NASA・IBMが月科学向け基盤AI、氷候補地やクレーターを複数の観測データから解析

2026年9月12日 11:19

NASAとIBMは2026年9月10日、月科学向けのオープンソース基盤モデル「NASA-IBM Lunar Foundation Model」を公開した。月周回探査機などが取得した種類や解像度の異なる観測データを統合して学習しており、月極域に氷が存在する可能性の高い場所の推定や、クレーター、火山地形の解析に利用できる。

IBMとNASAの技術報告によると、氷の存在可能性が高い領域を推定する課題では、一般画像で事前学習した比較対象のSwinV2-Bに対し、評価指標のRMSEを最大22%低減した。モデル本体と関連コード、学習・評価用データは公開されており、研究者が月科学の個別課題に合わせて追加学習できる。

■約200万件の月観測データで事前学習

月の観測データは、各探査機や観測機器によってデータ形式、解像度、測定対象が異なる。NASAの月探査機Lunar Reconnaissance Orbiter(LRO)の狭角カメラは約1m単位で地表を撮影する一方、広角カメラのマルチスペクトル画像は約100m単位で月面を捉える。重力、地形、温度、レーダー反射、鉱物組成など、画像以外の観測データもそれぞれ異なる空間分解能を持つ。

NASA-IBM Lunar Foundation Modelは、こうしたデータを機械学習に利用できる形で位置合わせした統合データセット「SomBench」で事前学習した。NASAによると、データセットには主にLROが17年間に取得した観測データが使われ、NASAのGRAIL、Lunar Prospector、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月周回衛星「かぐや」のデータも取り込まれている。

モデルカードによると、事前学習データはLROの狭角カメラを中心とする約100万件の高解像度タイルと、広角カメラを中心とする約96万件の広域タイルから成る。合計約200万件の位置合わせ済みタイル群が、11種類のモダリティーと2つの空間スケールをカバーする。

IBMとNASAはSomBenchについて、4ミッション、9種類の観測機器から得た30以上の位置合わせ済みデータレイヤーを統合した、機械学習向けの月観測データセットとしている。観測機器の数とモデルが扱うモダリティーの数は異なり、後者には画像状のデータに加えて、観測時の照明条件などのメタデータと、各地点に対応する静的な地図情報が含まれる。

NASA本部のチーフ・サイエンス・データ・オフィサー兼チーフ・データ・AI・オフィサー代行のケビン・マーフィー氏は、「NASAは数十年にわたり、月に関する極めて貴重な科学的記録を築いてきた。しかし、データの収集は取り組みの一部にすぎない。科学者がデータをより容易に探索し、活用できるようにする必要もある」と述べている。

■氷の存在可能性を複数のデータから推定

月極域には、地形の関係で太陽光がほとんど届かない永久影領域がある。低温が長期間保たれる場所では水氷が保存されている可能性があり、その分布を調べることは月の成り立ちや水の供給過程を研究するうえで重要となる。将来、水氷を利用できれば、飲料水や酸素、推進剤の原料になる可能性もある。

NASA-IBMモデルは、可視光画像だけでは観測しにくい領域について、地形、温度、レーダー、重力、水素分布など、同じ地点に対応する複数の観測情報が示す関係を学習する。氷の課題でモデルが出力するのは氷そのものの直接測定結果ではなく、既存の観測データから作られた氷の存在可能性を示す参照地図に対応する推定値である。

技術報告では、氷が存在する可能性の高い領域を推定する課題において、NASA-IBMモデルがImageNetで事前学習したSwinV2-BよりRMSEを最大22%低減した。NASAも、評価した複数の課題のうち、極域の氷が安定して存在する可能性の推定で明確な優位性が確認されたとしている。

この結果は、特定地点で氷の存在を確認したことを意味するものではない。モデルによる推定は、今後の観測や探査対象を絞り込むための研究用情報として位置付けられる。

■クレーターと火山地形の解析にも対応

クレーターの分布や大きさは、月面の年代や地質学的な変化を調べる手掛かりになる。着陸候補地域の地形を評価する際にも、クレーターや岩塊、急斜面などの把握は重要である。

NASA-IBMモデルは、約1m単位の高解像度画像を使うクレーター解析では、比較対象となった有力モデルと同程度の性能を示した。約100m単位の広域画像を使う課題では、ラベル付き学習データを半分に減らした条件でも、SwinV2-Bを約19%上回る性能を記録したという。

