ドイツ製ロケット「Spectrum」が軌道到達、欧州大陸初の民間衛星打ち上げ

2026年9月8日 19:41

欧州の衛星事業者や政府機関にとって、欧州大陸から小・中型衛星を打ち上げる新たな民間の選択肢が生まれた。ドイツのIsar Aerospace(イザール・エアロスペース)は9月5日、ノルウェーのアンドーヤ宇宙港から小型ロケット「Spectrum(スペクトラム)」を打ち上げ、同ロケットとして初めて軌道投入と衛星放出に成功した。

今回の飛行はSpectrumの運用認定を目的とする段階であり、Isar Aerospaceが掲げる量産計画や、使い捨てロケットによる打ち上げ事業の採算性については、今後の飛行実績が焦点となる。

■欧州大陸から初めて民間ロケットが軌道到達

Spectrumは2026年9月5日20時12分(協定世界時、日本時間9月6日5時12分)、北極圏に位置するノルウェーのアンドーヤ宇宙港から打ち上げられた。第1段と第2段の分離や第2段エンジンの点火、軌道調整を経て軌道速度に到達し、搭載していた5機のCubeSatを放出した。

欧州宇宙機関(ESA)とIsar Aerospaceは、この飛行を欧州大陸から軌道に到達した初の打ち上げとして発表している。欧州はこれまで仏領ギアナのギアナ宇宙センターから多数の衛星を打ち上げてきたが、同宇宙センターは南米に位置する。今回の成功により、欧州大陸内から民間開発ロケットで衛星を軌道へ運ぶ能力が初めて実証された。

ミッション名は「Onward and Upward」で、Spectrumにとって2回目の飛行であり、顧客のペイロードを搭載した初の飛行でもあった。Isar Aerospaceは打ち上げ後、衛星の状態について各顧客と確認を進めていると説明した。

ライブ配信でSpectrumのチーフエンジニア、Nikolaos Perakisは「いま歴史をつくっている。Spectrumにとって、Isar Aerospaceにとって、そして欧州にとっての歴史だ」と述べた。

共同創業者兼CEOのDaniel Metzlerは「打ち上げは依然として世界の宇宙産業における最大のボトルネックであり、今日から商業顧客と公的機関の顧客には真の代替手段ができた」と語った。同社は今回の飛行を、軌道打ち上げ能力を確認するための認定飛行と位置付けている。

■Spectrumの機体と推進システム

Spectrumは全長28m、直径2mの2段式使い捨てロケットである。第1段には9基、第2段には1基の「Aquila(アクイラ)」エンジンを搭載する。第2段エンジンは複数回の点火に対応し、目的に応じた軌道調整を可能にする設計となっている。

Isar Aerospaceが公表する最大打ち上げ能力は、地球低軌道へ1000kg、太陽同期軌道へ700kgである。太陽同期軌道は、衛星が同じ地点の上空をほぼ同じ地方太陽時に通過する軌道で、地球観測などに利用される。

第1段と第2段はいずれも液体酸素と液化プロパンを推進剤に使用する。Isar Aerospaceは、この組み合わせについて、高い性能と比較的クリーンな燃焼を両立する推進方式と説明している。

炭化水素系燃料をロケットエンジンの冷却にも使用する場合、燃料の種類や温度、圧力、エンジン設計によっては、熱分解生成物が冷却流路へ堆積することがある。推進剤の選択は、燃焼性能だけでなく、タンクの設計、温度管理、製造工程や運用方法にも関係する。

Spectrumの機体には炭素繊維複合材が使われ、Aquilaエンジンを含む主要システムは社内で開発・製造されている。Isar Aerospaceは設計、製造、試験を可能な限り自社内に統合し、自動化を取り入れた量産体制の構築を進めている。

同社がミュンヘン近郊のパルスドルフに整備している新工場は、年間最大40機のSpectrumを生産できるよう設計されている。これは現時点の生産実績ではなく、設備完成後の生産能力に関する同社の目標である。

■初飛行の失敗を経て2回目で軌道へ

Spectrumの初飛行は2025年3月30日に同じアンドーヤ宇宙港から行われた。ロケットは発射台を離れたものの、約30秒後に飛行停止指令を受け、推力を失った状態で海上へ落下した。発射台に損傷はなく、一般の安全が脅かされることもなかったという。

Isar Aerospaceが公表した調査結果によれば、ベントバルブが意図せず開いたことと、ロール機動開始時に姿勢制御を失ったことが、飛行失敗につながる最初の事象として特定された。同社はその後、機体の制御性とシステムの耐性を高めるため、ソフトウェアを改良し、運用環境に対する余裕を拡大した。

2回目の飛行は当初、2026年1月に予定されていたが、加圧系バルブの問題で延期された。3月25日の打ち上げ試行では、海上の危険区域に船舶が進入したため、離陸約3秒前にカウントダウンが停止された。

4月9日には、高圧ガスを貯蔵する複合材圧力容器で漏れの疑いが確認され、打ち上げが見送られた。6月にも機体の流体系で通常と異なる挙動が確認され、打ち上げには至らなかった。9月4日の試行も中止され、翌5日に改めて打ち上げが実施された。

