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極東産機 日本の畳文化に寄り添いながら、畳店の勝ち残りを支援して70年

2020-06-04 17:48:15


*17:48JST 極東産機---日本の畳文化に寄り添いながら、畳店の勝ち残りを支援して70年
「職人さんの手仕事の自動化・省力化により、豊かな生活空間・快適な職場空間を創造する」を経営理念に掲げている極東産機<6233>。1948年の創業以来、日本の畳文化に寄り添ってきた。同社の製品売上は、畳店や内装工事店など職人向けの各種省力機器・工具が全体の7割を占めている。
「畳の定義を変えていきたい。縁がなくとも、素材がイ草でなくてもいいんです。ゴロっと横になってほっとできる場所を提供して、畳の良さを感じてもらうことが畳業界の発展にとって大切だと思っています」と語るのは頃安雅樹(ころやす まさき)社長だ。

頃安社長は創業家の3代目に当たる。自身は灘高から東大工学部へと進み、卒業後は当時の科学技術庁に入庁、官僚としてのキャリアを順調に歩んでいた。転機は先代である父親が入院したとき病床で漏らした言葉だった。3か月ほど悩んだ後、家業を継ぐことを決意、昭和の終わりに同社に入社した。

近年、和室のある家屋は減り続け、「日本の心」ともいえる畳の生産量も減少している。全国の畳店では倒産は少なく、廃業となるケースが多い。後継者に悩んでいるのだ。「このまま息子に店を継がせても良いのだろうか」と悩む畳店主は多い。同社の畳製造ラインの価格はおおよそ畳店の平均年商に匹敵する。安くはない。導入のための相談は、家族会議を経て慎重に行われる。同社の営業担当は、機械導入の返済計画や、生産性向上による営業強化、売上増の計画と、「構造改革」のためのアドバイスを親身になって行ってきた。
「大学院を卒業し、大企業に勤めていたご子息が、家業のやりがいに気づき、地元に戻って畳店を継ぐようになった話や、生産性向上により新規営業に人を回すことで売上が倍になった話などを伺うと本当にうれしいですね」 国の将来を担う官僚から家業に転身した自身の姿とダブるところもあるのだろう。畳文化の継承、畳産業の発展、そのための畳店の勝ち残りについて支援を続ける。
「畳店はお客様の家に上がらせてもらうことができます。家屋の中には、傷んだもの、古くなったものを新しくキレイにしていく様々な仕事のチャンスがあるんです。その意味でも、畳替えから襖・障子・壁紙の貼り替え、カーテン取り替えなど、事業の多角化もアドバイスのひとつとして進めています」

昨年、コンシューマ向けとして同社の高床式ユニット畳が、日本一高いビル「あべのハルカス」の最上階の展望台に56台導入された。日本文化のこたつと畳の中で鍋を楽しむイベント用だ。また、柔道場向けの畳もコンシューマ向けの主力商品だ。全日本柔道連盟の公認畳として、国際柔道場、警察署、大学、高校に納入。もちろん母校の灘中学・高校も得意先だ。自身が8歳のときに最初の東京五輪を見ている。「世界から五輪を見に来られる方に、畳の良さを実感してほしい」といった思い入れがあっただけに、今回、新型肺炎の拡大による東京五輪・パラリンピックの延期は残念だったようだ。
「今回のコロナ危機を機に、変えるべきもの、変えないものを見極め、できることを準備し、次のチャンスを狙っていきます」と頃安社長は語っていた。《ST》

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