BPO放送倫理検証委員会、“全聾の天才作曲家”5局7番組に関する見解を公表。「放送倫理違反とまでは言えない。自己検証結果の公表を要望する。」

プレスリリース発表元企業:放送倫理・番組向上機構

配信日時: 2015-03-06 16:10:06

BPO放送倫理検証委員会、“全聾の天才作曲家”5局7番組に関する見解を公表。
「放送倫理違反とまでは言えない。自己検証結果の公表を要望する。」
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 放送倫理・番組向上機構[BPO] の放送倫理検証委員会(川端和治委員長)は、1年余りにわたって討議・審理してきた“全聾の天才作曲家”佐村河内守氏の5局7番組に関する見解(委員会決定第22号)をまとめ、2015年3月6日、記者会見して公表しました。委員会は、佐村河内氏の作曲活動と聴覚障害に関する各局の裏付け取材は不十分なところもあったが、放送時点において、その放送内容が真実であると信じるに足る相応の理由や根拠が存在していたとして、各対象番組に放送倫理違反があるとまでは言えないと判断しました。しかし、問題発覚後の対応については、なぜ虚偽の事実を真実であると信じてしまったのか、番組の取材・制作手法に問題はなかったのかの自己検証が、TBSテレビ・テレビ新広島・テレビ朝日・日本テレビの4局にはいまだ不足していると判断せざるを得ないとしたうえで、自己検証を続け、その結果の公表を検討するよう要望しています。また、NHKには、問題の核心にかかわるドキュメンタリーを制作し放送した局としては不十分なところが散見されるとしたうえで、番組が社会に与えた影響の大きさと視聴者に対する説明責任を全うするという観点から、再度の自己検証をし、その結果を視聴者に公表することを望みたいとしています。

■ 概要
 全聾でありながら「交響曲第1番HIROSHIMA」などを作曲したとして、多くのドキュメンタリー番組等で紹介されていた佐村河内守氏が、実は別人に作曲を依頼していたことが2014年2月発覚した。委員会は、虚偽の疑いのある番組が放送されたことにより視聴者に著しい誤解を与えたのは明らかであるとして、5局の7番組を対象に審理してきた。

 審理の対象となった7番組は、以下のとおりである。(放送順)
〇TBSテレビ『NEWS23』「音をなくした作曲家 その"闇"と"旋律"」(2008年9月15日)
〇テレビ新広島『いま、ヒロシマが聴こえる・・・~全聾作曲家・佐村河内守が紡ぐ闇からの音~』(2009年8月6日)
〇テレビ朝日『ワイド!スクランブル』「人間一滴 被爆2世の天才作曲家 魂の交響曲」(2010年8月11日)
〇NHK総合『情報LIVE ただイマ!』「奇跡の作曲家」 (2012年11月9日)
〇NHK総合『NHKスペシャル 魂の旋律 音を失った作曲家』(2013年3月31日)
〇TBSテレビ『金曜日のスマたちへ』「音を失った作曲家 佐村河内守の音楽人生とは」(2013年4月26日)
〇日本テレビ『news every.』「被災地への鎮魂 作曲家・佐村河内守」(2013年6月13日)

