量子コンピュータの極低温配線を減らせるか、S-Transistorsが超伝導ICを開発

2026年9月3日 15:40

フィンランドのスタートアップS-Transistorsは2026年8月31日、超伝導トランジスタを使った集積回路の開発に向け、プレシードラウンドで260万ユーロ(約300万ドル、約4億7700万円、1ドル=159円換算)を調達したと発表した。フィンランド技術研究センター(VTT)から生まれた企業で、超伝導量子コンピュータの規模拡大に伴って増える配線と熱負荷を、極低温で動作する制御回路によって軽減することを目指す。

同社は、超伝導トランジスタのプロトタイプをウェハー規模で製造したとしている。最初の製品として、複数の信号経路を切り替える極低温用マルチプレクサを開発し、事業開始から1年以内に初期顧客や戦略的パートナーへ提供する計画だ。現段階では、量子ビットと統合した性能や量産歩留まりなどの詳細な評価結果は公表されていない。

■量子プロセッサ拡大を阻む配線と熱負荷

超伝導量子ビットは、一般に希釈冷凍機内の10~20ミリケルビン前後という極低温で動作する。量子ビットの制御や読み出しには、室温側の電子機器から冷凍機内へ延びる同軸ケーブルや配線が使われている。

必要な配線数は、量子ビット数だけでなく、制御方式、読み出し回路、磁束制御、信号の多重化方法によって変わる。それでも、制御チャンネルが増えるほど冷凍機内の配線密度が高まり、外部から伝わる熱や信号の減衰、設置空間、部品点数が規模拡大の制約になる。

量子ビットの近くに制御回路や信号切り替え回路を配置できれば、室温から最も冷たいステージまで引き込む配線を減らせる可能性がある。ただし、極低温部、とりわけミリケルビン領域で利用できる冷却能力は限られるため、そこに置く回路には極めて小さな消費電力と発熱が求められる。

S-Transistorsの共同創業者兼CEOであるHeorhii Bohuslavskyiは、超伝導量子コンピュータでは古典制御とインターフェース用のハードウェアを、冷却された量子チップの近くへ移すことが有力な方向になると説明する。一方、実現には消費電力、動作速度、エネルギー効率の厳しい要件を満たす必要があるとしている。

■超伝導トランジスタが狙う極低温制御

極低温で量子ビットを制御する技術としては、クライオCMOSや単一磁束量子(SFQ)回路などが研究されている。

クライオCMOSは、シリコン製のCMOS回路を低温環境で動作させる技術だ。制御回路の一部を室温側から冷凍機内へ移せる一方、回路が消費する電力と、それに伴う発熱を冷凍機の熱収支に収める必要がある。

IBMは2026年3月、156量子ビットの「Heron R2」に、極低温CMOSを使った磁束バイアス制御チップを組み合わせたハイブリッド構成を発表した。量子ビットの駆動、読み出し、状態判別には室温側の高周波回路を使いながら、磁束可変カプラーの多くを極低温CMOSで制御したものである。IBMによると、2量子ビットゲートのランダム化ベンチマークにおける誤り率の中央値は約2.3×10のマイナス3乗で、同じ量子プロセッサを室温の電子回路から制御した場合と同程度だった。

SFQ回路は、超伝導ジョセフソン接合で生じる量子化された磁束を短い電圧パルスとして扱うデジタル回路である。高速かつ低消費電力で動作し、量子ビットの近くに制御機能を置く技術として研究が進んでいる。量子ビットには連続的に波形を整えたマイクロ波ではなく、タイミングを制御したパルス列を与えるため、高い忠実度を得るにはパルス列の設計やタイミング精度が重要になる。

S-Transistorsの構想は、トランジスタに似た3端子型のスイッチング機能と、超伝導状態における抵抗の小ささを組み合わせるものだ。同社は、極低温下で消費電力を抑えながら信号を制御できる集積回路を構築し、量子ビットの近くに配置することを目指している。

超伝導状態では直流電流が電気抵抗によるジュール熱を生じずに流れる。一方、実際の回路全体では、スイッチング、信号生成、配線、周辺回路などによるエネルギー消費を考慮する必要がある。このため、S-Transistorsも技術の特徴を「発熱ゼロ」ではなく、極めて小さな電力損失として説明している。

