グレタ・ガーウィグ版「ナルニア」はなぜロックオペラなのか 歌による創世と戦後英国を結ぶ新解釈
2026年9月20日 17:54
Empire Magazineは2026年9月17日、グレタ・ガーウィグ監督による映画「Narnia: The Magician's Nephew」の初ビジュアルを公開した。C・S・ルイスの「ナルニア国ものがたり」の一編「魔術師のおい」を初めて映画化する作品で、メリル・ストリープがアスランの声を担当する。
ガーウィグは本作を、登場人物が歌で物語を進めるミュージカルではなく、英国ロックの音楽性や創造力を取り入れた「ロックオペラ」と位置付けている。その発想の中心にあるのが、原作でアスランが歌によってナルニアを誕生させる場面だ。
■初公開で示されたロックオペラ構想
ガーウィグはEmpireの取材に対し、本作を「大きく、別世界へ運んでくれるようなロックオペラ」にしたかったと説明した。創作上の着想として、デヴィッド・ボウイ、ポール・マッカートニー、デヴィッド・ギルモア、ピート・タウンゼント、ジミー・ペイジ、ロバート・プラントら、1960~70年代の英国ロックを挙げている。
「ナルニアは文字通り、音楽でできた世界です。アスランが歌って命を吹き込む世界で、私にとってロックンロールも音楽でできた世界のように感じられました」とガーウィグは語る。ここでいうロックオペラは作品の形式ではなく、世界観や感情表現を形作る創作上の方針を指している。
ガーウィグは物語の舞台を、原作の20世紀初頭のロンドンから、第二次世界大戦後の1950年代英国へ移した。戦争による喪失と復興を経験した子どもたちの世代が、後に英国ロックの豊かな文化を生み出したことを、ナルニアの創造という物語に重ねている。
「彼らは痛みや喪失、爆撃跡のように見込みのなさそうなものと向き合い、そこから城を作った。宇宙を作った。人がその中で生きられるものを作った」とガーウィグは説明する。荒廃の中から新たな世界を作り出すという発想が、映画の時代設定と音楽的な構想を結び付けている。
■メリル・ストリープが声を務めるアスラン
初公開されたアスランは、左右で色の異なる目と、顔を横切る赤い模様を備えている。赤い模様は、ガーウィグが創作上の着想源に挙げるデヴィッド・ボウイを意識したデザインである。
アスランの声を担当するのはメリル・ストリープだ。ガーウィグは配役について、「深みがありながら気取っておらず、重厚さはあっても陰鬱なほど深刻ではない」人物を求めていたと語った。
さらに、経験から来る知恵と、子どものように新鮮な驚きを感じる力の両方を表現できる俳優が必要だったという。「史上最高の俳優の一人であってほしかった。その条件に当てはまる人は多くない」とガーウィグは述べている。
別のビジュアルには、ディゴリー・カーク役のデヴィッド・マッケナ、ポリー・プラマー役のビアトリス・キャンベル、ジャディス役のエマ・マッキーが登場する。光に包まれた装飾的な空間に3人が立ち、従来の映画版とは異なる、彩度が高く人工的な美術の方向性が示されている。
■「魔術師のおい」が描く喪失と創造
「魔術師のおい」は、ディゴリーとポリーが別世界を巡り、ナルニアの誕生を目撃する物語だ。ディゴリーは重い病にある母を案じながら、魔法の指輪によって異世界へ送られたポリーを追う。
2人はやがて、まだ光も生命も存在しない暗闇の中で、歌う声を聞く。その歌に応じるように星や太陽が現れ、地面から草木が伸び、動物たちが生まれる。声の主であるアスランが、歌によってナルニアを目覚めさせていく。
物語の感情的な軸には、世界の誕生を目撃する驚きと、母を失うかもしれないディゴリーの悲しみがある。新しい世界を生み出す力が、少年の個人的な願いにどのように関わるのかが、物語を動かす問いとなる。
原作が刊行されたのは1955年で、英国では戦時中に始まった食料配給が前年の1954年に終了したばかりだった。映画の時代設定は、作品が最初に読者へ届けられた戦後英国の社会とも重なる。
■ルイスとトールキンに通じる音楽による創世
歌によって世界が生まれるという構想は、「魔術師のおい」だけに見られるものではない。J・R・R・トールキンの創世神話「アイヌリンダレ」でも、至高者イルーヴァタールが示す主題をアイヌルが音楽として奏で、それが物質世界の構想へつながっていく。
