着信だけでWeChatアカウントを乗っ取る「WeWorm」、AIが脆弱性研究を加速
2026年9月11日 22:55
セキュリティ企業Califは、WeChatの音声通話機能に存在したメモリ破壊の脆弱性を利用し、着信した側の操作なしにアカウントを乗っ取って連絡先へ広がるゼロクリック型ワーム「WeWorm」を実証した。AIを利用した脆弱性の発見と攻撃コードの開発速度が注目される一方、Tencentは公表前にパッチとサーバー側の緩和策を導入しており、実際に悪用された形跡は確認されていないとしている。
■着信中にWeChatアカウントを乗っ取る仕組み
米国のセキュリティ企業Califは2026年9月8日、WeChatの音声通話を通じ、iOSとAndroidの間を自己拡散できるゼロクリック型ワーム「WeWorm」の研究結果を公表した。同社は、異なるモバイルOS間を通話によって広がるゼロクリック型ワームとして、文書化された初の事例だと説明している。
脆弱性は、WeChatで通話を処理するVoice over IP(VoIP)スタックに存在した。VoIPスタックは、通話の接続や音声データのやり取りに必要な情報をバックグラウンドで処理する。今回の攻撃では、利用者が着信に応答したり拒否したりする前の呼び出し段階で、攻撃者から送られたデータによってメモリ破壊が引き起こされ、リモートコード実行につながったという。
攻撃を始めるには、発信元のWeChatアカウントが標的の友だちリストに登録されている必要がある。標的は通話に応答する必要がなく、端末が鳴っている間に攻撃が成立する。応答した場合も通話音声は聞こえず、侵害処理が進むという。着信をすぐに拒否すれば、その試行は停止するものの、攻撃者は時間を置いて再び発信できる。
このような攻撃面が生じるのは、リアルタイム通信アプリが、呼び出し通知を表示する前から通話設定やシグナリングに関するネットワークデータを自動的に解析するためである。悪意のあるリンクを開かせたり、添付ファイルを実行させたりする必要がない点が、ゼロクリック型攻撃への対処を難しくする。
Tencentの2026年第2四半期決算によると、WeixinとWeChatの合計月間アクティブアカウント数は同年6月30日時点で14億3900万だった。WeWormは、この大規模な利用基盤を持つ通信サービスで、通話処理の脆弱性が自己拡散に利用され得る構造を示したことになる。
■侵害したアカウントから連絡先へ自動拡散
Califによると、脆弱性の悪用に成功すると、攻撃者は侵害したWeChatアカウントを使ってメッセージを読んだり送信したりできるほか、通話を発信し、アカウントの所有者として操作できるようになった。
WeWormは、侵害したアカウントの友だちリストを利用し、登録されている別の利用者へ自動的に通話を発信する。次のアカウントを侵害すると、そのアカウントの友だちリストを使ってさらに発信するため、利用者同士の信頼関係がワームの拡散経路へ転じる。
Califが公開した3台の端末による概念実証では、最初のAndroid端末からiPhoneへ発信し、呼び出し中にiPhone上のWeChatアカウントを侵害した。続いて、侵害されたiPhoneから別のAndroid端末へ発信し、2段階の感染連鎖を数秒で実行したという。
同社の実証が直接示したのは3台の試験端末間での拡散であり、大規模環境での感染速度や到達範囲が実測されたわけではない。それでも、侵害したアカウントが次の発信元になるという仕組みは、通話アプリの信頼関係を利用した自己拡散が技術的に成立することを示している。
今回確認された侵害範囲は、主としてWeChatアカウントの制御である。Califは、別のOS脆弱性と組み合わせれば端末全体の侵害につながる可能性があるとしているが、WeWorm単体によるアカウント侵害と、追加の脆弱性を連鎖させた端末侵害は区別する必要がある。
■AI支援で脆弱性の発見と攻撃コード開発を高速化
Califによると、同社のAIシステムは2026年7月、WeChatの通話処理を分析する過程で脆弱性の候補を発見した。エンジニアが7月23日にその内容を確認し、7月30日までにAndroid向けのRCEエクスプロイトを作成した。iOS向けのエクスプロイトは8月2日に完成し、クロスプラットフォームで自己拡散する実証環境は8月11日までに構築された。
同社は、AIと協力してバグを発見し、最初のRCEエクスプロイトを実働約2日で作成した後、ワームの構築にさらに約1週間を要したと説明している。この「約10日」は主に実作業日数を示したもので、エンジニアが脆弱性を確認した7月23日から実証完成の8月11日までの暦日数とは異なる。
AIの利用方法について、Califは「スキル」と呼ぶ構造化されたタスク定義やヒューリスティクスを用い、大規模言語モデルにVoIPの通話処理経路やメモリ安全性に関わる攻撃面を探索させたとしている。オープンウェイトモデルと米国のAI研究企業が提供する非公開モデルを組み合わせたが、具体的なモデル名は明らかにしていない。
AIは大量のコード経路を調べ、疑わしい処理を抽出する速度と範囲の拡大に寄与した。一方、人間の研究者は、どの処理を重点的に調べるか、発見した不具合をどのように検証するか、周囲に被害を与えずに試験するにはどうすべきかを判断したという。
