スバル国交省への報告書(8) 「いいクルマをつくろうよ!」

2018年5月13日 20:48

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■国民の無関心が“正しい会社(社会)”の構築を阻む

 このスバルの報告書については「官僚・政治家の国会答弁」のように聞こえてくるが、法的弁護であればそれでよいのであろう。「組織的関与はなかった」としたことで、スバルの法的立場が擁護された。弁護士の仕事としては成り立ったようだ。しかしながら、「組織的関与はなかった」となると「管理能力が欠如した組織」と宣言したことになり、企業組織としては「信頼がおけない」と判断されることを自ら宣言したようなものだ。品質保証にとっては致命傷だ。

【前回は】スバル国交省への報告書(7) 「品質低下は気にしない」の結末は「市場の縮小」

 この矛盾に気付いていないとすれば、「ユーザーをなめたものだ」との感想が出る。確かに現実の作業では、「それほど品質にこだわる必要はない」となる場面もあることも実感している。「世界の市場で業績の良いグローバル企業としては」この程度の判断で良いのかもしれない。私には、これを裁ける自信はない。実際は「投資効率」を求めた動きは加速し、世界では特殊な制度となる「車検制度」「新車検査」も緩和されていくのであろう。それが現在のグローバルな品質保証レベルと認識せざるを得ない。アメリカの個人主義から、労働者に対して投資家の絶対的優位、官僚独裁の中国市場の台頭などで、日本国内の品質保証レベルも大きく変わってきたように感じる。

■「いいクルマをつくろうよ!」

 商品力のある車を造っているスバルだけに、なんとも言い難い不愉快さだ。「開発技術」と「量産技術」、「保守技術」の3本の技術的柱に「環境技術」が加わってきている。これを「金融技術」だけで経営することなどできるはずはない。スバルのこの報告書を見ても「伝統的匠の技」「スバル社員の勤勉さ」で品質を支えるのも限界に近付いていると、経営陣は自覚してほしいものだ。“正しい会社になる”とするなら、“正しい行いを評価し、不正や怠慢を糾弾”できなければならない。

 また元スバル工場長と仕事した経験からは、残念だが現在の状態は予測できる内容だった。その人物に限ってのことかもしれないが、あまりにも「自分の都合からの狭い視野」でビジネスを進めていた。私個人の印象としては「信頼感」は、持てなかった。

 型式指定を受けるサンプル車を造る開発作業と、同じ車を大量生産するときの品質保証の技術は、別物であり連結している。“多くの作業員が心を合わせて努力を継続できる体制構築”は困難そのものであることを企業経営者は知るべきだ。トヨタの豊田章男社長が「いいクルマをつくろうよ!」としている意味を深慮するべきだ。

 今回の不正においては、まずユーザー向けの報告書を、弁護士ではなく「経営者自身の言葉」で、「心からの謝罪」をしたうえで出直してもらいたいものだ。それは「ユーザーの受け」を狙った意味ではなく、「組織としての戒め」になるからだ。(kenzoogata)

関連キーワードトヨタ自動車アメリカ中国スバル弁護士

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