NASAは、事前学習に含めなかった新しい衝突クレーターを識別する実験も紹介している。モデルを追加学習することで、異なる時期に撮影された広範な画像から地表変化を検出する用途が考えられる。一方、撮影時の照明条件が異なると、小さなクレーターの見え方に影響する可能性がある。

もう1つの対象が、不規則な海の斑点と呼ばれる火山地形「Irregular Mare Patches(IMP)」である。IMPは比較的新しく見える特徴を持ち、その年代や形成過程は月の熱進化を考えるうえで研究対象となっている。

IBMの日本語発表によると、NASA-IBMモデルは不完全なラベルを用いた条件でも、SwinV2-Bと比べて火山地形の広がりを3%高い精度で捉えた。追加学習に必要な計算量を抑えながら、月面画像から微妙な地形の範囲を抽出できる可能性を示した。

■異なる解像度と観測条件を一つのモデルで扱う

モデルの中核には、ViT-Bと呼ばれるVision Transformerのエンコーダーとデコーダーが採用されている。エンコーダーは768次元、12層、12個のアテンションヘッドで構成される。

学習手法は、IBMと欧州宇宙機関が開発した地球観測向け基盤モデル「TerraMind」のマスクトークン学習を月観測データ向けに応用したものだ。一部の観測データを隠した状態から、その地点のほかのデータとの関係を学ばせることで、異なる種類の観測情報に共通する構造をモデル内部に表現する。

月面画像は、地形そのものだけでなく太陽光の入射方向や撮影角度によって見え方が大きく変わる。このため、NASA-IBMモデルは太陽光の入射角、位相角、観測地点の座標、地上画素寸法などを明示的な入力として扱う。

また、約1m単位の狭角カメラ画像と約100m単位の広角カメラ画像を、それぞれ本来の解像度を保ったまま一つの学習過程で使用した。高解像度で局所的な地形を調べる課題と、より広い範囲の地質構造を捉える課題の双方に、同じ事前学習済みモデルを適用できるようにしている。

■少量のラベル付きデータで個別課題に適応

基盤モデルを利用する利点の1つは、研究課題ごとにモデル全体を一から学習し直す必要がないことにある。NASA-IBMモデルは、検出、領域分割、連続値の推定といった月面リモートセンシングの課題に合わせて追加学習できる。

公開された評価では、LoRAと呼ばれる手法も使われている。LoRAは事前学習済みモデルの大部分を固定し、比較的小規模な追加パラメーターを学習することで、計算量や必要な学習データを抑える方法である。

モデルカードは、着陸地点の認証や危険回避といった運用上の判断には検証されていないことも明記している。絶対的な座標や標高を保証する測地基盤ではなく、月面データから局所的な構造や複数モダリティー間の関係を取り出し、研究用モデルの出発点とすることが主な用途となる。

■公開モデルとして月科学研究の基盤に

NASA-IBM Lunar Foundation ModelはApache License 2.0で公開され、モデルの重みはHugging Face、追加学習用コードはGitHubで提供されている。SomBenchの事前学習用データと、各課題の性能を比較するためのベンチマークデータも公開された。

NASAによると、開発にはNASAの複数部門のほか、IBM Research、大学、研究機関が参加した。このモデルは、地球観測向けのPrithviモデルや太陽物理学向けのSuryaなど、NASAとIBMが進めてきた科学基盤モデルの取り組みに加わる。

IBM Researchの欧州、英国、アイルランド担当ディレクター、フアン・ベルナベ・モレノ氏は、「NASA-IBM Lunar Foundation Modelは、多様な観測機器から得られるデータを結び付け、個別には見えにくいパターンを明らかにするとともに、世界の研究コミュニティーが発展させられるオープンなプラットフォームを提供する」と述べた。

日本のLUPEX(月極域探査機)計画も、JAXAがローバー、インド宇宙研究機関(ISRO)が着陸機を担当し、月極域の水の量や状態を調べることを目指している。JAXAが2026年6月に更新した打ち上げ予定では、LUPEXは「2026年度以降」に分類されているが、具体的な打ち上げ日は示されていない。

複数の探査機が蓄積してきた観測データを共通の形でAIに学習させ、個別の科学課題へ再利用できるようにした点が今回の公開の中心となる。月面氷、クレーター、火山地形という異なる研究対象を一つのモデルで扱えることは、観測データを横断して月の地質や資源候補を調べるための新たな研究基盤となりそうだ。

元記事: NASA and IBM Open-Source Lunar AI That Pinpoints Moon Ice 22% More Accurately

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