この事例が示す中心的な変化は、AIだけでワームが自律的に完成したことではなく、人間の専門家が分析方針と安全管理を担いながら、コード調査や攻撃コード作成の一部をAIによって高速化できるようになった点にある。Califが示した開発期間は同社による報告であり、個別工程の工数や従来手法との比較が独立して検証されたものではない。
■協調的脆弱性開示の安全余裕に課題
Califは7月24日、発見した脆弱性をTencentへ非公開で報告した。Tencentは8月21日にAndroid版8.0.77とiOS版8.0.76を公開し、Califは8月28日までに、このエクスプロイトを遮断するサーバー側の緩和策が全利用者へ適用されたことを確認したとしている。
セキュリティ業界では、製品の提供元へ事前に脆弱性を知らせ、修正の準備が整ってから情報を公開する協調的脆弱性開示が行われている。ISO/IEC 29147は脆弱性情報の受け付けや修正情報の公開などに関する指針を定めているが、一律の90日間を義務付けるものではない。90日という期間は、一部の脆弱性研究組織が採用している公開方針として広く知られている。
今回の事例では、Califが報告してからクライアント更新版が公開されるまで28日、サーバー側対策が確認されるまで35日かかった。一方、同社は実働約10日でクロスプラットフォームのワームを構築できたとしている。
開発に要する時間は脆弱性の種類や対象製品、研究者の経験によって大きく変わるため、単一の事例から常に同じ速度で攻撃手段が作成されるとは限らない。それでも、脆弱性の発見者がAIをコード解析やエクスプロイト開発に活用すれば、従来の開示期間中に攻撃コードが完成する可能性を、製品提供者がより重く考える必要がある。
Califは、こうした高度な能力は以前から資金力と技術力を持つ攻撃主体が保有していた一方、AIによって必要な技能や作業量が下がり、より幅広い主体が利用できるようになる恐れがあると指摘した。防御側にとっても、同じ技術を脆弱性の早期発見や修正に利用できるため、発見から対策までの工程全体を速めることが課題となる。
■WannaCryとの比較が示す攻撃手段の管理
Califは、未完成の攻撃手段や研究用ツールが外部へ流出した場合の危険性を説明するため、2017年に世界的な被害を出したランサムウェア「WannaCry」を引き合いに出した。
WannaCryは、WindowsのSMB脆弱性を突く「EternalBlue」を悪用して感染を広げた。EternalBlueは米国家安全保障局に関連する攻撃ツールとして知られ、ハッカー集団Shadow Brokersによる公開後、WannaCryなどの攻撃に組み込まれた。
Califは、研究環境で事故が起きたり、第三者が未完成版を持ち出したりすれば、対策が整う前にWeWormのような攻撃手段が広がる可能性があると警告した。WannaCryの発生経緯とWeWormの研究開示は同一ではないが、強力な攻撃技術が制御を離れ、修正が行き渡る前に利用される危険性を考える材料になる。
WeWormは管理された環境で構築され、Tencentへの報告と対策を経てから概要が公表された。Califは攻撃に必要な完全な技術情報を公開しておらず、今後のセキュリティ会議で詳細な分析を発表する予定としている。
■Tencentはサーバー側でエクスプロイトを遮断
Califによると、Tencentは報告を受けた後、Android版8.0.77とiOS版8.0.76を公開した。さらに、アプリのバージョンにかかわらず、今回の特定のエクスプロイトを遮断するサーバー側対策を導入した。
Tencentは、この脆弱性が実際に悪用された証拠は確認していないとしている。サーバー側対策が適用されているため、今回実証された攻撃について利用者側の操作を必要としない保護が提供されているという。
一方、Califは、自ら作成したエクスプロイトが遮断されたことは確認したものの、原因となった脆弱性そのものがクライアント側で完全に修正されたかについては説明できないとしている。公開時点ではCVE識別子やTencentによる詳細なセキュリティアドバイザリーも確認されていなかった。
Califが検証したのはiOS版とAndroid版である。WeChatにはHarmonyOS、Windows、macOS、Linux向けのクライアントもあるが、これらが同じ脆弱性の影響を受けるかや、Califが試験したかについては明らかになっていない。未検証のプラットフォームを安全または脆弱と判断できる情報は公表されていない。
■利用者は最新版への更新を
今回実証されたエクスプロイトについては、Tencentがサーバー側の緩和策を導入しており、実際の悪用も確認されていない。利用者はサーバー側対策だけに依存せず、WeChatを各アプリストアで提供されている最新版へ更新しておくことが望ましい。
Califが対策版として示したのは、iOS版8.0.76とAndroid版8.0.77以降である。ただし、Android版ではその後の更新版も公開されているため、入手可能な最新版を利用する方が安全性を保ちやすい。
元記事: WeChat Zero-Click Worm Built by AI in Days: VoIP Bug Put Billion Accounts at Risk