東京医科大学免疫学分野の横須賀忠主任教授ら研究チーム「がん特異的T細胞を抑制するPD-L2の可視化に成功~免疫チェックポイント療法の適応基準や効果判定に期待~」

プレスリリース発表元企業:東京医科大学

配信日時: 2021-05-14 20:05:04









東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)免疫学分野 横須賀忠主任教授、大学院生竹原朋宏(慶應義塾大学呼吸器内科)、東京医科歯科大学分子免疫学分野 東みゆき教授を中心とする研究チームは、免疫チェックポイント分子PD-1とそのリガンドPD-L2が結合し、がん特異的T細胞を抑制する分子の集合体(マイクロクラスター)を作る現象を、世界で初めて可視化することに成功しました。




 この研究は日本学術振興会科学研究費補助金並びに文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の支援のもとで行われたもので、その研究成果は国際科学誌 Communications Biology(オンライン版)に5月14日付けで掲載されました。この成果によって、免疫チェックポイント阻害療法の効果予測や適応範囲の判定がより科学的に検証できることが期待されます。

【本研究のポイント】
● 免疫チェックポイント分子PD-1がPD-L2と結合することで、T細胞機能を抑制する分子の集合体(マイクロクラスター)を形成する現象を捉えました。
● PD-1とPD-L2との結合を1分子レベルで可視化できるシステムを世界で初めて構築しました。
● PD-L2はPD-1結合においてPD-L1と拮抗し、PD-L1を抑制分子のマイクロクラスターから排除することが明らかになりました。
● PD-L2の詳細な研究が可能となったことで、より実臨床に沿った免疫チェックポイント阻害療法の効果予測や適切な適応範囲の判定が期待されます。

【研究の背景】
 私達の体内では1日に3000個の癌細胞が生まれていますが発がんには至りません。「免疫監視」と呼ばれるチェック機構が働き、免疫細胞が小さながんの芽を摘んでいるからと考えられています。リンパ節でがん抗原を検知し、活性化した免疫細胞が体内を循環し、遭遇したがんの芽を殺傷するこの循環は、「がん免疫サイクル」と呼ばれていますが(図1)、がんは「がん微小環境」と呼ばれる、がんにとって住みやすい環境を自らの周囲に作り上げていくことで、このがん免疫サイクルを破綻へと変えて行きます。

 米国科学誌Scienceに2013年のBreakthrough of the yearとして注目された免疫チェックポイント阻害療法は、疲弊状態に陥っていた免疫細胞を回復させることで、実臨床でこれまで治療の選択がなかった末期癌患者に対する高い奏功率を示しました。2018年にはノーベル医学・生理学賞の受賞対象となり、現在では4番目のがん標準療法として確固たる地位を獲得しています。免疫チェックポイント分子の中でも、抑制性副刺激受容体PD-1は腫瘍に浸潤したT細胞に高発現し、がんを殺せなくなったT細胞「疲弊T細胞」の形成に鍵となる分子です。免疫チェックポイント阻害療法とは、PD-1やそのリガンドPD-L1に対する中和抗体を投与し、PD-1からの抑制シグナル(T細胞へのブレーキ)を解除し、T細胞を疲弊状態から回復させることで、再度抗腫瘍効果を発揮できるようにがん免疫機構のスイッチをオンにすることを目指した治療です。
 これまでPD-1のリガンドとしてPD-L1が注目され、もう一つのリガンドPD-L2の研究は手薄になっていました。これはPD-L1の方が一般的に体中の細胞に発現し、PD-L1のがん細胞での発現頻度と免疫チェックポイント阻害療法の薬効が正に相関することが複数の臨床試験で示されたからです。しかし近年、PD-L2を優位に発現している癌腫(腎細胞がんなど)の存在が次々と明らかにされており、PD-L2によるPD-1を介したT細胞および免疫抑制の研究が期待されていました。
 本研究室ではこれまでに、抗原提示細胞やがん細胞の細胞膜を模倣した人工平面脂質膜と超解像顕微鏡と融合することで、1分子レベルでの解析も可能な独創的かつ先端的なイメージングシステムを構築しています(図2)。
 このシステムを用いて、PD-1とPD-L1が結合してできる分子の集合体(抑制性マイクロクラスター)が脱リン酸化酵素SHP2を呼び寄せること、TCRが活性化分子を集めて作る活性化マイクロクラスターからリン酸基を取り除き、その結果、T細胞が疲弊状態に陥ることを1分子レベルで解析、高い評価を得てきました。本研究では次の未解決問題であるPD-L2に関するマイクロクラスターの研究を通して、より効率的な免疫チェックポイント阻害療法の効果予測や新たな判定基準の提案を目指しました。


