結核:半世紀ぶりの新薬の登場から3年たつも、普及は必要な人の2%にとどまる
配信日時: 2015-12-07 18:32:50
薬剤耐性結核(DR-TB)に苦しむ人にとって希望の光となった2種類の結核薬が登場して3年。現実にはこれらの薬は必要な人びとの多くには届いておらず、この薬を用いた治療に適した人の中で実際に受けられているのはわずか2%にとどまっている。この2つの薬とは、米ヤンセンファーマ/ジョンソン・エンド・ジョンソン社が製造する「ベダキリン」と、日本の大塚製薬が製造する「デラマニド」で、いずれも約半世紀ぶりに開発された待望の新薬だ。国境なき医師団(MSF)は2社に対し、まん延国における薬の登録と提供をすすめ、低所得国と中所得国に対する価格引下げなどを通じて、この薬の普及を早めるよう呼びかけている。
[画像: http://prtimes.jp/i/4782/301/resize/d4782-301-143432-1.jpg ]
「最も切実に必要としている人が手に入らない」
結核は治癒できる病気だが、毎年150万人が命を奪われており、また毎年50万人近くが新たに薬剤耐性を発症している。世界保健機関(WHO)によると、多剤耐性結核(MDR-TB)感染者のうち2014年に治療を開始した人はわずか4分の1で、治療完了にこぎつけるのはそのうちさらに2分の1だ。さらに薬剤耐性が進行した超多剤耐性結核(XDR-TB)だと、治療成功率は4人に1人しかない。
治療選択肢が尽きた人に希望の光が見えたというのに、ごくわずかな人しか薬は手に入らないこの現状に対し、MSF必須医薬品キャンペーン結核アドバイザーのグラニア・ブリグデン医師は、「怒りを通り越してあきれてしまいます」と話す。「新しい薬で命が助かるかもしれないのに最も切実に必要としている人が手に入らないのだとしたら、何になるのでしょう」
MSFの活動地などから得られたデータはベダキリン使用群における治療の効果を表している。6ヵ月間投与を受けたXDR-TB患者において、喀痰中結核菌陰性化率は84%(アルメニア)、97%(フランス)、75%(ロシア連邦・チェチェン自治共和国)、77%(南アフリカ)であった。
普及を妨げる壁
だが、ベダキリンもデラマニドも大変手に入りにくい。2015年11月時点でベダキリンを手に入れた人は3000人に満たず、デラマニドはわずか100人ほどで、それもコンパッショネート・ユース(※)プログラムを通じて得た人たちだ。世界で推定4万8000人がXDR-TBに感染し、この新薬に対しWHOが定めた投与基準を満たす人(XDR-TB予備軍とMDR-TB感染者)は少なくともその倍いることを踏まえると、全く足りていない。
※人道的配慮から、生死に関わる病気の患者に対し、販売承認に先立って未認可薬の使用を認める制度
これらの薬の普及を大きく妨げる壁として、どれも限られた数の国でしか登録されていない事が挙げられる。ベダキリンは世界に27ヵ国あるMDR-TB高まん延国のうちわずか7ヵ国でしか登録されておらず、デラマニドが登録されている国は4ヵ国のみ(日本、ドイツ、英国、韓国)で、MDR-TB高まん延国は1つもない。デラマニドの臨床試験が行われた国で登録にいたった国はまだ1つもない。
ヤンセンファーマ、大塚製薬の両社は一定範囲でこの薬を寄贈するプログラムを実施してはいるが、治療件数に上限を設ける内容でニーズをはるかに下回っており、高まん延国の一部は対象から完全に閉め出されている。例えば、南アフリカはベダキリン寄贈の対象外であるほか、中央アジア諸国に対しては受益国数が決められている。展開の遅さも問題だ、最初にベダキリン寄贈を受けたジョージア(旧グルジア)では最初に寄贈プログラムが発表されてから実際に届くまで10ヵ月かかった。大塚製薬は自社独自の寄贈プログラムを2015年4月に発表し、2020年までにデラマニドをMDR-TBと診断された人の20%に提供するとしているが、それ以降進展はない。これらの寄贈プログラムは患者が現在抱えるニーズを満たしていないばかりか、低価格設定という全途上国に共通したニーズを隠す事態につながっていて、政府や治療関係者は適量調達によって患者のニーズを持続的かつ長期的な形で満たせないでいる。
500米ドル以下に設定できる余地はある
もう1つの大きな壁は現行の寄贈プログラムの対象を外れた国々で課される高価格だ。新薬は患者一人ひとりのレジメン(治療計画)に追加されるのだが、大元のレジメン自体に1800米ドル(約22万円)から5000米ドル(約60万円)ほど費用がかかる。ベダキリンは段階的価格設定がされた薬であり、6ヵ月間の治療に900米ドル(約11万円)から3万米ドル(約370万円)かかる。また、同じ6ヵ月間分のデラマニドは日本において現在3万3600米ドル(約414万円)で販売される。リヴァプール大学の研究グループは最近、ベダキリンやデラマニドが入ったレジメンは将来的には1投薬期間あたり500米ドル(約6万円)未満に価格を設定する余地があると発表した。
ブリグデン医師は、「2つの新薬が登場し、MDR-TBに対する潜在的な効果について事例が集まりつつある中、臨床医がこうした薬全てを利用でき、個別のレジメンにもとづいて患者に生きるための機会を整えられる状況が必要です。MSFはヤンセンファーマと大塚製薬に対し、早急にこの新薬を全ての結核まん延国に普及させるとともに低価格で提供していくよう求めます。どのようなレジメンも1人あたり500米ドルを越えるのは望ましくなく、これらの薬を入れたものも例外ではありません」と話す。
2つの新薬はそれぞれ第II相b試験臨床データに基づいて条件付で承認されたが、第III相試験の完了とそのデータ公表は決定的に重要だ。デラマニドの第III相臨床試験は参加者登録を2013年11月に締め切り、結果は2017年に出る予定だ。ベダキリンの第III相臨床試験は既存のSTREAM試験を拡張したもので、短期レジメンの有効性を調べる内容だが、開始はこれからだ。
コンパッショネート・ユースは致命的な病気に冒され、治療選択肢が尽きた患者に対し、臨床・規制当局による承認が完結するより早く薬を提供する仕組みだ。コンパッショネート・ユース・プログラムは現在必要な法的枠組みがない国に住む人びとにだけ実施されている。だが、突き詰めて言えばコンパッショネート・ユース・プログラムは製薬会社の自由裁量に委ねられている。ヤンセンファーマ社は2011年からベダキリンのコンパッショネート・ユース・プログラムを実施していたが、現在これは段階的に廃止されつつある。大塚製薬はデラマニドのコンパッショネート・ユース・プログラムを2014年から実施している。
国境なき医師団(MSF)は世界各国で30年以上結核治療を提供してきた。国家保健医療当局とも緊密に連携して紛争地、都市部のスラム、刑務所、難民キャンプや農村地帯など様々な状況で患者を治療してきた。DR-TB治療分野における最初のプログラムは1999年に開始。現在MSFはDR-TB治療を行う民間団体として世界最大の治療機関の1つだ。2014年にはMSFは結核治療を十数ヵ国で2万1500人の患者に行い、このうち1800人はDR-TB治療を受けていた。
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