Apple、米司法省に複数の和解案を提示か iPhone独占訴訟、裁判回避の可能性
2026年7月20日 13:31
Appleが、iPhoneを巡る反トラスト法(独占禁止法)訴訟について、米司法省(DOJ)と予備的な和解交渉を行っているとBloombergが報じた。関係者によると、Appleは2026年に入ってから複数の和解案を提示しているという。交渉は続いているものの、合意に至る保証はなく、裁判の日程も決まっていない。和解が成立すれば裁判を経ずに訴訟が終結する可能性がある一方、法曹関係者からは、Appleによるプラットフォーム支配の根本的な構造が残るとの指摘も出ている。
■和解交渉の開始と背景
Bloombergは2026年7月17日、AppleとDOJが、スマートフォン市場の不法な独占を巡って2024年に起こされた反トラスト法訴訟について、予備的な和解交渉に入ったと報じた。Reutersも同日、Bloombergの報道を伝えたが、独自には確認できていないとしている。
協議が非公開であることを理由に匿名で取材に応じた事情に詳しい関係者によると、Appleは2026年に入ってから、訴訟を終結させるための案を複数回提示したという。交渉は現在も続いているが、両者が合意する保証はなく、裁判の日程も設定されていない。
今回、和解に向けた動きが強まった背景には、Appleが証拠開示手続きで重要な判断を勝ち取ったことと、トランプ政権下のDOJ指導部が、前政権から引き継いだ巨大テクノロジー企業に対する訴訟を、裁判よりも和解で解決する姿勢を明確にしたことがある。こうした方針は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)やBloombergの報道でも確認されている。
■訴訟の発端
バイデン政権下のDOJは2024年3月21日、Appleがシャーマン反トラスト法2条に違反したとして、民事訴訟を起こした。同条は、競争ではなく排他的な手段によって独占力を維持する行為を禁じている。
提訴には15州とコロンビア特別区の司法長官も加わった。その後、DOJは修正訴状を提出し、参加する州は19州に増えた。
政府側は、Appleが米国のスマートフォン市場で57%を超えるシェアを持ち、競合技術を5つの分野で制限することによって、消費者をiPhoneのエコシステムに囲い込んだと主張している。
対象となったのは、iOSからAndroidへの乗り換えに伴う負担を軽減し得るスーパーアプリ、高価なiPhoneのハードウェアを必要とせず高品質なゲームを利用できるクラウドストリーミングゲーム、サードパーティー製メッセージングアプリ、デジタルウォレット、競合するスマートウォッチである。
政府側の主張によると、Appleは自社の「メッセージ」アプリでは暗号化を提供する一方、異なるプラットフォーム間の通信を暗号化されていないSMSにとどめていた。また、タッチ決済に必要なiPhoneのNFCチップへのアクセスを競合アプリに認めず、Apple Payに限定していたほか、APIやハードウェアへのアクセスを制限し、他社製スマートウォッチがiPhoneとの組み合わせでApple Watchと同等に機能することを妨げていたとされる。
政府側は、一連の行為によって消費者を事実上Appleのプラットフォームに「依存」させ、Apple製品そのものの優位性とは別に、乗り換えコストによって市場での地位を守ってきたと主張している。
■Appleの自主的な譲歩で政府側の立場が弱まる
提訴後、Appleは政府側が具体的に問題視した複数の慣行を、表立たない形で廃止または変更してきた。
Appleは、サードパーティー開発者がiOSアプリ内で新たな配信経路を利用できるミニアプリ・プログラムを提供している。また、iOS 18の「メッセージ」アプリでは、SMSの後継となる通信事業者標準のRCSを採用した。RCSは、iPhoneとAndroid端末の間で暗号化されたメッセージ通信を可能にする規格である。
さらに、AppleはiPhoneのNFCチップをサードパーティー製ウォレットアプリに開放し、タッチ決済をApple Payに限定していた仕組みを変更した。MicrosoftのXbox Cloud GamingやNvidiaのGeForce Nowなどのクラウドストリーミングゲームサービスについても、App Storeを通じてiOS上で提供できるようにした。
これら4つの譲歩は、DOJが指摘した5分野のうち4つに直接対応する。未対応の争点が絞られたことで、2024年3月の提訴時と比べてAppleの交渉力は大きく強まったと分析されている。
■残された争点「Apple Watch」
Appleが対応していない分野がスマートウォッチである。CNBCの報道によると、Apple Watchは現在もiPhoneとの組み合わせに限定され、Android端末では利用できない。
Appleは他社製スマートウォッチとiPhoneの連携を改善しているが、Apple Watch自体をAndroid端末とペアリングできるようにはしていない。これを実現するには、watchOSにおけるデバイス認証、健康データの共有、ソフトウェア更新の仕組みなどに大幅な設計変更が必要になる。CNBCによると、ウェアラブル端末は和解交渉で争点の一つになっている。
