(世界初)U2AF1のイントロン認識機構を解明 病気発症の原因となるU2AF1変異によるスプライシング異常の機構も解明

プレスリリース発表元企業:横浜市立大学

配信日時: 2020-09-23 10:00:00







 島根大学医学部・尾林准教授、浦野教授、横浜市立大学・吉田特任助教、朴教授、武蔵野大学・武藤教授、桑迫講師の共同研究グループは、RNAからタンパク質非コード領域を取り除く反応「RNAスプライシング(*1、図1A)」において、スプライシング部位の認識に重要な役割を果たしているタンパク質U2AF1(*2)が、どのように部位特異的な認識をしているのか、その認識機構を解明することに成功しました。
 さらに、近年報告が多い、がんや血液学的悪性疾患(*3)の患者に見られるU2AF1のアミノ酸変異について、そのRNAスプライシング異常を引き起こす仕組みを明らかにしました。
 この結果は、スプライシング異常により引き起こされる様々な病気の診断・治療法開発に向けた画期的な成果です。
 なお、この成果は、『Nature Communications』に掲載されました(9月21日日本時間18時オンライン)。

研究成果のポイント

U2AF1による、塩基配列特異的なスプライシング部位認識機構を、立体構造解析により原子レベルで解明
がんや血液学的悪性疾患の患者に見られるU2AF1におけるアミノ酸変異が、スプライシング異常を引き起こす機構を解明。スプライシング異常が原因となる疾患の治療・診断方法の開発に期待



研究の背景
 私たち人間を形作るために必要な遺伝情報は、DNAとして細胞内に保存されています。このうち必要な部分だけが、必要なときに、RNAとして写しとられます。しかし、この「必要な部分」にも所々にタンパク質情報をコードしない部位(イントロン)があるため、それらを「スプライシング」と呼ばれる反応により取り除いたRNAをもとにタンパク質が作られます。このスプライシングの機能不全は、遺伝情報を細胞にとって有害なものに変化させてしまう危険性を持ち合わせています。
 実際に近年、がんや血液学的悪性疾患の多くの患者が、イントロン認識に関わるタンパク質にアミノ酸変異を持っていることが報告されています。そのため、患者の持つアミノ酸変異がどのようにスプライシング異常を引き起こし病気につながるのか、その関連性が注目されてきました。
 U2AF1は、イントロンとタンパク質をコードしている部位(エキソン)の境界(3´スプライス部位)を特異的に認識するタンパク質です。がんや血液学的悪性疾患の患者の中にもこのU2AF1にS34F/Yという特異的なアミノ酸変異を持つひとが多くいることから、U2AF1による3´スプライス部位の正確な認識がヒトの正常な生命活動に重要なことが知られていますが、認識がどのようになされているのかは不明でした。本研究はその機構を分子の構造から解明する試みです。

研究の内容
 本研究グループは、U2AF1による3´スプライス部位認識機構を明らかにすることを目的に、U2AF1タンパク質とRNA複合体の結晶構造解析(*4)を行い、その立体構造を原子レベルで明らかにしました(図1B)。
 その結果、U2AF1の持つ二つの亜鉛結合モチーフ(*5)が、3´スプライス部位の持つ塩基配列(AG)を配列特異的に認識する、その分子機構を明らかにしました(図2)。AGのA塩基は、Phe20とのスタッキング相互作用により強く結合し、亜鉛に配位しているCys27との水素結合により塩基特異的に認識されていました。AGのG塩基は、Phe165とのスタッキング相互作用により強く結合し、こちらも亜鉛に配位しているCys149やCys163との水素結合により塩基特異的に認識されていることがわかりました。
 また本研究グループは、患者の持つアミノ酸変異S34YがどのようにU2AF1による塩基認識を狂わせるのかを知るために、変異体S34Yの構造解析にも成功し、アミノ酸変異体による異常な3´スプライス部位認識機構を解明しました(図3)。
 S34Y変異体は、これまでほとんど注目されていなかった3´スプライス部位の一つ前の塩基とTyr34(Y34)との間でスタッキング相互作用により強く結合するため、変異のない野生型U2AF1が認識しなかったAGの前の塩基も誤って強く認識してしまうことがわかりました。そのため、本来3´スプライス部位として認識されないはずの部位をS34Y変異体が認識してしまい、スプライシング異常を引き起こしていることが明らかになりました。

