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努力の仕方を決めつけてはいけない

2019-09-12 17:45:51

 ウェブの記事で、ある女子プロゴルファー2人の対談記事があり、そこで目に留まった言葉がありました。「頑張ることはつらい道を選ぶことばかりではない」というものです。

 記事にあったのは、「昔から“辛いほうに行け”“厳しいほうに行け”と言われ、自分もそうすべきだと思っていたが、決していいことはない」「もちろん、ただ楽な方にいくのではなく、どっちが楽しめるかということを考えて道を選ぶ」「結局は自分が良いと思える方に行くのが良いかなと思う」ということでした。
 ケガでプレーできない時期があり、そういう考えに変えたらかえって気が楽になって、「もっと頑張ろう」と思えるようになったそうです。

 この言葉を見たときに思ったのは、「努力の仕方というのは人それぞれでいいはずなのに、どこかで決めつけられていないか」ということでした。

 努力にまつわる名言や格言といわれるものを調べていると、「努力を続ければ必ず報われる」というものがあると思えば、「報われない努力もある」であったり、「報われないかもしれないところで継続していることこそが才能」などというものもありました。

 「辛いことから逃げてはいけない」「目標達成するには全力で取り組むしかない」など、きついことでも立ち向かって、がむしゃらにやるしかないというものがある一方、「正しい努力をする」など、冷静に力の使い方を考えるべきという言葉もありました。
 「努力できることが才能」「努力した者が成功するとは限らないが、成功した者は必ず努力している」など、何かを得るには努力が不可欠というものもありました。

 こんなすべての言葉に納得する一方、全体的には、やはり「努力するのはつらいこと」のイメージが共通しているように感じます。ただ、つらくなければ努力に当たらないのかといえば、絶対にそんなことはありません。他人から見るとすごい努力をしているように見えても、本人はそのことが好きで楽しんでいることがあります。逆に自分にはつらくて相当努力しなければできそうもないことを、難なくこなしている人がいます。
 やはり努力というのは、その人その人によって感じ方が違う主観であり、取り組み方も千差万別です。普通の人にとっては何気ない行動でも、努力しなければそれができない人もいます。
 努力はつらいことばかりでなく、「楽しい努力」があっても良いですし、努力の仕方も自分なりに決めればよいことで、周りが決めつけることではありません。

 私はどんな人でも、何かしらの努力は必ずしていると思っています。どんな小さなことでも、本人が努力と思えば努力であり、それが努力にあたるかどうかを決めるのは、本人しかいません。
 努力の仕方にはいろいろな形があります。決めつけてはいけないと思います。

※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら

執筆:小笠原 隆夫(おがさわら・たかお) ユニティ・サポート代表

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