■ 委員会の検証と判断・その1―裏付け取材は十分だったか
(1)「作曲」活動に関する裏付け取材
 対象番組の取材・制作時点で、佐村河内氏の作曲と紹介した曲を新垣氏が作っていたことを知っていた制作者はひとりもいなかった。また、TIME誌の記事を読めば、「鬼武者」の制作発表会以後に、佐村河内氏が全聾ではない時期があったことが分かったはずであるが、それを意識して取材し真相を突き止めた制作者もいなかった。
 しかし、2010年以降は、相次ぐメディア報道もあって、佐村河内氏には交響曲の作曲家として一定の社会的評価が与えられていた。時期的にはその10年ほど前になるが、TIME誌という有力誌の記事が存在していたことも、制作者たちが佐村河内氏を定評のある作曲家と思い込んだ一因となっていよう。そうした一定の社会的評価があると思われる人物について、疑問を抱かせる具体的な事実も浮上していないのに、実際に作曲活動をしているのかという疑問を持って取材するべきだというのは、取材の実情と合致しないであろう。
(2)聴覚障害に関する裏付け取材
 佐村河内氏の聴覚障害、すなわち全聾であるかどうかについては、6番組が客観的な資料である診断書や身体障害者手帳で確認をしている。2002年の診断書に、純音聴力検査を行ったことが記されている以上、医師が適正な検査を行い専門的な見地から聴覚障害という診断をしたと受け止めるのが通常だろう。
 また、手話通訳を介して会話していれば、佐村河内氏の反応に明らかにおかしなところがない限り、同氏が全聾であると受け止めるのもやむを得ないだろう。
 佐村河内氏は、指先の振動で音色が分かるという通常あり得ない超人的な能力を誇示していたのだから、音が聞こえる仕組みを専門医あるいは医学書で確認することも考えられただろう。そこから佐村河内氏の説明の信用性について疑問を持つことも可能だったかもしれない。しかし一定の社会的評価があると思われる人物を取り上げ紹介する番組で、この話を、才能の証しであるとか、超人的な指の感覚を持っているのだと思ってしまったというのも、当時の判断としてはやむを得なかったと思われる。
(3)結論―放送倫理違反があるとまでは言えない
 上記のように、裏付け取材は不十分なところもあったが、委員会は、放送時点において、その放送内容が真実であると信じるに足る相応の理由や根拠が存在していたと判断し、各対象番組に放送倫理違反があるとまでは言えないと考える。

■ 委員会の検証と判断・その2―問題発覚後の対応は十分だったか
(1)民放4局への要望
 なぜ虚偽の事実を真実であると信じてしまったのか、番組の取材・制作手法に問題はなかったかについて自己検証するという観点からすると、4局にはいまだ自己検証が不足していると判断せざるを得ない。これでは、同じような状況で、同じ過ちが繰り返されるのではないかと、委員会は危惧する。4局には、自己検証を続け、今回の問題が起きた要因を明確にする努力を続けてほしい。
 また、4局は自己検証の結果を公表していない。視聴者は、お詫び放送や、佐村河内氏と新垣氏の記者会見の放送などにより、虚偽の事実を伝えたことは理解しただろうが、なぜ誤った放送をしたのかについては説明を受けていない。これでは、視聴者に対する説明責任を果たしたとは到底言えないであろう。誤ったときに、誤りを訂正してお詫びするだけではなく、誤りの原因を説明してこそ、放送局への信頼が高まるはずである。4局には、自己検証の結果の公表を、ぜひ検討してもらいたい。
(2)NHKへの要望
 NHKの自己検証は、調査報告書を作成してホームページに掲載し、さらに検証番組も制作するなど、他の4局より丁寧に行われているものの、作曲過程を密着取材するという、問題の核心にかかわるドキュメンタリーを制作し放送した局としては不十分なところが散見される。番組が社会に与えた影響の大きさと視聴者に対する説明責任を全うするという観点から、委員会は、NHKが再度の自己検証をし、その結果を視聴者に公表することを望みたい。
 委員会が、番組協力者への対応が十分だったかを最も議論したのは、NHKについてである。『NHKスペシャル』は、佐村河内氏の人と音楽を紹介するだけではなく、東日本大震災の被災地の復興とも関係した内容で、津波によって母親を亡くし、今も悲しみのなかにある被災者の少女が紹介された。この少女は、佐村河内氏が作曲をするうえできわめて重要な存在となっており、別格の役割を与えられている点で、他の対象番組の出演者以上に、傷つけた心を慰藉する対応がなされてしかるべきであろう。少女一家の納得が得られてこそ、NHKの対応を十分であると評価できよう。委員会は、NHKが今後も引き続き対応し、少女一家の納得を得ることを望みたい。