共同創業者兼CTOのAndrey Generalovは、トランジスタの演算・制御機能と、超伝導体の低い電力損失を一つのデバイスに組み合わせることで、エネルギー効率に優れた極低温コンピューティングを実現できるとの考えを示している。

■150mmウェハーからマルチプレクサ開発へ

S-Transistorsは、150mmウェハー上に数千個のプロトタイプデバイスを形成し、超伝導状態への切り替わりを示す測定を行ったとしている。製造プロセスについては、CMOSファウンドリとの互換性があり、量産へ拡張できると説明する。

ウェハー規模で多数のデバイスを作れることは、集積化を進めるうえで重要になる。ただし、プロトタイプをウェハー上に形成する段階と、均一な特性や高い歩留まりを備えた製品を量産する段階は区別する必要がある。同社は今回の資金を、複数の極低温信号制御用プロトタイプ、専用の極低温研究施設、製造パイロットラインの整備と人員拡大に充てる。

最初の製品として計画しているマルチプレクサは、複数の信号経路から使用する経路を選択する回路である。冷凍機内で信号を切り替えられれば、室温側から個別に引き込む配線の一部を共有し、外部との接続数を抑えられる可能性がある。

同社は、このマルチプレクサを、長期構想である「量子マザーボード」への第一歩と位置付けている。量子マザーボードは、信号の振り分けや制御、量子プロセッサとの接続に必要な機能を極低温環境に集積する構想だ。現在の室温側制御装置を直ちにすべて置き換える製品ではなく、まず既存の極低温実験装置に組み込める信号制御部品から開発を進める。

同社は量子コンピュータのほか、ハイパフォーマンスコンピューティング、AI向けハードウェア、宇宙機用電子機器、粒子検出器なども将来の応用先として挙げている。いずれも、低温環境や限られた電力条件の下で、高速な信号処理や小さな電力損失が求められる分野である。

■VTTから生まれた極低温技術企業

S-Transistorsは、フィンランドの国立研究機関であるVTTの技術を基盤とするスピンアウト企業だ。VTTは超伝導回路、量子デバイス、極低温計測、微細加工などの研究開発を進めてきた。

VTTは、IQM Quantum Computersやアールト大学とともに、電気的に調整可能な非調和性を持つ超伝導量子ビット「Unimon」を開発し、研究成果を2022年にNature Communicationsで発表している。S-Transistorsのチームは、マイクロエレクトロニクス、極低温技術、量子エレクトロニクス、先端製造の分野で合計50年以上の経験を持つとしている。

フィンランドでは量子技術への公的投資も進む。VTTとIQMは、150量子ビットの超伝導量子コンピュータを2026年に、300量子ビットのシステムを2027年に導入する契約を結んでいる。300量子ビット機は、150量子ビットのプロセッサ2基で構成し、量子誤り訂正の研究基盤として利用する計画だ。フィンランド政府は、この量子コンピュータ開発に7000万ユーロの特別助成を決定している。

プレシードラウンドは、フィンランドのベンチャーキャピタルLifeline Venturesが主導し、エンジェル投資家も参加した。Lifeline VenturesのパートナーであるJyri Engeströmは、超伝導トランジスタが、量子コンピュータの規模拡大を支えるハードウェアの一部になり得るとの見方を示している。

■実用化に向けて問われる統合性能

S-Transistorsが今回示したのは、ウェハー規模で製造したプロトタイプと、超伝導状態でのスイッチングを示す測定結果である。量子ビットと組み合わせた際の動作周波数、信号品質、消費電力、量子ゲートの忠実度、ウェハー内の特性ばらつき、製造歩留まりなどは公表されていない。

極低温用の制御回路には、単体デバイスとしての動作だけでなく、量子ビットに余分な熱や電磁ノイズを与えず、必要な信号精度を保てることが求められる。特に量子ビットの近くへ配置する場合、材料や製造工程の互換性、配線を含めた総消費電力、冷凍機内での実装方法も評価対象になる。

クライオCMOSやSFQ回路、光を利用した極低温インターフェースなど、配線負荷を軽減する技術の開発も進んでいる。S-Transistorsにとっては、超伝導トランジスタによる低い電力損失を、マルチプレクサや制御回路として再現性よく実装し、実際の量子プロセッサと組み合わせたデータを示せるかが次の焦点となる。

元記事: Finnish Startup S-Transistors Brings Zero-Resistance Cryogenic Chips to Wafer Scale

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