中国王毅外相の日本・韓国訪問の狙いは(元統合幕僚長の岩崎氏)

2020年12月21日 16:58

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記事提供元:フィスコ


*16:58JST 中国王毅外相の日本・韓国訪問の狙いは(元統合幕僚長の岩崎氏)
中国の王毅外相が11月24日~25日にかけて訪日し、その後に韓国を訪問した。今回はその意義と評価について述べたい。

王毅中国国務委員・外相は訪日・訪韓に先立ち10月11日~15日、東南アジアの五ヶ国を訪問した。この一週間ほど前、我が国で日米豪印の四ヶ国による外相会議が行われた。この会議は終了後、「参加国は『自由で開かれたインド・太平洋構想(FOIP;Free Open Indo-Pacific)』は地域の平和と繁栄に向けたビジョンであり、その重要性を再確認した」とし、高く評価したのである。そして、この四ヵ国の外相は、翌月(11月)に行われるマラバール演習に今年は豪も参加することを発表し、この四ヶ国の関係を更に進化させていく事を世界にアピールした格好となった。このことに対して王毅外相は敏感に反応し、東南アジア訪問中にも拘わらず「FOIPは、インド太平洋版のNATO(北大西洋条約機構)であり、地域を不安定化するものである」と強く批判し、中国は自由を尊重し各国との協調を重んずることを強調した上で、カンボジアとのFTA(自由貿易協定)の調印に臨んだ。私は、この王毅外相のかなり強いコメントに、今回のクワッドの有効性を感じた。そして、王毅外相の反応は、「中国の焦りを表したもの」ではないかと感じた次第である。また、本当に中国が相手方を尊重して自由や安定、そして各国との協調を重んずるのであれば、WTOの問題や南シナ海等での“力による現状変更”等起こす筈がないであろうに、とも思った。

いずれにしても、王毅外相はこのクワッドの枠組みをNATOに例え、極めて強く非難した。つまり、中国はこの四ヶ国の連携をかなり気にしており、目障りだと思っている事の裏返しである。抑止とは、一般的には、相手方が如何にこちらを意識するか、又はさせるかである。相手方が気にしない程度のものであれば、抑止など有効に働いていない証左である。このクワッドの枠組みは、皆様ご承知のとおり、NATOとは全く異なる枠組みであり、比較できるようなものではない。しかし、中国にとっては嫌な枠組みであることが明確となった。我々は、是非、この枠組みをより進化(深化)させていくべきである。

さて、王毅外相の訪日に関する私なりの評価を申し述べたい。中国にとっては、日本と韓国へ訪問は何だったのであろうか。いろいろな中国側の思惑が考えられるが、米中の経済戦争の中で、中国としては、この二ヶ国との関係が良い事を米国に見せつけ、米国を牽制するためが第一の目的であろう。トランプ大統領誕生以降、米中関係は最悪な状況下にあり、少しでも日本と韓国との関係を進めておこうという考えであろう。米国大統領選が終わり、トランプ政権からバイデン政権への移行期である。益々、中国にとって米国以外の国々との関係改善を進めておくことが重要な時期であった。

今回の王毅外相の訪日で気になる点がある。尖閣列島に関する件である。外相会談後の共同記者会見の最後の王毅外相のコメントに「一部の正体不明の日本漁船が頻繁に釣魚島周辺の敏感な海域に入っている」と厳しく指摘し、「だから、中国としては対応せざるを得ない」と述べた。ここで共同記者会見が終了とされ、茂木外相の反論が出来なかった状態である。翌日のマスコミのこの件に対する指摘に対し、共同記者会見は双方の回数・時間配分が決まっている事から反論する暇がなかった、との説明をし、共同記者会見後の夕食会では王毅外相に我が国の立場や考え方を確りと伝えたと説明したのである。そして、王毅外相は菅総理との会談後のぶら下がり会見で、「日本の偽装漁船が釣魚島海域に侵入し~」と述べ、「一部の不明日本漁船」が「偽装漁船」となるなど尖閣に関して前日より厳しいコメントを述べたのである。「偽装工作」とは、中国のお得意の業である。この件で、外務省は反論したとの事であるが、世界および国内に情報発信されているのは、共同記者会見の部分やぶら下がり会見のコメントである。今回の王毅外相の訪日に関しては、我が国は宣伝戦や世論戦で後れを取った格好となってしまっている。

政治の最も大切な事は主権や国益を守り、自国民の生命・財産を守ることである。2019年7月、当時の河野外務大臣は、当時の駐日韓国大使を外務省に呼び、徴用工の問題で抗議を行った。その際、韓国ナム大使が、韓国の立場を説明しようとした時に、大使の言を遮って、「そのことは既に(韓国政府に)お伝えしている。それを知らないふりして改めて提案するとは極めて無礼である」と強い口調で跳ねつけた。また、防衛大臣の職では、「敵基地攻撃能力」の件で、某記者から「中国や韓国からの理解が必要では」との質問に対し、「(我が国を攻撃できる)ミサイルを増強しているのは中国ですよ。我が国が我が国を防衛することに関して、どうして中国・韓国からの理解が必要なのでしょうか」との趣旨の発言をされた。この返答に対して記者は二の矢を打たなかった。我が国では長い間、そのような意地悪な質問に窮する大臣や政治家が多くいた。それを期待しての質問だったのであろう。安倍総理は、二回目の総理になられた時に、「我が国も普通の国」にならないといけない、と言われた。私は、我が国は、まだまだその達成が道半ばにあると感じている。この様な観点からは、今回の我が国の対応ぶりには反省すべき点が多々あると感じている。

中国は相手国に対して度々「核心的利益」なる言葉を使う。相手に対して「一歩たりとも譲らない」との強い信念である。外交や安全保障とは、究極的にはその国の主権や国益を守ることである。王毅外相は中国の利益を守るために行動・発言している事を常に忘れてはいけない。

米国バイデン政権がどの様な対中政策を打ち出すか分からないが、これまでの民主党の考え方であれば、トランプ政権よりも穏やかな政策になるかもしれない。我々は、決して我が国の国益を損なわない様、毅然たる態度で中国に対応すべきである。中国には一瞬の隙も見せるわけにはいかない。心してかかる必要がある。(令和2.12.18)

岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ《RS》

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