希少・絶版書もAI時代のデータ源に、Amazonの裁断スキャンを巡る法的・倫理的論点
2026年8月19日 23:01
米メディア「404 Media」は、古書販売業者に入った約1,000冊の一括注文にAppleの紛失防止タグ「AirTag」を忍ばせ、書籍の配送先を追跡した。その結果、荷物は米ネバダ州ラスベガスにあるAmazonの施設「LAS8」に到着した。施設内の「VGT3」と呼ばれる部門では、従業員の投稿によると、書籍の背を切り落としてページをスキャンし、原本を処分する作業が行われているという。
Amazonは、商用ルートで書籍を購入し、顧客向け製品やサービスの開発・改善に利用していると説明した。一方、スキャンしたデータをどの製品やAIモデルに利用しているのか、希少性の高い書籍を除外する基準があるのかといった詳細は明らかにしていない。今回の追跡は書籍の配送先を特定したもので、追跡対象となった一冊がその後どのように処理されたかまでは確認されていない。
■AirTagがたどり着いたラスベガスの施設
404 Mediaの調査に協力したのは、古書・希少書を扱うオンライン市場「Biblio」の販売業者だ。販売業者は、AI開発向けの調達ではないかと疑った約1,000冊の一括注文のうち、一冊に29ドル(約4,640円、1ドル=160円換算)のAirTagを入れて発送した。
AirTagはカリフォルニア州からウィスコンシン州ミルウォーキーへ空輸され、ケノーシャ近郊の物流施設に約2週間とどまった。その後、トラックで西へ運ばれ、コロラド州グランドジャンクションを経由して、ラスベガスのAmazon施設「LAS8」に到着した。
LAS8はオンデマンド印刷などに使われる施設だが、AirTagの信号が到達した建物北側では、別の部門が稼働しているという。Amazon従業員向けフォーラムへの投稿では、この部門は「VGT3」と呼ばれ、入口には本を持ったティラノサウルスのロゴが掲げられている。
従業員の投稿によると、VGT3ではパレット単位で届く書籍を受け取り、バーコードを読み取った後、背を切断してばらばらになったページをスキャナーに通す。紙の原本はスキャン後に処分されるという。AirTagによる追跡結果は、大量注文の荷物が、この書籍スキャン部門のあるAmazon施設へ運ばれたことを示している。
404 MediaやArs Technicaなどの問い合わせに対し、Amazonは「顧客が利用する製品やサービスの開発・改善に役立てるため、商用チャネルを通じて書籍を購入している」と回答した。この声明は書籍購入を認めているが、AI学習への利用、裁断工程、購入書籍の選定基準については説明していない。
■ISBNを手掛かりに進む大量調達
404 Mediaが確認した従業員の投稿では、VGT3の担当者は書籍のページをスキャンする前に、バーコードやISBNを読み取っている。ISBNは、一般に流通する単行出版物の版や形態を識別する国際的な番号制度であり、ISO 2108で規定されている。
ISBNを記録すれば、すでに取得した版と未取得の版を区別し、書誌データと照合することができる。古書販売業者の間では、分野や市場価値に一貫性がない一方、ISBNが付いているという共通点を持つ大量注文が報告されており、書誌情報を基準に調達対象を選んでいる可能性が指摘されている。
ただし、ISBNのスキャンだけで、世界中の出版物を網羅する計画があるとまでは確認できない。ISBNは著作物そのものではなく、特定の版や製品形態を識別するための番号であり、古い出版物や私家版など、ISBNが付与されていない書籍も存在する。
調査に協力した販売業者は、書籍には金銭的価値のほか、歴史的、知的、感情的な価値があると404 Mediaに語った。大量調達で本文のデータだけが重視されれば、装丁、来歴、書き込みなど、個々の物体に残された情報が失われるとの懸念である。
■印刷書籍がAI開発企業の関心を集める理由
大規模言語モデルの開発には大量の文章データが必要になる。ウェブ上で公開されていない専門書、地域出版物、絶版書などは、既存のウェブ収集では得にくい文章を含むため、物理書籍のデジタル化は新たなデータ源になり得る。
