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「制約」「制限」「自粛」「連帯責任」の逆効果

2019-01-24 17:40:58

 ある高校の野球部員が、同じ学校のダンス同好会の有料イベントに参加したことを高野連が問題視し、野球部長の処分を検討しているとの報道を見ました。
 入場料500円のダンス発表会に、引退した3年生部員が甲子園での応援に対する感謝として参加し、ユニホーム姿で踊るなどしたとのことです。
 日本高野連は「イベント参加は問題ないが、有料であることが問題で商業的利用にあたる」といっているようですが、これに対してスポーツ庁の長官は「もう少し寛容になってもいいのでは」と述べています。
 私も会場使用料にあてるくらいとしか思われない程度の金額の入場料でおこなった、学生たちの純粋な気持ちに基づくイベント参加を、商業利用などとクレームをつけることにどんな意味があるのかと思います。

 そういえば昨夏の甲子園大会でも、某高校の「侍ポーズ」と呼ばれたいささやかなパフォーマンスが「試合に関係ない」として注意を受けていました。
 非紳士的であったり相手を挑発、侮辱したりするような行為は禁止されてしかるべきですが、この件については、基準があまりにも時代に即していないと感じました。

 あるプロ野球チームは、今年から所属選手のSNS使用を原則禁止する方針だと言います。過去の選手の不適切投稿が問題になったためですが、今の時代に野球という興行が収益の中心で、そんな人気商売に身を置く選手たちが、自らの情報発信を止められるというのは、どこにメリットがあるのだろうと思います。
 禁止や制限するのではなく、適切な使用方法を教育するのが本来ではないでしょうか。

 悪質タックル問題で公式戦への資格停止処分となっている日大アメフト部ですが、問題の元凶は監督やコーチなど指導者側にあり、しかも一部の人間の行為です。しかし、処分はチームに対してされており、最も大きな制裁を受けているのは選手たちという形になっています。
 チーム全体の問題で関係者全員に何らかの責任はあると考えれば、これもやむを得ないことだと思う反面、一番つらいのは監督やコーチよりも学生、選手たちであり、ここまでの「連帯責任」が必要なのかとも思ってしまいます。

 以前、ある自治体職員が飲酒運転で事故を起こし、その自治体では当面の間、飲酒を伴う会合の開催をすべて禁止しましたが、これが果たして良い方法だったのだろうかと思います。自粛し続けることはできませんし、いずれ解禁されたときに、かえって反動があったり、気が緩んでしまうようなことも考えられます。それぞれの家庭内では飲酒するかもしれませんし、飲酒運転撲滅につながるとは思えません。見せしめや世間体のための自粛といわれても仕方ないでしょう。

 ここまでの話で何が言いたいかというと、これは特に日本人の場合は習性に近いのかもしれませんが、何か問題が起こった時、問題行動があった時に、その対策が「制約」「制限」「自粛」「連帯責任」など、一律にひとまとめで締め付けるパターンがあまりに多いことです。
 しかし、これらのやり方はすべて「問題になったことを取りやめて遠ざけること」で、「よりよく改善すること」にはつながりません。当事者は「反省して改善する」、他の周りの者は「その失敗から学ぶ」ということが大事であり、ただ行動を止めればいい、やめればいい、おとなしくしておけばいいというものではありません。

 包丁を使わせなければ怪我をすることはありませんが、包丁の使い方を覚えることはできません。どうも最近、いろいろなところで「やらせない」「遠ざける」という安易な姿勢が目につきます。
 罰する主旨や基準、対象や方法がずれていると思うことも多々あります。何のためで誰に向けた処分なのかがよくわかりません。

 「制約」「制限」「自粛」「連帯責任」では、逆効果になることがたくさんあります。

※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら

執筆:小笠原 隆夫(おがさわら・たかお) ユニティ・サポート代表

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