なぜ「赤いニシン」が偽の手がかりなのか? 「red herring」の意外な語源

2026年6月14日 21:03

 「レッドヘリング」という言葉を知っているだろうか。ミステリー好きの人なら、ピンとくるかもしれない。

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 これは本来、「red herring」という英語のイディオムで、文字通り訳せば「赤いニシン」だが、「人の注意を本題から逸らすための偽の手がかり」「論点をずらすための情報」といった意味を持つ。ではなぜ、「赤いニシン」が「偽の手がかり」を意味するのだろうか。

■「偽の手がかり」を意味する英語表現

 「red herring」は、推理小説の世界では、読者を誤った犯人像へと誘導するための仕掛けを指す用語だ。また推理小説に限らず、議論の場で本筋と無関係な話題を持ち出して相手を惑わせる論法も「red herring」と呼ばれる。

 たとえば、「Don't be distracted by his argument about costs. It's a red herring.(コストの話に惑わされるな。あれは論点ずらしだ)」のように使われる。

 注意の方向を、本来あるべき対象から別の方向へねじ曲げるというのが、このイディオムのコアイメージだ。

■そもそも赤いニシンはいない

 まず押さえておきたいのは、「red herring」は魚の種類ではないという点だ。これは、保存のために塩漬けし、長期間燻製にしたニシンのことを指す。

 冷蔵技術のなかった時代、魚を内陸まで運ぶには塩漬けや燻製といった加工が不可欠だった。なかでも「red herring」は燻製期間が数週間に及び、身が赤褐色に変わるまで燻されたことからこの名がついた。

 完成したニシンは1年以上の保存に耐えるが、その代償として強烈な匂いを放つという。13〜14世紀から文献上に登場する、歴史の長い保存食である。

■猟犬を欺く魚?

 この強い匂いが、語源説の核心になっている。

 広く流布してきたのは、「燻製ニシンを地面に引きずって匂いの跡をつけ、猟犬の鼻を狂わせて獲物から引き離した」という説だ。密猟者が追っ手の犬を撒くために使ったとも、狩猟を妨害するためだったとも語られてきた。

 ところが、近年の語源研究によると、そのような狩猟の慣習が実在したことを示す証拠は見つかっていない。

■一人のジャーナリストの皮肉から

 では、「人を欺く偽の手がかり」という現在の意味はどこから来たのか。その出どころとされているのが、1807年、英国のジャーナリストWilliam Cobbettが自身の発行する政治週刊紙に書いた一篇の記事だ。

 当時のロンドンの新聞各社は、ナポレオン敗北という誤報に飛びつき、大々的に報じていた。Cobbettはこれを痛烈に皮肉るため、「少年時代、ウサギの猟場を守るために、紐に結んだ燻製ニシンを野山に引きずって猟犬たちを撒いたものだ」という、おそらくは創作の思い出話を披露した。

 偽の匂いに釣られて獲物を見失う猟犬たち。それは、偽の情報に飛びついて本来報じるべき国内問題から目を逸らした新聞各社の姿そのものだった。

 この鮮烈な比喩が読者の記憶に残り、「red herring=人を惑わす偽の手がかり」という用法が英語に定着したのである。(記事:ムロタニハヤト・記事一覧を見る

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