■ おわりに
(1)感動的な物語を安易に求めていないか
 審理対象番組の大半が、再現ドラマや本人のインタビューで、佐村河内氏の半生を紹介している。全聾で被爆2世でもある作曲家が、重度の耳鳴りに苦しむ“闇”から、人々に闇の中にさす希望の“光”を感じさせる交響曲を紡ぎ出したという、苦難を乗り越え希望へと向かう物語は感動的で、視聴者にも受け入れられやすい。
 しかし、本当に感動を呼ぶ物語は、そこかしこに、転がっているはずがない。リサーチや裏付け取材の労を惜しんで、感動的な物語ばかりを安易に求めるとすれば、それは、視聴者に対してあまりにも無責任な態度と言えよう。
 取材者、デスク、プロデューサーの誰かが、佐村河内氏と距離を置いて、冷静な目でその言動を観察し、撮れた映像を疑いの目も持ってチェックしていれば、佐村河内氏の物語が事実ではないことに気がついたかもしれない。番組に協力した人々を傷つけることも、視聴者に誤解を生じさせることもなかったはずである。そして、佐村河内氏がここまで肥大化した加害者になることも、避けられたのではないだろうか。取材相手を疑わないという制作者の態度が、結果的には、その取材相手を窮地に陥れかねないことも心に留めておいてほしい。
(2)「再現」という手法を安易に使っていないか
 ドキュメンタリーには撮れないものがある。過去や未来を撮ることはできないし、人間の心の中を映し出すこともできない。その一方で、過去や未来を縦横無尽に行き来し、人間の心理にまで自由に入り込んで描写できるのが、ドラマ、いわゆるフィクションである。
 しかし、いくら綿密な調査に基づいたとしても、ドキュメンタリーや報道番組で、実際には立ち会っていない過去の場面を、「再現ドラマ」や「再現映像」で描写することは、制作者にとって危険な賭けとなろう。再現という手法を使うことにした途端に、取材を積み重ねようとする執拗な努力と根気が削がれてしまい、制作者が自ら取材のハードルを下げることがしばしばあるからだ。「まぁ、そこは再現でいいや」と、妥協してしまうのである。
「再現ドラマ」や「再現映像」という手法が、満足できない「取材の補完物」として機能してしまいがちなことを、制作者はいま一度考えてもらいたい。
 これらの番組で、制作者が表現したかったのは、佐村河内氏の半生と音楽活動だけだったのだろうか。
対象番組の中に繰り返し登場したのは、広島の平和記念公園、公園内の親水テラス、原爆ドームであり、東日本大震災の被災地であった。70年前の夏に落とされた原爆によって多くの人々が無慈悲に命を絶たれた場所で、4年前に突然の地震と津波で多くの人々が命を失った場所で、佐村河内氏の音楽活動を通して制作者たちが表現したかったもの。それは、私たちふつうの市民なら誰もが抱いている、平和へのあくなき希求と人間の生命の大切さ、尊厳ではないだろうか。そんな制作者たちの思いに、偽りはなかったと思う。
 表現することが不自由になりつつあるこの困難な時代に、制作者たちの思いが尊重され、私たちに必要な情報が誤りなく正確に伝えられるためには何をすればいいのか、放送に携わる一人ひとりが考え、実践してもらいたい。委員会もまた、それを見守り、発足時の原点を忘れずに活動していこうとの思いを新たにしている。

■委員会決定の全文はこちら http://www.bpo.gr.jp/?p=8014&meta_key=2014

<参考資料>
「放送倫理検証委員会」運営規則 http://www.bpo.gr.jp/?page_id=903

■ 放送倫理・番組向上機構 概要

名称 :放送倫理・番組向上機構[BPO]
    放送事業の公共性と社会的影響の重大性を踏まえて、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与することを
    目的とした非営利・非政府の団体。言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するた
    め、放送への苦情や放送倫理上の問題に対応する独立した第三者機関で、民放連およびNHKによって
    設置され、以下の三委員会から構成される。
委員会:放送倫理検証委員会
    放送と人権等権利に関する委員会(放送人権委員会)
    放送と青少年に関する委員会(青少年委員会)
住所 :東京都千代田区紀尾井町1-1 千代田放送会館
理事長:飽戸 弘
URL :http://www.bpo.gr.jp/

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