今回の飛行では最大動圧点を通過した後、第1段エンジンの燃焼停止、段間分離、第2段エンジンの点火、フェアリング分離、軌道投入、軌道調整、ペイロード放出までの一連の飛行工程を完了した。

■欧州の打ち上げ能力をめぐる空白

欧州では近年、複数の事情が重なり、域外の打ち上げ手段への依存が強まった。ロシアによるウクライナへの全面侵攻後、欧州は2022年にロシアのSoyuz(ソユーズ)ロケットを利用できなくなった。Ariane 5(アリアン5)は2023年に退役し、Vega-C(ヴェガC)は2022年の打ち上げ失敗後、運用を停止した。

この期間、欧州は独自に利用できる大型・中型ロケットが限られ、ESAはGalileo(ガリレオ)測位衛星の一部を米SpaceXのFalcon 9(ファルコン9)で打ち上げる契約を結んだ。

その後、Ariane 6(アリアン6)は2024年の初飛行を経て2025年に商業衛星の打ち上げを開始し、Vega-Cも運用を再開した。欧州の主要な打ち上げ能力は回復しつつあるが、小型衛星専用の打ち上げでは、米国など域外のロケットへの依存が続いている。

小型衛星は大型ロケットの相乗り枠を利用すれば、専用打ち上げより低価格で軌道へ運べる場合がある。一方、打ち上げ時期や主な投入軌道は、中核となるミッションの計画に左右される。Spectrumは、小・中型衛星のために打ち上げ時期や軌道を設定できる専用打ち上げと、複数顧客による相乗り打ち上げの双方を想定している。

Isar AerospaceとNATO Innovation Fundの発表によれば、欧州で実施された軌道打ち上げは2025年に10回未満で、米国は190回を超えた。単純な回数だけで能力全体を比較することはできないが、欧州と米国の打ち上げ頻度に大きな差があることを示している。

■政府・防衛分野からの需要も拡大

Spectrumが対象とするのは、商業衛星だけではない。政府機関にとって、打ち上げ時期を域内で管理し、外国のロケットや射場への依存を減らせることは、安全保障や供給網の面でも重要となる。

NATO Innovation Fundによると、Isar Aerospaceに対する需要は、2026年6月までの12カ月間に商業分野中心から政府・防衛分野中心へ変化し、需要の約60%を政府関係が占めるようになったという。

NATO Innovation Fundは、Isar Aerospaceが2026年6月に実施した2億7000万ユーロのシリーズD資金調達に参加した。1ドル=154円、1ユーロ=約1.16ドルという原文の換算条件を用いると、調達額は約482億円となる。

調達資金はSpectrumの量産体制や、打ち上げ拠点の拡張に充てられる。Isar Aerospaceはアンドーヤに加え、カナダ・ノバスコシア州の射場を利用する計画を進めている。

■5機のCubeSatと非分離型実験装置を搭載

「Onward and Upward」ミッションには、5機のCubeSatと、ロケットから分離しない実験装置1基が搭載された。これらはドイツ航空宇宙センターのMicrolauncher Competitionを通じて選ばれ、ESAの商業宇宙輸送支援プログラム「Boost!」の支援を受けた。

搭載されたCubeSatは、ベルリン工科大学の「CyBEEsat」、スロベニアのマリボル大学などによる「TriSat-S」、ブルガリアのEnduroSatによる「Platform 6」、ノルウェー科学技術大学の「FramSat-1」、ウィーン工科大学の学生チームによる「SpaceTeamSat1」である。

CyBEEsatは小型トランシーバーやペロブスカイト太陽電池に関する技術を搭載した。TriSat-Sは長期間の保管を経たバッテリーの挙動や光学航法技術を試験する。Platform 6は、他の事業者の装置を衛星に搭載して運用するホステッドペイロードサービスの実証を目的としている。

FramSat-1はノルウェーで開発された衛星で、ノルウェー国内から打ち上げられた初のノルウェー製衛星となった。SpaceTeamSat1では学生が開発したソフトウェアを軌道上で運用する。ドイツのDcubedが開発した「Let It Go」は、ロケットから分離せずに展開機構を試験する実験装置である。

■量産と継続的な運用が次の焦点

Spectrumは、地球低軌道へ最大1000kg、太陽同期軌道へ最大700kgを投入する能力を掲げる。数百kg級までを対象とする小型ロケットより大きなペイロードを扱いながら、大型ロケットの相乗りとは異なる専用打ち上げを提供することが、同ロケットの市場上の狙いとなる。

一方、Spectrumは再使用型ではなく、各段は飛行ごとに使い捨てられる。量産によって製造コストを抑え、十分な打ち上げ頻度を確保できるかが、事業を拡大する上での重要な条件となる。

今回の成功により、Spectrumは軌道到達とペイロード放出に必要な一連の飛行工程を実行した。今後は、複数回の打ち上げを安定して行えるか、計画する生産規模と受注を実際の打ち上げにつなげられるかが問われる。

Metzlerは6月の資金調達発表で、「宇宙がますます戦略的になる中、アクセスはもはやぜいたく品ではない」と述べた。9月5日の飛行は、欧州大陸から民間ロケットで衛星を軌道へ運ぶという、新たな選択肢の技術的な出発点となった。

元記事: Spectrum Rocket Achieves Orbit: First Private Launch From Continental Europe

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