太陽嵐から宇宙飛行士を守る「AstroRad」、被ばく線量を約60%低減―NASA「アルテミス1号」データで推定

2026年8月14日 15:10

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記事提供元:Tech Times

NASAのアルテミス1号ミッションでは、ヘルガとゾハルと名付けられた2体の同型の人体ファントムをオリオン宇宙船に搭載し、放射線検出器で宇宙放射線の影響を測定した。ゾハルには防護ベストを着用させ、着用しないヘルガと比較して防護効果を検証した(画像提供:StemRad/NASA.gov)

NASAのアルテミス1号ミッションでは、ヘルガとゾハルと名付けられた2体の同型の人体ファントムをオリオン宇宙船に搭載し、放射線検出器で宇宙放射線の影響を測定した。ゾハルには防護ベストを着用させ、着用しないヘルガと比較して防護効果を検証した(画像提供:StemRad/NASA.gov)[写真拡大]

2022年11月に打ち上げられたNASAの「アルテミス1号」ミッションで試験された放射線防護ベスト「AstroRad」について、大規模な太陽粒子事象による宇宙飛行士の実効線量を約60%低減できる可能性を示す研究結果が、Science Advances誌に掲載された。アルテミス1号は実際の大規模な太陽粒子事象には遭遇しておらず、数値は飛行中の測定データからモデルを用いて推定されたものだ。船内を移動しながら重要な作業を続けられる可能性がある一方、銀河宇宙線への対応など課題も残されている。

■太陽嵐の脅威と防護ベストの有効性

2022年11月にNASAが打ち上げた「アルテミス1号」のオリオン宇宙船には、人間の乗組員は搭乗していなかったが、決して空ではなかった。座席には「ゾハル」と「ヘルガ」と名付けられた2体の等身大の女性型人体ファントムが固定され、それぞれに5,600個以上の放射線検出器が組み込まれていた。ゾハルは「AstroRadベスト」と呼ばれる放射線防護ベストを着用し、ヘルガは着用しなかった。Science Advances誌に掲載された査読付き論文により、この実験のデータを用いた初の防護性能評価が示された。

研究者らのモデル推定によると、AstroRadベストは1972年8月と同規模の太陽粒子事象が発生した場合、宇宙飛行士の実効線量を約60%低減し、222ミリシーベルト(mSv)から87.5mSvに抑えられる可能性がある。さらに、乗組員が船内のシェルターにとどまらず、移動しながら重要な作業を継続できる可能性もある。StemRadの宇宙探査担当リードサイエンティストで、本研究の筆頭著者であるジョーダン・ホウリ氏は、これを「地球低軌道以遠で宇宙飛行士の放射線被ばくを明らかにするために実施された、これまでで最大規模の放射線実験」と呼んでいる。

太陽粒子事象(SPE)は、太陽活動に伴って放出される高エネルギー陽子などの短時間かつ強烈なバーストであり、地球の磁気圏による保護の外で活動する宇宙飛行士にとって深刻な脅威となる。長期間にわたって蓄積する銀河宇宙線とは異なり、大規模な太陽粒子事象は、数時間から数日のうちに危険な線量をもたらす可能性がある。

本研究では、2つの歴史的な太陽粒子事象が基準として用いられた。20世紀最大級の1972年8月の事象は、アポロ16号とアポロ17号のミッションの間に発生したため、乗組員はいずれも地上にいた。NASAの過去の分析によると、この事象の最中に宇宙飛行士が通常の宇宙服で月面活動を行っていた場合、極めて高い放射線量を受けた可能性がある。1989年10月の太陽粒子事象も大規模で、衛星の運用や北米の地磁気環境に深刻な影響を及ぼした。

StemRadのCEO兼共同創業者であるオレン・ミルスタイン氏は、「宇宙空間での放射線は避けられず、一度の大規模な太陽粒子事象が、宇宙飛行士の生涯における放射線誘発がんのリスクに大きく寄与する可能性がある」と述べている。「その寄与を大幅に減らすことで、個人用シールドは将来の月や火星のミッションにおいて特に重要になる可能性がある」

■深宇宙で鉛よりもポリエチレンが優れている理由

AstroRadベストは、宇宙向けの放射線防護材として高密度ポリエチレン(HDPE)を使用している。高密度ポリエチレンは水素を多く含むプラスチックであり、太陽粒子事象で飛来する陽子のエネルギーを、比較的少ない質量で効率よく低下させられる。

太陽粒子事象では、正の電荷を持つ高エネルギー陽子が大量に放出される。飛来する陽子がポリエチレン中の水素原子核と衝突すると、両者の質量がほぼ等しいため、効率よく運動量とエネルギーを移すことができる。一方、鉛のように原子番号の大きい材料では、入射する放射線の種類やエネルギーによって二次放射線が発生することがあり、宇宙放射線に対して常に最適な材料とは限らない。