今後の展開
 本研究成果は、生命活動の基盤となる反応機構を理解する上で非常に重要なものです。
 また、がんや血液学的悪性疾患患者に多く見られるU2AF1のアミノ酸変異がどのようにスプライシング異常を引き起こすのか、その分子機構が明らかになり、病気の早期診断や新たな治療法開発に向けた研究への道がひらけました。

用語説明
*1 RNAスプライシング:
高等生物のDNAには、タンパク質として翻訳される領域(エキソン)と翻訳されない領域(イントロン)が存在しており、イントロンはRNAに転写された後に取り除かれる。このイントロンを取り除きおよびエキソンをつなぎ合わせる反応をスプライシングという。

*2 U2AF1:
スプライシング反応の開始段階において、3´スプライス部位を認識するタンパク質で、分裂酵母からヒトに至るまでの真核生物に存在している。

*3 血液学的悪性疾患:
血液を作る骨髄やリンパ節に何らかの異常をきたしてしまうことで引き起こされる病気の総称。白血病や悪性リンパ腫、骨髄異形成症候群などが挙げられる。

*4 X線結晶構造解析:
生体高分子の立体構造決定に用いられる手法。均一な試料を特定の溶液条件において結晶化させ、その結晶に対してX線を照射して得られる回折点から3次元立体構造を構築する。

*5 亜鉛結合モチーフ:
タンパク質中の構造モチーフの1つで、タンパク質ドメイン内でシステインとヒスジチン残基が亜鉛イオンに配位結合している。多くの亜鉛結合モチーフは、DNAやRNAなど核酸に対する結合能を有している。

掲載論文
タイトル:Elucidation of the aberrant 3´ splice site selection by cancer-associated mutations on the U2AF1
著者:Hisashi Yoshida, Sam-Yong Park, Gyosuke Sakashita, Yuko Nariai, Kanako Kuwasako, Yutaka Muto*, Takeshi Urano and Eiji Obayashi* (*Corresponding authors)
掲載誌:Nature Communications (2020), https://doi.org/10.1038/s41467-020-18559-6

※本研究は、文部科学省・科研費基盤研究C「スプライシングタンパク質U2AF1によるイントロン認識機構の解明」と、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」「武蔵野大学学院特別研究費」の支援を受けて遂行しました。

今回の共同研究チーム
本研究は以下の研究者との共同研究によります。
横浜市立大学大学院生命医科学研究科・吉田尚史特任助教、朴三用教授
島根大学医学部・尾林栄治准教授、浦野健教授、坂下暁介助教、成相裕子博士
武蔵野大学薬学部・武藤裕教授、桑迫香奈子講師


参考
[画像1]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/41453/700_352_202009181011205f64093857f49.jpg
図1  RNAスプライシングとU2AF1
A; RNAスプライシングと3´スプライス部位。遺伝子から転写されたRNAは、スプライシングによりイントロンが取り除かれ、エキソン同士がつなぎ合わされる。エキソンとイントロンの境界はそれぞれ5´、3´スプライス部位と呼ばれ、厳密な認識が要求される。U2AF1は3´スプライス部位に保存されたAG塩基配列を認識し結合するタンパク質である。
B; 本研究で明らかになったU2AF1と3´スプライス部位RNAとの結合型の立体構造。U2AF1は3´スプライス部位だけでなく、その隣の塩基の全部で4塩基を認識・結合していた。


[画像2]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/41453/700_396_202009181011555f64095b14df6.jpg
図2  U2AF1による塩基特異的な認識構造
U2AF1と3´スプライス部位のAGのA間(A)、AGのG間(B)の相互作用。黄色の線がRNAを示している。黒丸は亜鉛原子。


[画像3]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/41453/700_378_202009181012225f640976d3da9.jpg
図3  U2AF1変異体による塩基認識機構
A; U2AF1病気患者変異体S34Yによる変異体特異的な塩基認識機構。図2同様、黄色の線がRNAを示している。黒丸は亜鉛原子。
B; 等温滴定熱量計によるU2AF1とRNAの結合能測定。Kdの数値が小さいほど結合親和性が強い。



本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 広報室
E-Mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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