AI創薬候補レントセルチブ、6種類のタンパク質年齢時計で予測年齢低下のシグナル
2026年9月9日 15:44
特発性肺線維症(IPF)の患者42人を対象とした第IIa相試験の探索的解析で、Insilico Medicineの治験薬レントセルチブを投与した患者では、6種類のタンパク質年齢時計がいずれも予測生物学的年齢の低下方向を示した。血中タンパク質の変化が複数のモデルで共通して捉えられた一方、対象者は全員IPF患者であり、この結果からヒトの老化過程そのものへの効果を切り分けることはできない。
レントセルチブは、AIを利用した標的探索と分子設計を経て開発されたTNIK阻害薬で、IPF治療薬として臨床開発が進められている。今回の研究は、疾患を対象とする臨床試験に老化関連バイオマーカーを探索的評価項目として組み込む方法も提示した。
■6種類のタンパク質年齢時計を適用
2026年9月7日付でNature Biotechnologyに掲載された査読論文では、レントセルチブの無作為化二重盲検プラセボ対照第IIa相試験から得られた血清プロテオームデータを再解析した。第IIa相試験全体には71人が参加し、このうち縦断的なタンパク質解析に同意した42人が今回の対象となった。
研究チームは、試験開始時と投与開始後2週、4週、12週に採取した血液を用い、Olink Explore 3072によって2841種類のタンパク質を測定した。そのデータに、ProtAge、OrganAgeの暦年齢型と死亡リスク型、PAC、ipfP3GPT、PAOPACという6種類のタンパク質年齢時計を適用した。
タンパク質年齢時計は、多数の人から得られた血中タンパク質のパターンと、暦年齢や死亡リスクなどとの関係を機械学習でモデル化したものだ。個人の老化を直接測定する装置ではなく、血中タンパク質の状態がモデル上でどの年齢層やリスク水準に近いかを推定する。
今回使用した時計は、学習目標やモデル構造が異なる。一部は暦年齢を予測し、別のモデルは死亡リスクを扱うほか、古典的な機械学習と深層学習の双方が含まれる。このため、異なる設計のモデルが共通方向の変化を示したことは、一つのモデルだけに依存しないシグナルとして注目される。
解析では、いずれの時計もレントセルチブ投与群でプラセボ群より予測生物学的年齢が低くなる方向を示した。ただし、3つの投与群、6つの時計、投与後3時点からなる計54件の比較のうち、偽発見率を補正した後に統計学的有意差が認められたのは21件だった。有意な結果は特に4週時点に集中し、全投与群の全時点で一様に有意だったわけではない。
■AIを利用した標的選定と分子設計
レントセルチブは、TNIK(TRAF2・NCK相互作用キナーゼ)を阻害する低分子化合物である。Insilico Medicineは、複数のオミクスデータ、疾患に関連する生物学的ネットワーク、研究文献などをAI標的探索プラットフォーム「PandaOmics」で分析し、線維化に関係する候補としてTNIKを優先した。
同社はあわせて、老化に伴う分子・細胞レベルの変化を整理した「老化の特徴」の枠組みを用いてTNIKを評価した。TNIKは、細胞老化、細胞間コミュニケーションの変化、栄養感知機構の異常、タンパク質恒常性の喪失、ゲノム不安定性、ミトコンドリア機能不全という6項目との関連性が高い候補として選ばれた。
その後、生成化学プラットフォーム「Chemistry42」を用いてTNIK阻害化合物を設計・最適化した。標的探索から前臨床候補化合物の選定までは約18カ月と報告されている。レントセルチブは、老化そのものを適応症として設計された薬ではなく、老化と線維化に関係する生物学的要素を標的選定に取り入れながら、IPF治療薬として開発された候補薬である。
ラパマイシンやメトホルミンなど、老化研究で検討されてきた既存薬の多くは、当初は免疫抑制や糖尿病など別の用途で開発された。レントセルチブの場合は、疾患との関連性に加え、老化に伴う生物学的変化も標的評価の段階から考慮した点が異なる。
■老化細胞に関係するタンパク質の変化
今回の解析では、レントセルチブ投与後に、EREG、ESM1、IGFBP4、ITGA2、MMP10、MMP13、SPP1など、細胞老化や組織再構築に関連する複数のタンパク質が減少した。また、RTK–PI3KやRAS–ERKなどの成長因子シグナル伝達経路にも低下方向の変化が認められた。
老化細胞は、ストレスや損傷などに応答して分裂を停止した後、炎症や組織再構築に関係する物質を分泌することがある。この現象はSASP(細胞老化関連分泌形質)と呼ばれる。老化細胞そのものを除去せず、こうした分泌活動を抑える作用は「セノモルフィック作用」と呼ばれており、今回のタンパク質変化はその作用と整合するものだった。
研究チームはさらに、レントセルチブによって変化したタンパク質を、UK Biobank参加者5万5319人から得た年齢関連タンパク質パターンと比較した。その結果、投与後に変化したタンパク質には、一般集団で加齢に伴って変化するものが多く含まれ、全体として通常の加齢変化とは反対方向へ動く傾向が認められた。