StemRadのエンジニアたちは、硬質プラスチックでできた何千もの連結された六角形の遮蔽部材を、鱗のように動く構造に組み立てた。これにより、固体の高密度ポリエチレンを使いながら、身体の動きに追従できるベストを実現した。アルテミス1号で試験されたベストの質量は約26kgである。

シールドの厚さは意図的に不均一にされている。赤色骨髄、肺、胃、結腸、乳房、卵巣など、放射線によるがんリスクへの寄与が大きい臓器や組織の周囲を重点的に保護し、それ以外の部分は薄くしている。ホウリ氏によると、この臓器を重点的に保護する設計は、同じ量の材料を体全体に均等に配置する場合より、実効線量の低減効果が約30%高いという。「臓器や組織によって放射線に対する感受性は大きく異なるため、体のすべての部分を均等に遮蔽することは最も効果的なアプローチではない」と同氏は述べている。「同時に、全身を覆うスーツは着脱や移動がはるかに難しくなる」

■実験の仕組みと推定結果

アルテミス1号は無人で飛行したため、研究チームは人間の軟組織、骨、肺などを模した素材で作られた2体の女性型人体ファントムを使用し、25日間のミッションを通じて放射線データを収集した。ゾハルはAstroRadベストを着用し、ヘルガは着用しなかった。同等の放射線量を受けた場合、現在用いられているリスクモデルでは女性の方が放射線誘発がんの生涯リスクが高いと推定されることから、成人女性を模したファントムが選ばれた。MARE(Matroshka AstroRad Radiation Experiment)は、ドイツ航空宇宙センター(DLR)、イスラエル宇宙局(ISA)、NASAが共同で主導し、StemRadとロッキード・マーティンが支援した国際共同研究である。

重要な留意点が1つある。25日間のミッション中、実際の太陽粒子事象は発生しなかった。大規模な太陽粒子事象が発生した場合のベストの性能を推定するため、研究チームはオリオン宇宙船が、地球を取り巻く捕捉陽子の領域である内側ヴァン・アレン帯を通過した際の測定データを基にシミュレーションを検証した。その上で、内側ヴァン・アレン帯の陽子スペクトルを、1972年8月と1989年10月の歴史的な太陽粒子事象のモデルに置き換えて線量を推定した。したがって、結果は実際の太陽粒子事象で直接測定された防護性能ではなく、飛行データに基づくモデル推定である。

1972年8月と同規模の事象の場合、ベストは実効線量を222mSvから87.5mSvに低減すると推定された。約60%の削減であり、最大で深宇宙のバックグラウンド放射線193日分の被ばくを回避することに相当する。1989年10月と同規模の事象では、低減率は約40%で、最大131日分に相当すると推定された。数値は使用する人体解剖モデルによってわずかに異なる。

「当初は45%程度と予想していたため、最初に結果を見たときは、戻ってエラーを探す必要があると考えた」とホウリ氏は語った。「しかし、詳細な分析の結果、放射線の影響を受けやすい臓器や組織に重点的なシールドを施すAstroRadのアプローチが、我々の予測以上に効果的であることが示された」

■ストームシェルターとの違いと機動性の確保

オリオン宇宙船では、太陽粒子事象が発生した際、船内の物資などを利用して一時的なストームシェルターを構成できる。AstroRadは単独で使用できるほか、ストームシェルターと組み合わせることも想定されている。ベストの利点は、乗組員がシェルターから出て重要な作業を行う必要が生じた場合にも、一定の防護を維持できる点にある。

NASAの現行基準では、宇宙飛行中の生涯実効線量の上限は600mSv、太陽粒子事象1回当たりの短期実効線量の上限は250mSvとされている。1972年8月と同規模の事象について推定された87.5mSvは、いずれの基準も下回る。ただし、この値はAstroRadを着用した場合のモデル推定値であり、実際のミッションで乗組員が受ける総線量は、宇宙船の位置、船体の遮蔽、太陽粒子事象の規模やエネルギー分布などによって変化する。

運用上の決定的な違いは機動性にある。ストームシェルターは乗組員が退避するための場所であり、中にいる間は実施できる作業が制限される。着用可能なベストは、船内を移動してシステムの維持や緊急対応などを行う際にも防護を提供できる可能性がある。

「AstroRadは単独でもシェルターと組み合わせても使用できるが、主な利点の1つは、宇宙飛行士がシェルター内にとどまるのではなく、船内を移動して重要なミッション作業を行いながら、保護された状態を維持できることだ」とホウリ氏は述べている。

このベストは常時着用するように設計されたものではなく、放射線レベルの上昇が検出された際に、数時間から数日間着用する緊急用装備である。2019年から2022年にISSで実施された評価では、微小重力環境での快適性や人間工学上の使いやすさが検証され、宇宙飛行士は睡眠中を含めてベストを着用した。

