大気汚染物質を生成する「ホンモノ」と生成しない「ニセモノ」を見分ける ~二次有機エアロゾル生成に関わるテルペン二量体を正確に検出~

プレスリリース発表元企業:横浜市立大学




国立環境研究所環境計測研究センターの猪俣敏室長と横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の関本奏子准教授の研究チームは、植物から放出されるモノテルペンと呼ばれる有機物とオゾンの反応によってできた、大気汚染物質の生成源として重要な化学物質の一つである「テルペン二量体」について、衝突誘起解離法を組み合わせた質量分析を行いました。その結果、検出される二量体ピークのうち、大気汚染物質を生成し得る化合物のピークはわずか1〜9%であり、それ以外は装置内で生成するアーティファクトであることを見出しました。これまでに、大気汚染物質の生成に関わるテルペン二量体の生成速度について、二量体の質量領域に現れるピーク強度そのものを用いて報告されたものがありましたが、本研究の結果により、過去に報告されてきた値は、実際の値に比べて1〜2桁過大評価されていることが示唆されました。
本研究の成果は、令和2年2月26日付でWileyから刊行される質量分析分野の学術誌「Journal of Mass Spectrometry」のApplication Noteとして掲載されました。

1.研究成果のポイント

テルペン二量体を質量分析すると、大気汚染物質を生成する「共有結合性化合物」に加え、装置のアーティファクトとして生成する「水素結合性化合物」が検出される。
衝突誘起解離法を用いることで、装置のアーティファクトを取り除き、大気汚染物質を生成する共有結合性のテルペン二量体を正しく定量できる。

[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1706/38431/600_339_202004091129505e8e889e609ee.jpg

[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1706/38431/600_346_202004091134145e8e89a644423.jpg

2.研究の背景
質量分析技術は近年急速に発展し、大気汚染に関わる個々の化学種を高感度かつ高時間分解能で測定できるようになっています。その顕著なものがオンライン化学イオン化質量分析法(on-line Chemical Ionization Mass Spectrometry; on-line CI-MS)で、特異的なイオン化反応を用いることにより、大気に含まれる多種多様の化学種を個別にリアルタイムに測定することが可能です。この特徴により、本手法は、大気中揮発性有機化合物(Volatile Organic Compound; VOC)の光化学酸化過程で生成する大気汚染物質の一つ、二次有機エアロゾル(Secondary Organic Aerosol; SOA)の生成機構の解明にも貢献しています。
植物から放出されるVOCのモノテルペン*1とオゾン等の反応からは、多くのSOAが生成することが知られていますが、その生成源として、幾つかの酸素原子が付加したモノテルペン(テルペン酸化体)が二つ、共有結合することで形成される「テルペン二量体」が注目されています(図1a)。on-line CI-MSでも、二量体の質量数領域にイオンピークが検出されるため、それらのピーク強度を用いてテルペン二量体の生成速度やSOA生成機構が議論されています。
一方、on-line CI-MSのように大気圧下の大気試料を質量分析計の高真空領域に導入する際、テルペン酸化体同士が水素結合で結びついた二量体(装置由来のアーティファクト)が生成することが知られています(図1b)。これはSOAの生成に全く関与しませんが、共有結合性の二量体と同じ質量を持つため、共有結合性化合物のピークに被って検出されてしまいます。しかし、on-line CI-MSを用いた過去の研究では、二量体の質量数として検出されたピーク強度のうち、何%がSOA生成に寄与する共有結合性の二量体であるのかといった検証はされてきませんでした。

3.本研究の方法と結果
本研究では上記を検証するために、Q Exactive Focus四重極−オービトラップ型質量分析計(Thermo Fisher Scientific社)によるon-line CI-MSによって、モノテルペンの一種であるα-ピネンとオゾンの反応によって生成するテルペン二量体を質量分析し、さらに衝突誘起解離法(Collision-Induced Dissociation; CID)*2を用いて二量体の分解反応を調べました。分解の度合いやフラグメントイオンの種類と強度を精査することで、共有結合系と水素結合系が定量的に判別され、今回の実験系では、SOA生成に関与する共有結合性のピーク強度は僅か1〜9%で、残りの大部分(91〜99%)は水素結合性のアーティファクトに由来することが分かりました。
従来のon-line CI-MSでは、大気圧下または真空領域での生成物がそのまま検出されますが(図2a)、今回CIDを導入することにより、結合が弱い水素結合性アーティファクトを選択的にテルペン酸化体に分解させることができるため(図2b)、共有結合性の二量体を正確に定量計測することが可能となりました。
on-line CI-MSを用いたテルペン二量体の生成速度に関する過去の報告では、二量体の質量領域に現れるピークは全て共有結合性化合物に由来するとされていました。しかし本研究の結果を踏まえると、共有結合性の二量体は10%程度以下しか含まれていなかった可能性があり、そうであれば、過去に報告されてきたテルペン二量体の生成速度値は1〜2桁過大評価されていることが示唆されます。ただし、アーティファクトの生成割合は使用する実験系(質量分析計の内部の構造など)に依存するため、先ずは装置の特徴を正確に把握することも重要です。

4.今後の展開
 近年、高性能な計測装置が市販化され、研究者は膨大なデータを簡単に取得することが可能になりました。しかし、そのデータの意味するところを間違って解釈すると、自然界で起こっている現象を誤って理解することになります。装置の特徴を精密かつ正確に捉え、得られたデータを正しく解析する手法を構築しながら、自然現象の解明に貢献していきたいと思います。

5.用語説明
*1 モノテルペン:植物から放出されるVOCの一種でC10H16の元素組成を持つ炭化水素。異性体が多く存在し、主要なものにα-ピネン、β-ピネン、リモネン、カンフェンなどがある。
*2 衝突誘起解離法:質量分析計に導入された或るイオンを選択し、不活性ガスと衝突させ、分解させる手法。選択したイオンの構造解析等に有用である。

6.研究助成
本研究は、国立環境研究所環境計測研究分野の研究の一環として実施されました。また科研費基盤Cの支援を受けて実施されました。

7.発表論文
【タイトル】Accurate identification of dimers from α‐pinene oxidation using high‐resolution collision‐induced dissociation mass spectrometry
【著者】Kanako Sekimoto, Daisuke Fukuyama, Satoshi Inomata
【雑誌】Journal of Mass Spectrometry
【DOI】10.1002/jms.4508
【URL】https://doi.org/10.1002/jms.4508




本件に関するお問合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 環境計測研究センター
反応化学計測研究室 室長 猪俣 敏
ino@nies.go.jp
029-850-2403

公立大学法人横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科
物質システム科学専攻 准教授 関本 奏子
sekimoto@yokohama-cu.ac.jp
045-787-2216

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0@nies.go.jp
029-850-2308

公立大学法人横浜市立大学 研究・産学連携推進課
kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp
045-787-2527

プレスリリース情報提供元:Digital PR Platform

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