これは、レントセルチブ投与後の血中タンパク質が、複数の年齢時計だけでなく、一般集団から得た加齢関連パターンとの比較でも若年側へ変化したことを意味する。一方、IPF自体が炎症や線維化、組織再構築を通じて血中タンパク質に影響するため、こうした変化が全身的な老化過程への作用と、肺疾患の改善のどちらをどの程度反映するかは未確定である。
■肺機能と年齢時計で異なった用量反応
第IIa相試験では、努力肺活量(FVC)の変化が副次的・探索的な有効性評価項目として調べられた。12週時点の平均FVC変化量は、レントセルチブ60mgを1日1回投与した群で98.4mLの増加、プラセボ群で20.3mLの減少だった。
これに対し、6種類の年齢時計を通じて最も広く変化が認められたのは、30mgを1日2回投与した群で、特に4週時点でシグナルが強かった。肺機能で最大の変化を示した投与法と、年齢時計で最も一貫した変化を示した投与法が一致しなかったことになる。
この違いは、年齢時計の変化がFVCの改善だけでは説明できない可能性を検討する手掛かりとなる。ただし、用量や投与回数による薬物曝露の違い、解析対象者数の少なさ、複数比較なども考慮する必要があり、異なる用量反応だけから抗線維化作用と老化関連作用を独立した機序として確定することはできない。
■示されたのは患者の若返りではなく予測値の変化
タンパク質年齢時計が捉えるのは、集団データに基づいて構築された統計モデル上の予測値である。今回確認されたのは、レントセルチブ投与後の血中タンパク質が、プラセボ群と比べてモデル上の若い年齢に対応する方向へ変化したことだ。
解析対象は42人と少なく、観察期間も12週間だった。全員がIPF患者であるため、疾患の治療に伴う炎症や線維化関連タンパク質の変化と、より広範な老化関連変化を完全に分離できない。また、今回の研究は主に計算モデルを用いた探索的解析で、身体機能、疾患発症、死亡率、健康寿命などの臨床的な老化指標への作用を評価したものではない。
6種類のモデルが同じ方向を示したことは、特定の年齢時計だけに由来する結果ではない可能性を高める。一方で、これらのモデルはいずれも同じ患者の血中タンパク質データを基にしているため、モデル間の一致だけで独立した臨床効果が複数回確認されたことにはならない。
IPFの影響を受けていない集団でも同様のタンパク質変化が生じるかを調べるには、健康な参加者やIPF以外の集団を対象とした試験が必要となる。さらに長期間の追跡によって、年齢時計の変化が持続するか、健康状態や身体機能の変化と結び付くかを確かめる必要がある。
■疾患試験に老化バイオマーカーを組み込む
今回の研究は、レントセルチブの作用に関する探索的結果に加え、通常の疾患臨床試験へ老化関連バイオマーカーを組み込む方法を提示した。疾患治療の安全性や有効性を調べながら血液などの試料を継続的に収集し、老化や細胞老化に関係する変化を並行して分析する考え方である。
こうした方法を用いれば、疾患治療薬の臨床開発を進める過程で、老化関連経路への作用を示す候補を探索できる。ただし、タンパク質年齢時計を臨床試験の正式な評価項目や代替評価項目として使用するには、予測値の変化が健康状態や臨床転帰をどの程度反映するのかを、より大規模で多様な集団を用いて検証しなければならない。
論文では、探索的バイオマーカーの収集から始め、別集団での再現、臨床的意味の検証を経て、必要に応じて米食品医薬品局のバイオマーカー適格性認定制度などを利用する段階的な枠組みが提案された。FDAと米国立衛生研究所によるBESTは、バイオマーカーや臨床評価項目に関する用語と概念を整理した資料であり、タンパク質年齢時計を認定済みの代替評価項目として位置付けているわけではない。
研究に使用したプロテオームデータは、中国国家生物情報センターにアクセッション番号「OMIX008341」で登録された。解析パイプラインもPythonライブラリとして公開されており、今後の再解析や手法の比較に利用できる。
■IPFを対象とする第III相試験を開始
レントセルチブは現在も承認前の治験薬であり、IPF患者を対象とした第III相試験が中国で始まっている。試験は無作為化二重盲検プラセボ対照方式で、47施設から計320人を登録し、1日1回の投与を52週間続ける計画である。
主要評価項目は、52週間におけるFVCの年間低下率である。第IIa相試験より大規模かつ長期間の試験によって、IPF治療薬としての有効性と安全性を検証する。今回報告されたタンパク質年齢時計の変化については、独立した集団での再現性と臨床的意味を確かめることが次の課題となる。
元記事: Insilico Medicine AI Drug Rentosertib Cuts Biological Age on Six Independent Protein Clocks