■火星ミッションへの課題と宇宙空間での製造

この研究結果には、著者らも認める重要な限界がある。AstroRadベストは、比較的低いエネルギーの陽子が中心となる太陽粒子事象への対策として設計されている。一方、太陽系外に起源を持ち、深宇宙ミッションを通じて継続的に被ばくする高エネルギー粒子である銀河宇宙線(GCR)に対しては、十分な防護手段にはならない。太陽粒子事象と銀河宇宙線は、性質と必要な対策が異なる宇宙放射線リスクである。

この違いは火星ミッションで特に重要となる。NASAの研究資料では、現在想定される火星ミッションの放射線量は、600mSvの生涯上限の少なくとも2倍に達する可能性が示されている。AstroRadベストは急性かつ突発的な太陽粒子事象への対策にはなり得るが、長期間にわたって蓄積する銀河宇宙線の問題を解決するものではない。

月面を目指すアルテミス計画では、NASAはアルテミス4号による有人月面着陸を2028年初頭に予定している。これはアポロ17号以来、初の有人月面着陸となる計画だ。月面滞在中に大規模な太陽粒子事象が発生すれば、乗組員が短時間に高い線量を受ける可能性がある。AstroRadベストが主に想定しているのは、このような突発的な事象である。

「AstroRadは、地球外での長期的な有人探査を制限している主要な健康上の課題の1つを克服するのに役立つ可能性がある」とミルスタイン氏は述べている。

さらに先を見据え、AstroRadの部品を地球から打ち上げるのではなく、軌道上で製造する試みも進められている。スペース・フロリダとイスラエル・イノベーション庁が支援するStemRadとRedwireの共同プロジェクトでは、包装廃棄物を想定した再生低密度ポリエチレン(LDPE)を材料に、AstroRad用遮蔽インサートの一部がISS上で3Dプリントされた。将来、宇宙船内の廃棄物を材料として利用できれば、地球から打ち上げる遮蔽材の質量を減らせる可能性がある。

ホウリ氏によると、1つの基本ベストを異なる体型やサイズに合わせて調整できるモジュール設計も開発中である。これにより、乗組員全員のために個別のベストを搭載する場合より打ち上げ質量を抑え、太陽粒子事象の際に必要な作業を担当する乗組員がベストを使用する運用が可能になるという。

こうした製造技術が深宇宙でも利用できるようになれば、月だけでなく火星への長期飛行でも、宇宙船内の廃棄ポリマーから交換用または追加の遮蔽部品を製造できる可能性がある。ただし、これが防護できるのは主に太陽粒子事象であり、銀河宇宙線への根本的な対策にはならない。

■注目ポイントQ&A

●宇宙放射線はどの程度危険ですか?また、このベストは将来の月面探査を行う宇宙飛行士を保護できますか?

太陽活動に伴って高エネルギー陽子などが大量に放出される太陽粒子事象は、地球の磁気圏外にいる宇宙飛行士に対し、短時間で高い放射線量をもたらす可能性があります。アルテミス1号の測定データを基にしたモデルでは、AstroRadベストによって1972年8月と同規模の事象による実効線量が222mSvから87.5mSvに低下すると推定されました。実際の太陽粒子事象で直接確認された数値ではありませんが、月面ミッション中に乗組員が重要な作業を続けるための防護手段になる可能性があります。

●なぜベストには鉛ではなくプラスチックが使われているのですか?

AstroRadには、水素を多く含む高密度ポリエチレンが使われています。水素原子核と陽子は質量がほぼ等しいため、衝突時に効率よくエネルギーを移すことができ、太陽粒子事象に多く含まれる陽子のエネルギーを低下させるのに適しています。鉛など原子番号の大きい材料は放射線の種類によって二次放射線を発生させることがあり、陽子が中心となる宇宙放射線環境では必ずしも最適ではありません。

●これで火星ミッションの放射線問題は解決しますか?

完全には解決しません。AstroRadベストは、急性かつ突発的な太陽粒子事象への対策として設計されていますが、長期間の宇宙旅行で継続的に被ばくする銀河宇宙線に対して十分な防護効果を提供するものではありません。現在想定されている火星ミッションでは、銀河宇宙線などによる累積線量がNASAの600mSvという生涯上限を大幅に超える可能性があり、これは依然として未解決の課題です。

●この研究にはどの組織が参加し、今後は何が計画されていますか?

MAREは、ドイツ航空宇宙センター、イスラエル宇宙局、NASAが共同で主導し、StemRadとロッキード・マーティンが支援した国際共同研究です。AstroRadベストはStemRadとロッキード・マーティンが開発し、アルテミス1号で地球低軌道以遠における初の防護性能評価が行われました。現在は、異なる体型に合わせて調整できるモジュール式ベストの開発や、再生ポリエチレンを使って遮蔽部品を軌道上で製造する技術の研究が進められています。

元記事: Radiation Vest Cuts Solar Storm Exposure by 60%, Keeps Artemis Crew Operational

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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