トールキンは1939年の講演を基にしたエッセイ「妖精物語について」で、作家が内的な整合性を持つ第二世界を作る営みを「副創造」と論じた。同作は1947年に初めて刊行され、ファンタジーにおける世界構築を考える重要な文章となった。
ルイスとトールキンは、オックスフォードを中心に活動した文学グループ「インクリングズ」で互いの作品を読み合っていた。両者の創世神話を同一のものとみなすことはできないが、世界の創造を音楽として表現する点には、興味深い共通構造がある。
ガーウィグのロックオペラ構想は、この創世の歌を現代の観客が身体的に感じられる映像と音へ置き換えようとする試みといえる。ロックバンドの演奏が、個々の楽器から大きな音響空間を作り出すことも、作品設定を読み解く補助線になる。
■初期宇宙の「音波」と重なるイメージ
現代宇宙論にも、音楽による創世を連想させる現象がある。初期宇宙では、光子とバリオンが強く結び付いた高温のプラズマが一つの流体のように振る舞い、その密度の揺らぎが音波として伝わっていた。この現象はバリオン音響振動と呼ばれる。
宇宙が誕生してから約38万年後、温度が下がって電子と陽子が中性原子を形成すると、光子と物質の結び付きが弱まり、音波が残した特徴的な尺度が物質分布に刻まれた。その痕跡は現在、銀河同士の距離の統計的な偏りとして観測されている。
現在の共動距離で約150メガパーセク、約5億光年に当たるこの尺度は、宇宙の距離を測る「標準尺」として利用される。2005年には、ダニエル・アイゼンスタインらがスローン・デジタル・スカイサーベイの銀河データから、予測された音響ピークを検出した。
これは歌が宇宙を作ったという意味ではなく、初期宇宙の物質分布に圧力波が関与していたことを示す観測事実である。音やリズムによって世界が形を得るという「魔術師のおい」の場面に、科学的なイメージを重ねる手掛かりにはなる。
■1950年代の英国と、これから生まれる音楽
1950年代の英国では、戦争で損傷した都市の再建が続き、人々は配給や物資不足の記憶を抱えていた。一方、この時代に子どもや若者だった世代から、1960~70年代の英国ロックを代表する多くの音楽家が現れた。
ガーウィグは、その文化的な変化を、荒廃の中から世界が作られるナルニアの物語に重ねる。「デヴィッド・ジョーンズがデヴィッド・ボウイになるまでに、ナルニアへ行って何かを見たのでなければ、どうやってそうなったのか分からない」と語っている。
この言葉は、ボウイの経歴を説明する主張ではなく、戦後の環境から大胆な創造性が生まれたことを表す比喩である。映画の1950年代という舞台と、後の時代のロックから得た美学を結び付ける、ガーウィグの創作姿勢を端的に示している。
原作におけるナルニアは、歌が生命や言葉を呼び覚ます場所である。映画ではその構造が、戦後の子どもたちと、彼らの世代がやがて生み出す音楽文化を接続する役割を担う。
■2027年に劇場公開、Netflixで配信へ
「Narnia: The Magician's Nephew」は、2027年2月10日からIMAXで先行上映され、同月12日に世界のIMAXおよび一般劇場で公開される予定だ。Netflixでの配信開始は同年4月2日に予定されている。
Netflixの公式発表によると、北米での配給はNetflix、北米以外ではSony Pictures Entertainmentが担当する。日本での正式な邦題や具体的な劇場公開方法については、2026年9月18日時点で日本語の公式発表を確認できない。
出演者にはデヴィッド・マッケナ、ビアトリス・キャンベル、エマ・マッキー、キャリー・マリガン、コブナ・ホルドブルック=スミス、ダニエル・クレイグ、メリル・ストリープらが名を連ねる。脚本と監督をガーウィグが担当する。
「魔術師のおい」が映像化されるのは今回が初めてとなる。アスランの創世の歌、戦後英国の記憶、そして英国ロックの創造力を一つの作品に重ねる構想が、完成した映画でどのような映像と音になるのかが注目される。
元記事: Narnia First Look: Gerwig’s Rock Opera Matches How Universe Actually Began