に加え、海氷が退いた海域で増える植物プランクトンの働きも、極域全体の炭素収支を考えるうえで重要だ。

■炭素を測り、保護につなげる

炭素を取り込む場所と蓄える場所が離れる点は、海藻の評価を難しくする。沿岸の藻場を調べるだけでは、流出した有機物が大陸棚や深海のどこに達し、どの程度残るかを把握しきれない。論文は、炭素の移動経路全体を捉える観測と、測定方法の標準化を求めている。

フィヨルドでも、堆積物の量と有機炭素の由来は場所によって異なる。大陸棚や深海の堆積物には広い貯留域がある一方、極域全体の炭素量を見積もるための観測は限られる。研究チームは、気候変化や海底の攪乱に対する各生息地の反応を調べる必要があるとした。

政策上は、保護によって生じる効果を、保護しなかった場合と比べて示す「追加性」も課題となる。パリ協定に基づく各国の気候目標や炭素クレジットで扱うには、貯留量だけでなく、管理による効果と貯留の継続性を確かめなければならない。論文は、炭素クレジットを伴わない保護の仕組みも検討対象としている。

日本では、環境省によると、2024年に国連へ提出した温室効果ガスインベントリに海草藻場と海藻藻場の吸収量を算定・報告した。海藻の扱いを含め、ブルーカーボンの政策上の位置付けには国や制度による違いがある。極域についても、生息地ごとの証拠と管理方法を積み上げることが求められる。

■既存の国際制度と極域の保全

2022年に採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」は、2030年までに陸域と内陸水域、海域と沿岸域のそれぞれ少なくとも30%を効果的に保全・管理する目標を掲げる。国連の統計によると、保護・保全の指定を受けた海域は2026年4月に世界の海洋の10.01%に達した。研究チームは、保護が比較的少ない極域を、生物多様性と炭素貯留の双方から検討するよう提案している。

国連公海等生物多様性協定(BBNJ協定)は2026年1月17日に発効し、国の管轄を越える海域に海洋保護区を設けるための手続きを定めた。日本も締約国であり、外務省によると第1回締約国会議は2027年1月にニューヨークで開かれる予定だ。北極の沿岸域には各国の管轄が及び、南大洋の保護には南極条約体制や南極海洋生物資源保存委員会(CCAMLR)との調整も関わる。

欧州委員会が2025年6月5日に採択した「欧州海洋協定」は、南大洋で三つの大規模な海洋保護区の指定を交渉する方針を掲げる。欧州のブルーカーボン保全区も構想し、途上国のBBNJ協定実施を支えるグローバル海洋プログラムに4000万ユーロを拠出する。これは欧州中央銀行の2026年10月14日の参考レート、1ユーロ=177.39円で約71億円に当たる。

■利用が広がる海域での予防的保護

北極のフィヨルドはグリーンランド、カナダ、ノルウェーなどに分布し、保全には沿岸国・地域の政策が関わる。中央北極海の公海については、無規制の商業漁業を防ぐ協定が2021年に発効した。この協定には日本も参加し、当初16年間を対象に、科学調査と将来の漁業管理の検討を進める。

一方、学術誌「Environmental Research Letters」に掲載された研究は、海氷の減少に応じて、北極の大陸棚でトロール漁が従来より高緯度へ広がる動きを報告した。POMPの論文は、炭素の多い場所、人間活動による影響、攪乱後の回復可能性を調べ、保護する海域の優先順位を決めるよう勧めている。北極で保護区を設計する際には、先住民や地域社会の知識も役立つとしている。

筆頭著者のナデシャ・ツヴェルシュケ氏は、研究チームの発表資料で「脆弱な極域の生態系と、そこに蓄えられた膨大な炭素を国際的な取り組みとして守ることが、良い出発点になる」と述べた。論文は、化石燃料の段階的な廃止と二酸化炭素排出量の削減を最優先としながら、極域の炭素貯留と生物多様性を守るための研究、測定基準、管理制度の整備を求めている。

元記事: Polar Ocean Carbon Has Zero Policy Value: New Review Finds 20% Of Seas Uncounted

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