生成AIの普及後は、ウェブ上の文章にAI生成部分が含まれる機会も増えた。SEOツール企業Ahrefsは、2025年4月に同社のクローラーが新たに検出した英語のウェブページ90万件を独自の判定器で分析し、74.2%に何らかのAI生成部分が含まれると推定した。ただし、これは独自の検出モデルによる特定の標本調査であり、ウェブ全体に占める割合を直接示すものではない。
2024年に科学誌Natureへ掲載された研究では、モデルが生成したデータを世代をまたいで無差別に学習へ使い続けると、元のデータ分布の一部が失われる「モデル崩壊」が生じ得ることが示された。この研究が扱うのは再帰的かつ無差別な合成データ利用であり、AI生成データを含むだけで必ずモデル性能が低下するという意味ではない。それでも、出所や作成年代を確認しやすい人間由来の文章は、学習データを構成するうえで重要性を増している。
公開ウェブから集めたデータには、意図的に仕込まれた有害な学習例が混入する可能性もある。Anthropic、英国AI安全研究所、アラン・チューリング研究所の共同研究では、特定の合図に反応して意味のない文章を出力させる限定的な実験において、250件程度の文書でバックドアを学習させられる場合があることが報告された。ただし、この結果は特定の実験条件と低リスクの挙動を対象としており、あらゆるモデルや攻撃が同じ件数で成立することを示したものではない。
印刷時期の古い書籍は、近年の生成AI出力を含まない文章を集める手掛かりにはなる。一方、出版年だけで著者や生成過程を完全に判定できるわけではなく、古い書籍が一律に安全で高品質な学習データになるわけでもない。物理書籍の価値は、ウェブにない文章を含むことや、書誌情報を確認しやすいことなど、複数の要因から生じている。
■Anthropic訴訟が示した米国での法的判断
物理書籍を購入し、背を切断してスキャンする手法は、Amazonに関する今回の報道以前から注目されていた。著作者がAnthropicを訴えた「Bartz対Anthropic事件」では、同社が中古書籍などを大量に購入し、製本を解体して全ページをスキャンした事実が裁判資料で明らかになった。
米カリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所のウィリアム・アルサップ判事は2025年6月、適法に購入した紙の書籍をデジタル化し、紙の原本と置き換えて社内ライブラリーに保存する行為をフェアユースと判断した。また、訴訟で問題となった条件の下では、書籍を大規模言語モデルの学習に使用する行為も変容的な利用に当たると判断した。
一方、海賊版サイトから取得した書籍を恒久的なライブラリーとして保有する行為については、後に適法な書籍を購入した場合や学習に利用した場合でも正当化されないとされた。法的評価はAI学習という目的だけで決まるのではなく、データをどのように入手し、複製し、保存したかによって分かれている。
この判断は連邦地方裁判所による一事件の判断であり、米国のすべての裁判所を拘束する上級審判例ではない。Amazonの仕組みがAnthropic事件と同じ条件を満たすかについても、裁判所が判断したわけではない。
Anthropicは海賊版から取得した書籍を巡る部分について、約15億ドル(約2,400億円、1ドル=160円換算)を支払う集団訴訟の和解を成立させた。この和解は主として書籍の不正な入手に関する請求を解決するもので、適法に購入した紙の書籍のデジタル化に対する先のフェアユース判断とは区別する必要がある。
■米国以外では異なる著作権制度
米国で示されたフェアユースの判断を、そのまま他国へ当てはめることはできない。英国政府はAIと著作権を巡る制度を検討しているが、現行制度には米国のフェアユースと同じ包括的な規定はなく、商用のAI学習に著作物を複製する場合は、権利処理や適用可能な例外を個別に検討する必要がある。
欧州連合にはテキスト・データマイニングに関する著作権例外があるものの、利用目的、適法なアクセス、権利者による権利留保などの条件が関係する。書籍を購入したという事実だけで、その内容をあらゆる目的で複製できるとは限らない。
したがって、Amazonのラスベガス施設で報じられた工程が米国外で行われた場合の適法性は、各国の著作権法、データの用途、権利処理の状況に応じて判断されることになる。
■希少書では本文以外の情報も失われる
今回の荷物は、希少書や古書を扱うBiblioを通じて調達された。ただし、約1,000冊の全てが現存数の極めて少ない希少本だったのか、Amazonが希少性を理由に選んだのかは明らかになっていない。