■Apple Watchが示す構造的な課題
この訴訟におけるApple Watchの重要性は、市場シェアだけにあるのではない。その閉鎖的な設計は、和解交渉の中心にある構造的な問題を示している。
Appleによるプラットフォーム上の制限は、単純な方針変更だけで撤回できるものとは限らない。複数の制限は、同社のハードウェアとソフトウェアが通信する仕組みに組み込まれた、技術設計上の決定だからだ。
Apple WatchをAndroid端末とペアリングできるようにするには、watchOSがデバイス認証、健康データの同期、接続時の認証処理を行う方法を再設計する必要がある。開発者向け規約を書き換えるだけでは対応できない。
この点は、プラットフォームを対象とした反トラスト訴訟で、行為を規制する同意判決の執行が難しく、企業側が影響を最小限に抑えやすい理由でもある。企業が是正措置の文言には従いながら、制限を可能にする基盤の設計を残し、将来、別の技術的理由を掲げて同様の制限を設ける可能性があるためだ。
■トランプ政権下でのDOJの方針転換
今回の和解交渉は、政治的な環境の変化によって可能になった側面もある。
WSJの報道によると、トランプ政権下でDOJの司法次官(Associate Attorney General)を務めるスタンリー・ウッドワード氏は、反トラスト部門の職員に対し、複数年にわたる裁判よりも和解による解決を好むと内部で伝えている。ウッドワード氏は反トラスト分野を含む民事執行の相当部分を監督し、過去の政権と比べて積極的に関与しているとBloomberg Lawは報じている。
DOJの報道官はWSJに対し、ウッドワード氏が職員に訴訟をやめるよう指示した事実はないと説明した。一方で、長期にわたる手続きよりも、交渉による和解の方が迅速に成果を得られることを強調しているという。
必要であれば裁判まで進める姿勢を示していたバイデン政権下のDOJから、和解を優先する方針へ転換したことで、Appleには以前にはなかった交渉の機会が生まれた。
DOJの反トラスト部門では、常任トップが上院の承認を得て就任していない。2026年6月下旬までの5カ月間に2人目のトップ代行が退任しており、こうした指導体制も、複数年にわたる訴訟への組織的な意欲をさらに低下させているとアナリストはみている。
■Appleに有利な判断、連邦機関の文書を巡る証拠開示
Appleは、和解交渉に入る直前に証拠開示手続きでも追い風を得た。
7月15日、特別に任命された判事は、Appleが14の連邦機関に求めた内部文書について、同社の抗弁との関連性があるとの判断を示した。対象にはCIA、NSA、FBI、国防総省、国土安全保障省、NASAなどが含まれる。
Appleは、連邦機関が閉鎖的な設計にもかかわらず、あるいはその設計を理由としてiPhoneを選んだ経緯を示す文書が、自社の抗弁を裏付けると主張していた。すなわち、Appleによるプラットフォーム上の制限は、競合を排除する手段ではなく、正当なセキュリティ上および製品上の利点だという主張である。
ただし、この判断によってAppleが文書を直ちに入手できるわけではない。各機関は、秘匿特権の対象または機密情報に当たると判断した個別の文書について、開示を拒むことができる。その場合は文書を記録し、必要に応じて追加の争いに備えることになる。
判事は、政府側が文書要求全体に対して示した包括的な異議には根拠がないとして退けた。この判断は、和解交渉が加速した時期に、手続き上の流れをApple側へ傾けたと9to5Macは報じている。
■和解で得られるものと残る限界
和解交渉で特に重要なのは、Appleが自社の方針を一方的に変更できることをDOJが懸念している点である。
AppleがNFCへのアクセスを開放し続けること、RCSへの対応を維持すること、クラウドゲームを認め続けることなど、特定の行為に関する是正措置を受け入れたとしても、その実効性は同意判決の監視・執行制度に左右される。
Appleは将来のiOSで、別の名称や技術的な仕組みを使い、同じ競争上の効果を持つ新たな制限を導入する可能性がある。その場合、政府は新たな制限を争うために、改めて執行手続きを取らなければならない可能性がある。
同様の問題は、行為に対する是正措置を盛り込んだ2001年のMicrosoft反トラスト訴訟の同意判決でも指摘された。批判する立場からは、同意判決がMicrosoftの長期的な市場での地位をほとんど変えなかったとの評価が出ていた。
また、DOJとの和解だけでは、Appleが直面する並行した法的リスクは解消されない。DOJの訴訟に参加している19州の司法長官には独自に訴訟を続ける権限があるが、現在の和解交渉に参加しているかどうかは不明だとThe Next Webは報じている。
政府の訴訟と並行して提起された消費者の集団訴訟も、DOJの同意判決には拘束されない。これらの訴訟は、割高な価格を支払った可能性のあるiPhone購入者のために金銭的損害賠償を求めるもので、独立して続く。
■米国外で続く法的圧力
米国で和解が成立しても、世界各地でAppleが受けている規制上の圧力は解消されない。
欧州委員会は2025年4月23日、デジタル市場法(DMA)の反誘導規定に違反したとして、Appleに5億ユーロの制裁金を科した。Appleは同年7月、この処分を不服として提訴したとCNBCが報じている。
