A24のホームズ密着ドキュメンタリー、3年間の取材が映した「真実と演出」

2026年9月8日 11:34

エリザベス・ホームズを追ったドキュメンタリー「You Can See Everything」が、2026年10月に米国で劇場公開される。ネイサン・フィールダーとランス・オッペンハイムが共同監督を務め、ホームズが刑務所に入る直前から約3年間にわたって本人や家族を撮影した作品だ。

同作は2026年9月6日、米コロラド州で開かれたテルライド映画祭の事前告知されていない上映作品として世界初公開された。上映後にA24が予告編と作品情報を公表したが、米国での正確な公開日は9月7日時点で発表されていない。

■収監34日前から始まった密着取材

映画は、ホームズが刑務所に入る34日前から始まる。ホームズは、自身の生活を記録するため、フィールダーとオッペンハイムの撮影クルーを南カリフォルニアの住宅に招き入れた。

ホームズは、血液検査会社Theranosの経営を巡って投資家を欺いたとして、2022年に通信詐欺など4件で有罪評決を受けた。患者に対する詐欺については無罪となっており、刑事裁判で有罪とされたのは投資家に対する行為である。2023年5月30日から、テキサス州ブライアンの連邦刑務所で服役している。

当初135カ月だった刑期は、連邦量刑指針の改定に基づく申し立てを受け、2026年3月に123カ月へ短縮された。第9巡回区控訴裁判所はこれに先立つ2025年2月、有罪判決と賠償命令を支持している。

A24の公式説明では、ホームズの身近な姿を記録する企画として始まった取材が、3年間にわたる予想外の展開へ発展したという。上映レビューによると、撮影期間の一部ではフィールダーがホームズやパートナーのビリー・エバンスと同じ家で生活し、家族の日常に深く入り込んだ。

■映画の内側で進んだA24との交渉

取材が進むにつれて、当初はホームズを中心としていた映画で、エバンスの存在が大きくなっていく。

複数の上映レビューが取り上げた場面では、ホームズが卵を泡立てている途中で、エバンスが泡立て器を受け取り、自ら作業を始める。フィールダーはその場で理由を尋ね、二人の何げないやり取りにもカメラを向け続ける。

映画では、ホームズの収監後、エバンスがA24の幹部と作品の利益を分配する取り決めについて交渉する場面も扱われるという。上映レビューでは、交渉が当初ホームズに知らされていなかったと説明されている。

この交渉は、作品の当事者が自らについて制作される映画にどこまで関与し、誰がその物語から利益を得るのかという問題を浮かび上がらせる。ホームズとエバンスが撮影クルーに広い取材機会を与える一方、その映像がどのように利用されるかを巡る交渉も並行して進んでいたことになる。

ホームズとエバンスは、テルライドでの上映時点では完成した映画を見ていないと伝えられている。ホームズのXアカウントは予告編を共有しているが、同アカウントの自己紹介には、投稿は主に本人の言葉を他者が掲載していると記されている。

■Theranosが掲げた微量血液検査

Theranosは、指先から採取した少量の血液で多数の検査を実施できると宣伝していた。しかし、同社の装置で実行できる検査の種類や精度について、ホームズらが投資家に説明していた内容と実態には大きな隔たりがあった。

現在も少量の血液を使った検査技術の開発は続いているが、すべての検査を単一の装置と少量の検体で包括的に処理できるわけではない。実用化されているシステムも、対象となる検査項目、検体の種類、採取方法、使用環境ごとに性能が評価され、規制当局の審査を受けている。

例えば、携帯型の臨床化学分析装置Piccolo Xpressは、約100マイクロリットルの全血、血清または血漿を利用し、専用の試薬ディスクに応じて複数の検査を実施する。指先から採取した毛細管血に対応する検査についても、個別にFDAの審査を受けている。

Babson DiagnosticsとBDが開発したBetterWayの関連システムでは、指先から少量の血液を採取するBD MiniDrawについて、脂質パネルや一部の生化学検査、ヘモグロビンなどを対象としたFDAの510(k)クリアランスが得られている。これらは、検査対象と採取・処理方法を明確に定めたうえで承認された技術であり、Theranosが宣伝した包括的な検査能力と同一ではない。

