トリウム229原子核時計、ウィーンと北京の2チームが実証 暗黒物質探索にも活用

2026年10月11日 18:23

オーストリアと中国の研究チームが、それぞれトリウム229の原子核を周波数の基準とする時計を稼働させた。成果は2026年10月7日、学術誌Natureに発表された。ウィーンのチームは時計を使い、超軽量暗黒物質の候補を調べる実験も行った。

■電子ではなく原子核の遷移を基準にする

原子時計は、原子やイオンの電子がエネルギー状態を変える際の周波数を基準にする。セシウム133の遷移は国際単位系の「秒」の定義に使われ、原子時計は衛星測位、通信網の同期、金融取引の時刻記録にも関わる。

原子核時計は、陽子と中性子からなる原子核内部のエネルギー状態間の遷移を利用する。原子核は小さく、周囲の電子による遮蔽も受けるため、外部の擾乱に強い周波数基準として期待されている。ウィーン工科大学と清華大学の装置は、いずれも原子核の信号を使ってレーザーの周波数を補正する。

多くの原子核では遷移に高いエネルギーが必要で、精密なレーザー測定が難しい。トリウム229には約8.4電子ボルトの低い励起状態があり、波長約148ナノメートルの真空紫外光で遷移を調べられる。研究者らは、電磁気的な寄与と核力による寄与がほぼ打ち消し合うことが、この低い遷移エネルギーに関係すると考えている。

■2003年の提案から実働装置へ

トリウム229の低い励起状態を示す手掛かりは、1976年のガンマ線分光研究にさかのぼる。ドイツの物理学者エッケハルト・パイクとクリスティアン・タムは2003年、この遷移を使う原子核時計を提案した。その後の研究では、レーザーで狙うために必要な遷移周波数の特定が進んだ。

2024年には原子核遷移のレーザー励起が報告された。同年9月、米国のJILAを中心とする研究チームは、光周波数コムとストロンチウム原子時計を用い、トリウム229の遷移周波数を有効数字12桁で測定した。今回の2チームは、こうした分光研究を、原子核の信号でレーザーを継続的に制御する時計へと発展させた。

両チームは、トリウム229を添加したフッ化カルシウム結晶を室温で用いた。結晶に多数の原子核を固定して一度に調べる方法は、少数のイオンを扱う方式より大きな信号を得やすい。一方、結晶内の環境は遷移周波数や測定信号にも影響する。

■異なる光源と結晶で実証した2つの時計

ウィーン工科大学のルカ・トスカニ・デ・コル、トルステン・シュムらは、ドイツの国立物理工学研究所などと協力して装置を開発した。連続波の真空紫外レーザーを結晶に照射し、透過光から原子核による吸収を読み取る。その信号をレーザーに戻す制御回路により、周波数を原子核の共鳴に合わせ続けた。

ウィーンの時計は、イッテルビウムイオン原子時計と比較しながら約24時間動作した。チームの論文によると、1日の運転で周波数の相対的な不安定さは10のマイナス15乗程度に近づいた。これは約3000万年で1秒のずれに相当するという換算で、現時点では最高性能の光原子時計の水準には達していない。

清華大学の黄北辰、丁世謙らは、約600℃のカドミウム蒸気を使う周波数変換で、波長148.4ナノメートル、出力約10マイクロワットの連続波光を生成した。論文で示した周波数不安定度は、平均時間を秒で表した値の平方根で5×10のマイナス13乗を割った値である。ウィーンのチームが同じ形で示した3×10のマイナス12乗より、係数は約6分の1となる。

清華大学のチームは、別々に作製した2個の結晶も比較した。時計に使う遷移の周波数差は約560ヘルツで、遷移周波数に対する比は約2.8×10のマイナス13乗だった。結晶ごとの周波数を確かめた結果は、再現性を高めるための材料開発につながる。

■時計の周波数を比べ、暗黒物質を探る

超軽量暗黒物質の一部の理論モデルでは、暗黒物質が振動する場として振る舞い、電磁気や強い相互作用に関わる物理定数をわずかに変動させると考える。トリウム229の原子核遷移と電子を使う原子時計の遷移は、そうした変動への応答が異なる。二つの時計の周波数比を追えば、モデルが予測する周期的な変化を探せる。

ウィーンのチームは、原子核時計とイッテルビウムイオン原子時計を比較し、約20秒から1日までの時間スケールで周期的変動と緩やかな変化を調べた。論文によると、設定した検出基準を超える周期的な信号は見つからなかった。測定結果から、想定した超軽量暗黒物質と光子、強い相互作用、クォークとの結合の強さに制約を設けた。

チームの評価では、光子との結合に対する制約は有力な原子時計実験と競合し、強い相互作用やクォークに関わる一部の条件では従来の制約を更新した。原子核の遷移を時計の基準として長時間追跡できたことが、精密計時を基礎物理学の実験に結び付けている。

■性能向上の鍵は結晶と光源

結晶を使う方式では、多数の原子核から信号を得られる一方、各原子核の周囲の環境が少しずつ異なる。ウィーンの装置で測定した遷移の線幅は約100キロヘルツだった。レーザーを通す結晶内の位置を変えると、測定した中心周波数にも最大約1.7キロヘルツの差が生じた。

清華大学のチームが時計に用いた遷移の線幅は約27キロヘルツだった。両チームの結果は、結晶の品質、トリウムの分布、光の通り道が今後の性能を左右することを示す。研究者らは結晶と真空紫外レーザーの改良を進めており、個々のトリウムイオンを電磁場で捕捉する方式も研究されている。

原子核時計は将来、衛星測位や深宇宙航法、通信網などで安定した時刻の基準として役立つ可能性がある。現段階の装置は研究室での実証であり、まずは周波数の安定性と結晶を替えた際の再現性を高めることが課題となる。暗黒物質探索への利用は、その改良を待たずに始まっている。

元記事: Rival Teams Build First Nuclear Clocks, Then Immediately Search for Dark Matter

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