DMAの第6条4項に基づく別の調査も続いている。Appleが米証券取引委員会(SEC)に提出した開示資料によると、制裁金は同社の全世界における年間純収益の最大10%に達する可能性がある。
英国では、約4,000万人のiCloud利用者を対象とする集団訴訟についても、裁判に進むことが認められている。
■次期CEOへの影響
和解交渉の時期は、単なる訴訟戦略を超える意味を持つ。
9to5Macの報道によると、ティム・クック氏は2026年8月31日にAppleのCEOを退任し、現在ハードウェアエンジニアリング担当上級副社長を務めるジョン・ターナス氏が9月1日にCEOへ就任する予定だという。クック氏はエグゼクティブチェアマンに就き、Appleによると、世界各国の政策担当者との協議を引き続き担う。
この人事移行前にDOJとの訴訟を解決できれば、ターナス氏が新CEOとして引き継ぐ未解決の法的リスクを一つ減らせる。
次期CEOは、DOJの反トラスト訴訟に加え、Epic Gamesを巡る連邦最高裁判所での法廷侮辱手続き、EUのDMAに基づく制裁金と継続中の調査、英国の集団訴訟という複数の問題を同時に引き継ぐ可能性がある。
■スマートフォン市場への影響
AppleとDOJが合意すれば、バイデン政権から引き継いだ巨大テクノロジー企業に対する反トラスト訴訟を、トランプ政権が解決する最初の主要事例となる。
同時に、Google、Amazon、Metaに対する同様の訴訟を、政府が今後どのように処理するかを左右する先例になる可能性もある。
DOJが問題視したNFC決済、メッセージの相互運用性、アプリ配信に関する制限は、米国市場で競合製品が普及できるかどうかを左右する構造的な要因であり、その影響はiPhone利用者だけにとどまらない。
Appleがすでに自主的に行った譲歩を、法的拘束力のある約束として固定する和解は、競争を守る最低限の基盤になり得る。一方、強力な監視制度や、将来の技術的な回避策に異議を申し立てる仕組みがなければ、Appleがいずれ制限を別の方法で実現する余地が残る。
19州の司法長官が条件に同意するか、また連邦判事が同意判決を承認するかによって、今回の交渉がスマートフォン市場に持続的で実質的な変化をもたらすのか、それともAppleが限定的な対応だけで順守できる法的決着に終わるのかが決まる。
■注目ポイントQ&A
●AppleがDOJとの訴訟を解決するために必要なことは何ですか?
具体的な和解条件は報じられていません。ただし、DOJは、NFCチップのサードパーティー製ウォレットへの開放、RCSへの対応、クラウドストリーミングゲームの許可、ミニアプリ・プログラムの提供といったAppleの変更を、任意の措置ではなく法的に執行できる約束にすることを重視しているとみられます。将来のiOSでAppleが変更を一方的に撤回することへの懸念に対処するには、同意判決に監視規定と執行の仕組みを盛り込む必要があります。Android端末とApple Watchの相互運用性についてAppleはまだ譲歩しておらず、争点として残っています。
●和解が成立した場合、iPhone利用者にはどのような影響がありますか?
見た目ほど大きな変化にはならない可能性があります。和解が成立すれば、サードパーティー製デジタルウォレットによるNFCタッチ決済や、クラウドストリーミングゲームアプリの提供など、Appleがすでに自主的に実施している変更が法的な義務になると考えられます。一方、Appleを事業分割したり、DOJが独占を可能にしたと主張する閉鎖的なエコシステムの設計自体を変えたりするものではありません。特定の行為は裁判所の命令で規制されても、iOSで配信できるアプリ、第三者が利用できるハードウェアAPI、競合製品との相互運用方法をAppleが管理する基本構造は残ります。
●なぜトランプ政権下のDOJは裁判ではなく和解を目指しているのですか?
司法次官のスタンリー・ウッドワード氏が、複数年にわたる訴訟よりも和解を好むと反トラスト部門の職員に伝えているためです。ウッドワード氏は、和解によって消費者への成果をより早く、納税者の負担を抑えて実現できると考えていると報じられています。一方、批判する立場からは、この方針が反トラスト法の執行を弱めるとの指摘もあります。DOJの報道官は、ウッドワード氏が訴訟をやめるよう指示した事実はないと説明しています。
●Apple Watchは将来、Android端末で使えるようになりますか?
Appleは、Apple WatchをAndroid端末とペアリングできるようにする計画を発表していません。他社製スマートウォッチとiPhoneの連携は改善されていますが、Apple WatchのwatchOSはiPhoneとのペアリングを前提に設計されています。Android端末への対応には、デバイス認証、健康データの共有、ソフトウェア更新などの仕組みを大幅に変更する必要があります。現在の和解交渉によって、こうした変更が法的な義務になるかどうかは不明です。ウェアラブル端末が主要な争点の一つであるとは報じられていますが、解決案の内容は明らかになっていません。
元記事: Apple Makes Multiple Settlement Offers to DOJ as iPhone Monopoly Trial Looms