NASAのESCAPADE、11月7日・9日に地球フライバイ―エンジン噴射で火星へ
2026年11月4日 15:06
NASAの双子の火星探査機ESCAPADE「Blue」と「Gold」は、2026年11月7日と9日に地球へ接近し、エンジン噴射によって火星へ向かう予定だ。約1年にわたる待機航行を経て、地球の重力と推力を組み合わせる「動力付きフライバイ」に臨む。火星到着は2027年9月を予定している。
■地球最接近時の噴射で火星へ
NASAが11月2日に公表した計画によると、Blueは日本時間11月7日午後6時51分、Goldは9日午後7時51分に噴射を開始する予定だ。両機ともオーストラリア南部の上空を通過しながら、約9分間エンジンを作動させる。
地球最接近時の高度は約600~1100マイル、約970~1770kmとなる。噴射は火星遷移軌道への投入を担う重要な操作で、地球へ戻るまでに得た速度を生かし、火星へ向けてさらに加速する。
重力アシストは、惑星の重力を利用して宇宙機の進行方向や、太陽に対する速度を変える方法だ。ボイジャー1号が木星で行ったように、惑星の公転運動を利用して目的地へ向かう軌道をつくる。ESCAPADEはこれに、地球最接近時のエンジン噴射を組み合わせる。
高速で飛行しているときに進行方向へ加速すると、同じ速度変化量、すなわちデルタVでも、低速時に加速するより大きな軌道エネルギーの増加を得られる。これがオーベルト効果(Oberth effect)であり、最接近点付近での噴射はこの性質を利用する。名称の由来となったヘルマン・オーベルトは、1929年の著書『Ways to Spaceflight』でその考え方を示した。
NASAは、今回の操作を同機関の宇宙機が初めて行う動力付き地球フライバイと位置付けている。予定通りに実施されれば、両機は約10カ月の惑星間航行に入る。
■L2を回る待機軌道で打ち上げ時期を柔軟に
地球と火星の間を少ない燃料で移動するのに適した配置は、約26カ月ごとに訪れる。通常の火星ミッションでは、この配置に合わせた数週間程度の打ち上げ機会を利用するため、機体やロケットの準備日程を合わせる必要がある。
ESCAPADEは2025年11月13日、米フロリダ州のケープカナベラル宇宙軍基地から、Blue OriginのNew Glennロケットで打ち上げられた。New Glennは同年1月に初めて軌道へ到達しており、ESCAPADEの打ち上げは2回目の飛行だった。
打ち上げ時の惑星配置に対応するため、両機は直接火星へ向かう代わりに、太陽・地球系のラグランジュ点L2を回り込む、豆のような形の待機軌道へ入った。L2は地球から太陽と反対方向へ約150万km離れた位置にあり、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡もその周辺を周回している。
軌道設計を担当するAdvanced Spaceによると、この「打ち上げてから待機する」方式は、地上からの打ち上げ時期の選択肢を広げる。ESCAPADEでは約1年かけて地球へ戻り、2026年11月の惑星配置を利用して火星へ出発する計画を組んだ。
この方式は、将来、多数の宇宙機を火星へ送る際にも役立つ可能性がある。打ち上げを長い期間に分散させ、待機軌道を経由した宇宙機を、適切な惑星配置に合わせて順次火星へ送り出すという発想だ。地上での打ち上げと、火星への出発を分けて計画できる点に意義がある。
■Goldの軌道修正と、低コスト探査が受け入れるリスク
待機航行に入る過程では、Goldの推進系で想定を下回る推力が観測された。NASAは2025年12月、軌道修正の延期と原因調査を公表した。
Rocket Labによると、Goldは2026年1月6日に97.7秒間の噴射を行い、2回目の軌道修正を完了した。NASAも、両機が2026年11月の地球フライバイへ向かう軌道にあると発表している。
ESCAPADEは、低予算で惑星科学を進めるNASAのSIMPLExプログラムに属する。主任研究者でカリフォルニア大学バークレー校宇宙科学研究所のロバート・リリスは、2021年の同大学の発表で、その考え方を「成功確率95%のために8億ドル(約1260億円)を使う代わりに、成功確率80%で8000万ドル(約126億円)を使えるだろうか」と説明した。これは、費用とリスクの関係を示す問い掛けだ。
