「猫の母親」とは誰? 猫にまつわる英語イディオム(25)
2025年10月27日 10:10
英語圏の家庭では、子供が母親を「she」と代名詞で呼ぶと叱られることがある。たとえばこんな会話だ。「She said we can go to the park after lunch!(お母さんが、昼ごはんのあと公園に行っていいって!)」。
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するとそばで聞いていた母親がたしなめる、「Who’s ‘she’, the cat’s mother?(“彼女”って誰のこと?猫のお母さん?)」。一見、奇妙だが、ここには英語文化におけるしつけが表れている。
■Who’s she, the cat’s mother?
「Who’s she, the cat’s mother?」という言い回しは、イギリスで19世紀の中頃から子供を叱る表現としてよく使われていた。
子供が目の前にいる母親を「she」と呼ぶと、母親はすかさずこう叱ったのだ。つまり、「“she”なんて他人みたいな呼び方をするんじゃない、ちゃんと“Mum”と呼びなさい」という戒めだ。
この表現の由来ははっきりしないが、たとえば、1870年の風刺劇『The White Cat!』においてすでに使用例が見られる。
劇中に擬人化された猫が登場するのだが、その猫が人間の子供に向かって、「“she” is the cat’s mother(“she”は猫のお母さんのことよ)」と言う場面がある。要は、「“she”なんて言い方をするのは、名前のない猫の母親を指すようなものだよ」という意味だ。
■なぜ猫なのか?
ではなぜ、「she」が、犬や鳥など他の動物ではなく、猫の母親を示すのだろうか。この背景には、当時の英語にあった、「tom-cat(雄猫)」や「she-cat(雌猫)」という猫を性別で呼び分ける言い方が関係している。
当時は「she」と聞けば「she-cat」を連想する感覚があり、女性を指す代名詞としての「she」と猫のイメージがつながっていたと考えられる。そうした言語感覚が、「Who’s ‘she,’ the cat’s mother?」という言い回しを生んだのだろう。
なお、「Who’s she, the cat’s mother?」自体、今では古風な言い回しとされる。20世紀中盤までは多くの使用例が記録に残っており、イギリスの児童文化を調べた研究にも、子供に対して使われる注意の言葉として紹介されている。
ただし言葉そのものは古びても、呼び方に敬意が表れるという感覚は変わらない。今でもイギリスやアイルランドの一部の家庭では、親から子へと自然に伝えられているという。(記事:ムロタニハヤト・記事一覧を見る)