一般的な在庫本を一冊処分する場合と、現存数が少ない専門書、地域出版物、古い版を裁断する場合とでは、文化資料としての影響が異なる。本文がデジタルデータとして残っても、製本、紙、蔵書印、書き込み、署名、修復歴、所有者の来歴といった情報は、原本の処分によって失われる。
欧米の古書販売業者からは、分野のつながりが乏しい大量注文、価格交渉をほとんど行わない購入者、目的を明かさない取引などが報告されている。英エディンバラの書店主は、18世紀に出版された版のうち、唯一の現存本だった可能性がある書籍を、後にAI関連の調達ではないかと疑う取引で販売したと語っている。ただし、その購入者や書籍の最終的な処理は確認されていない。
古書業界の受け止めは一様ではない。長期間売れなかった在庫に新たな需要が生まれることを歓迎する販売業者がいる一方、希少性や資料価値を確認せずに裁断されることを懸念する業者もいる。Amazonは、希少書や現存数の少ない書籍を処分対象から除く方針があるかどうかを公表していない。
■Amazonは利用先を明らかにせず
Amazonは独自の基盤モデルを開発しているが、VGT3でスキャンされたデータがどのモデルやサービスに使われているかは確認されていない。2026年7月には、同社が一部のNovaモデルへの開発投資を縮小し、研究者ピーター・アッビール氏が率いる「Frontier Model Research」へ人材や計算資源を移しているとBusiness Insiderが報じた。
しかし、今回追跡された書籍のデータと、この開発計画を直接結び付ける情報は公表されていない。現時点で確認できるのは、Amazonが商用ルートで書籍を購入していると認めたこと、大量の書籍がLAS8へ送られたこと、従業員がVGT3で裁断を伴うスキャン作業を説明していることまでである。
今回の調査により、匿名性の高い大量注文の少なくとも一件がAmazonの施設へ届いたことが具体的に示された。今後の焦点は、スキャンデータの用途、購入対象の選定方法、希少性を確認する仕組み、原本処分の基準についてAmazonがどこまで説明するかに移る。
■注目ポイントQ&A
●AirTagの追跡で何が確認されたのですか?
約1,000冊の一括注文に含まれていた一冊のAirTagが、ラスベガスのAmazon施設「LAS8」に到着したことが確認されました。従業員の投稿から、同施設のVGT3部門で書籍を裁断してスキャンする作業が行われていると報じられています。ただし、追跡した一冊が実際に裁断された瞬間や、そのデータの具体的な利用先までは確認されていません。
●Amazonは書籍をAI学習に使っていると認めたのですか?
Amazonは、顧客向け製品やサービスの開発・改善のため、商用チャネルで書籍を購入していると説明しています。ただし、AI学習への利用や対象モデル、裁断後の原本の扱いについては具体的に回答していません。
●購入した本を裁断してデジタル化することは合法ですか?
米国では、Anthropicを巡る2025年の連邦地裁判決で、適法に購入した紙の書籍をデジタル化し、原本と置き換える行為や、同事件の条件下でAI学習に使う行為がフェアユースと判断されました。ただし、一件の地裁判断であり、入手方法や保存方法などによって法的評価は変わります。米国外では各国の著作権制度を個別に確認する必要があります。
●古い書籍はなぜAI開発企業にとって価値があるのですか?
ウェブ上で公開されていない専門的な文章や絶版資料を含み、書誌情報や出版時期を確認しやすいためです。近年の生成AI出力が混じっていない文章を得やすい面もありますが、出版年だけで品質や安全性が保証されるわけではありません。
●古書販売業者は疑わしい大量注文を断れますか?
通常の売買取引で販売を受けるかどうかは、契約や市場の規約、適用法の範囲内で販売業者が判断できます。目的が開示されない大量注文について、希少性や資料価値を確認したうえで販売を見送る業者もいます。一方、一般的な取引で購入者にAI利用の有無を一律に開示させる制度があるとは限りません。
元記事: Amazon Destroys Rare Books for AI Training Despite Prior Denial, AirTag Confirms