あまりの反響に異例の再放送、なぜ今「聲の形」が求められるのか

2018年8月29日 21:19

■地上波初放送「聲の形」、異例の再放送が決定

 「ひとのつながり」というありふれていながらも現代人にとって最大のテーマに向き合ったアニメ映画「聲の形」が、NHKEテレにて8月25日に地上波で初放送された。京都アニメーションが制作した本作は、当初公開館数が120館ながら興収23億円を突破した話題作でもあるのだが、この数値以上に濃い内容に多くの反響があった。

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 その内容は初登場となった地上波でも変わらず、その反響もあって9月2日に急きょ再放送が決定した。この時期は夏休み明けで子供たちが再び学校に行くシーズンでもあり、少しでも人間のつながりに悩む人たちに届けたい願いもあったのかと思われる。

 それほどに考えさせられる内容となっている上に、最後にはいじめられた・いじめた側の双方に1つの解を示しており、かなり作り込まれた作品であるのがわかる。

■健常者である少年と、耳に障害を持つ少女の心のふれあいを描く

 小学校6年生の石田将也はいわゆるガキ大将で、いつもクラスの中心にいた。しかし、彼のクラスに聴覚障害を持った西宮硝子が転校してくることで環境が変わってしまう。硝子によってクラスの様子が一変してしまい、まるで自分のテリトリーが乱されるように感じた将也は、次第に彼女へちょっかいを出し始める。

 将也以外のクラスメイトも硝子がいじめられていることは知りつつも、やはり自分とは違う彼女を助ける勇気はなかった。しかし、そのいじめも度が過ぎてしまい、ついには校長が出てくるまで事態が大きくなる。すると、クラスメイトはすべての責任を将也に押し付け、誰もが知らんぷりを始めるのだった。

 いきなり友人から裏切られたトラウマと硝子をいじめた罪悪感が一気に押し寄せ、将也は一気にいじめっ子からクラスに馴染めない男の子になってしまう。そして、硝子の件で迷惑を掛けたお金を母親に弁済した後に自殺しようと考えていたが、あっさりとその計画もばれて日常生活へと戻ることになる。

 しかし、現実に将也の居場所などなく、高校でも他人の顔をまともに見れず、孤独な日々が続いていた。そんな彼だったが、偶然にも硝子に出会うことで、再び人間と向き合うことの意味を考えることになっていく。

■等身大の人間をアニメで表現、あらゆる「可能性」を語る

 一見すると「いじめ」をテーマにしているようだが、本作の本質はあくまでも「ひとのつながり」と「向き合う」ことにあると思われる。一度人間をひどく傷つけてしまった将也は、その自責の念から手話を覚え、できるだけ聴覚障害のある人を理解しようとする。しかし、それも自己満足と捉われかねないというジレンマに襲われながらも、手話を通じて硝子と話すシーンはどこか痛々しさを感じさせる。

 さらに、将也は硝子を通じて過去の人間にも出会うことになるのだが、その誰もがクラスに1人はいるような人物を彷彿とさせるものとなっている。特に、「川井みき」という人物は当たり障りがないように見えるが、利己的で結局は自分のことが大事でしょうがない人間として描かれている。アニメなのにここまで人物に不快感を与える描写力には脱帽させられるし、そこまで作り込まれているのもわかる。

 現代のいじめは陰湿になっていると言われて久しい。それは誰もが多様が叫ばれる世界の中で、どのように人間と接すればいいのか分からないようになっているからかもしれない。そんな人間関係に悩めるすべての人に、ぜひ「聲の形」が届けばいいと思う。

 「聲の形」は2018年9月2日の14時からNHK Eテレにて再放送。(記事:藤田竜一・記事一覧を見る

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