今回の地球最接近時の噴射は、火星へ向かうための重要な節目となる。リリスはSpace.comに対し、点火に失敗すれば惑星間移行の機会を逃し、次に火星へ向かう機会までさらに2年待つことになると説明している。
■2機を製造し、通信と運用を共有
バークレー校宇宙科学研究所が2026年11月時点で公表しているESCAPADEの費用は、8000万ドル(約126億円)未満だ。探査機を製造したRocket Labによると、設計、製造、組み立て、試験を約3年半で進めた。
費用の規模を比較すると、米惑星協会の集計では、2013年に打ち上げられた火星大気探査機MAVENの開発、打ち上げ、当初の運用にかかった費用は5億8250万ドル(約920億円)だった。マーズ・リコネッサンス・オービターは、製造元Lockheed Martinが2005年の打ち上げ時に示した額で約7億2000万ドルだった。
ESCAPADEの公表額は、これらの当初費用の1割強に相当する。NASAのSIMPLExは、小型の宇宙機を活用し、監督・管理の要件を軽くするとともに、より高いリスクを受け入れることで、比較的低コストの科学ミッションを実施する枠組みだ。
通信にも2機をまとめて扱う工夫がある。NASAの深宇宙ネットワーク(DSN)では、1基のアンテナで複数の宇宙機と通信するMSPAを利用できるように軌道を設計している。NASAの計画資料では、両機を一つの運用チームで扱えるよう、作業時間にも余裕を設けている。
■火星の磁気圏を2地点から調べる
火星到着後、BlueとGoldはまず大きな楕円軌道に入り、その後、観測に適した軌道へ段階的に移る。NASAの計画では、2028年半ばまでに両機をほぼ一致する科学観測軌道へ配置する。観測する高度の範囲は、火星表面から約160~1万kmだ。
火星には、地球のような全球的な固有磁場に代わり、地殻に残る局所的な磁場と、太陽風との相互作用によって誘導される磁場が共存している。約40億年前の磁場の痕跡が地殻に残り、こうした要素が複雑な「ハイブリッド磁気圏」を形作っている。
現在の火星表面の平均気圧は、地球の海面付近の約0.6%だ。かつての厚い大気がどのように失われたかを調べるうえで、太陽風から磁気圏や上層大気へ、エネルギーがどう伝わるかが重要になる。
大気が宇宙へ失われる仕組みには、イオンが加速されて流出する過程や、スパッタリングがある。スパッタリングでは、加速されたイオンが上層大気へ衝突し、中性の原子や分子をはじき出す。ESCAPADEは磁場と粒子を測定し、こうした大気散逸につながるエネルギーと物質の流れを調べる。
最初の観測段階では、両機がほぼ同じ軌道を追いかける「真珠の首飾り」型の配置を取る。通過時刻の間隔を最大30分の範囲で変え、同じ領域を続けて測定することで、観測値の時間変化と場所による違いを区別しやすくする。
続く段階では両機を異なる軌道へ移し、一方が太陽風を、もう一方が火星磁気圏の内部を同時に測定する。この2地点観測によって、太陽風の変化に火星がどう応答するかを追う。2014年から火星の上層大気を調べ、2026年6月に運用終了が発表されたMAVENの成果を引き継ぐ探査となる。
■地球周辺での観測を、将来の火星探査にも生かす
待機航行は、地球周辺の宇宙環境を調べる機会にもなった。NASAによると、両機はすでに、太陽風によって地球磁場が太陽と反対方向へ引き伸ばされた磁気尾部の遠方領域を通過した。研究チームはそこで活動や構造を観測し、成果の公表を準備している。
NASAは、火星の宇宙天気の理解を、将来の探査機や宇宙飛行士の保護にもつなげる方針だ。ニッキー・フォックス科学ミッション本部長は2025年11月の打ち上げ時、ESCAPADEを、宇宙飛行士を安全に送るために火星の過去と現在を理解する戦略の一部と位置付けた。
火星表面の放射線環境については、探査車キュリオシティの2012~2013年の初期観測で、銀河宇宙線による線量当量率が平均1日当たり約0.64ミリシーベルトと報告されている。ESCAPADEが調べる太陽風や磁気環境の変動は、有人探査に向けて火星周辺の宇宙環境を理解するための情報となる。
元記事: NASA ESCAPADE Probes Attempt First-Ever Powered Earth Flyby on Way to Mars This Week