【本研究で得られた結果・知見】
 今回、新にPD-L2を組み入れた抗原提示人工平面脂質二重膜を作成し、PD-1がPD-L2が結合する際に起こる反応を、1分子レベルでイメージング解析しました。その結果、PD-L1との結合と同様に、PD-1はPD-L2と結合することで、数十個のPD-1分子がT細胞上にあつまり、T細胞受容体(TCR)を巻き込んでクラスターを作ることが分かりました(図3、赤は数十個のTCRの塊、緑は数十個のPD-1の塊を示します。TCRとPD-1が重なると黄色になることが分かります。DICとは通常の顕微鏡の画像で、透過光で撮影したものです)。このPD-1のクラスターはT細胞抑制の基となる脱リン酸化酵素SHP2を呼び寄せ、同じ様にクラスターを形成していることも明らかとなりました。このPD-1のクラスター形成に伴い、TCRマイクロクラスター(図3赤)からリン酸基が取り除かれていたことから、PD-1とPD-L2は「抑制性マイクロクラスター」として機能することが分かります。
 臨床で行われている免疫チェックポイント阻害療法をin vitroで再現するため、図3で観察された抑制性PD-1マイクロクラスターに各モノクローナル抗体を加え、イメージングを行いました。その結果、これまで効能の直接比較がなされていない種々の抗PD-1抗体を、イメージングによるPD-1マイクロクラスターの崩壊の状態(抗体がよく効くとPD-1マイクロクラスターができなくなります)と、in vitroでのサイトカイン産生とで再評価することによって、新に顕著なクローンによる中和能の違いが分かりました(図4)。
 PD-L1とPD-L2が共に存在するような実際の腫瘍環境を再現し、両方のリガンドのPD-1への分子間競合を世界で初めてライブイメージング解析しました。PD-1への結合力が強いPD-L2は、PD-L1とPD-1の結合を阻害して優先的にPD-1に結合したことから、PD-L2はPD-1シグナルに専属的に寄与し、より効果的にT細胞を疲弊させる可能性を明らかとしました。


【今後の研究展開および波及効果】
 臨床の現場において腫瘍組織のPD-L2の発現の有無、およびT細胞のPD-1と腫瘍細胞のPD-L1/L2の発現バランスを評価することは、免疫チェックポイント阻害剤を使用する際のバイオマーカーとして有用であると期待されます(図6)。また本イメージングシステムを用いて抑制性PD-1マイクロクラスターの挙動を観察することは、がん微小環境におけるT細胞疲弊を可視化することであり、新規開発抗体薬が適切にがん免疫サイクルを回すことができるかのドラッグスクリーニングにおける強力なツールであると考えます。今後抗PD-L2抗体やPD-L2小分子化合物の創薬、およびそれらPD-L2阻害剤の使用が優先して推奨される臨床背景の探索が期待されます。


【掲載誌名・DOI】
Communications Biology
DOI:10.1038/s42003-021-02111-3

【論文タイトル】
PD-L2 suppresses T cell signaling via coinhibitory microcluster formation and SHP2 phosphatase recruitment.

【著者】
Tomohiro Takehara, Ei Wakamatsu, Hiroaki Machiyama, Wataru Nishi, Katsura Emoto, Miyuki Azuma, Kenzo Soejima, Koichi Fukunaga, Tadashi Yokosuka

【共同研究機関】
本研究は、慶應義塾大学呼吸器内科、同臨床研究推進センターTR部門、同病理診断部、東京医科歯科大学分子免疫学分野との共同研究です。

【主な競争的研究資金】
本研究は、文部科学省特別研究員奨励費(JP20J10564)、文部科学省基盤研究(JP17H03600, JP19K22545, JP20H03536)、新学術領域「ネオ・セルフ」(JP16H06501)、「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」(S1511011)、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団の支援を受けています。

▼本件に関する問い合わせ先
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