微量血液検査という発想自体ではなく、実際の性能を示す検証結果と、投資家や利用者に伝えた内容との食い違いがTheranos事件の中心だった。

■エバンスが進める新たな診断技術

ホームズの収監後、エバンスは診断技術を開発するスタートアップ、Haemanthusを設立した。同社は血液や唾液、尿などに光を当て、その分子組成に由来する信号を解析する装置の開発を掲げている。

2025年の米メディア報道によると、エバンスは家族や友人などから約350万ドルを調達し、さらに1500万ドルの資金調達を検討していた。Haemanthusはまず動物向けの検査を開発し、その後に人を対象とする用途を目指す計画を投資家に示していたという。

同社が採用すると説明しているラマン分光法は、物質に光を照射した際に生じる散乱光を測り、分子の構成や状態に関する情報を得る分析手法である。抗体を使うイムノアッセイとは情報を読み取る原理が異なり、生体試料や疾患に関連する分子パターンを調べる研究にも利用されている。

一方、研究段階で疾患群と対照群を識別できたことと、日常の診療で個々の患者を診断できる製品を完成させることは別の段階にある。対象疾患ごとの臨床性能、再現性、検体の取り扱い、解析モデルの妥当性などを検証する必要がある。

Haemanthusは、Theranosが既存の検査の小型化を目指したのに対し、自社は光を使って生体試料の分子パターンを読み取る異なる方式だと説明している。また、ホームズは同社に正式には関与していないとしている。

これに対し、NPRは2025年、事情を知る関係者の話として、ホームズが服役中にエバンスへ助言していたと報じた。助言の具体的な内容や範囲は明らかになっておらず、Haemanthus側の説明とは食い違いがある。

■カメラの前で作られる「本人像」

「You Can See Everything」が扱う中心的な問いは、ホームズの発言が真実か虚偽かを一つずつ判定することだけではない。撮影されていることを知る人物が、カメラの前でどのような自分を示そうとするのか、さらに撮影者自身がその状況にどう影響するのかを描いている。

フィールダーはこれまでの作品でも、再現、演技、観察の境界を題材にしてきた。HBOのシリーズ「The Rehearsal」では、人が現実の出来事に備えて状況を繰り返し再現する過程を通じ、準備された振る舞いと実際の経験の関係を掘り下げた。

新作でも、カメラを存在しないものとして扱うのではなく、撮影者と被写体の関係そのものを作品に取り込んでいる。予告編では、ホームズがフィールダーに対して欺く理由はないと語り、自分は常に本当の姿を見せていると主張する。フィールダーは、その発言を受け入れるのではなく、会話を続けながら相手の振る舞いを観察する。

ホームズが刑務所に入った後は、本人を現地で撮影できないため、電話での会話などが再現映像によって構成される。こうした手法によって、本人がカメラの前で示す姿と、別の表現者によって再構成された人物像が並べられる。

映画は、どちらか一方を単純に「本物」と位置付けるのではなく、記録映像もまた、被写体、撮影者、編集者の選択によって形作られることを示していく。ホームズだけでなく、エバンスやフィールダー、さらには映画を配給するA24までが、作品内で語られる物語に関わる存在となる。

■フィールダーが持ち帰った答え

テルライド映画祭の上映後に行われた質疑応答で、フィールダーは、現在も自分が何を経験したのか理解しきれていないと語った。そして、観客が映画を見たうえで、自分の経験をどう受け取るのか聞きたいと述べている。

3年間にわたってホームズとその周囲を追い、生活の奥深くまでカメラを入れても、人物の意図や言葉の真偽について明快な結論に到達できるとは限らない。映画はその不確かさを取り除くのではなく、記録する側とされる側の双方が物語を形作っていく過程として提示する。

ネイサン・フィールダーとランス・オッペンハイムが監督し、A24が配給する「You Can See Everything」は、2026年10月に米国で劇場公開される。9月7日時点で、日本での公開予定は発表されていない。

元記事: You Can See Everything: Holmes’s Partner Cut Secret A24 Deal From Prison

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