NASA、ハッブル延命へ民間技術を調査 2032年までの軌道引き上げ・整備を想定
2026年11月2日 15:40
NASAは2026年10月29日、ハッブル宇宙望遠鏡の延命や運用終了に向け、民間企業の技術・実施能力を調べる情報提供依頼(RFI)を公表した。軌道引き上げ、観測能力を高める整備、安全な制御再突入などが対象となる。NASAは現在の軌道予測を踏まえ、2032年までのミッション実施を想定している。
■民間技術の能力と費用を調査
今回のRFIは、今後の計画に必要な情報を集める市場調査だ。回答期限は2026年11月30日午後3時(米東部標準時、日本時間12月1日午前5時)で、米政府の調達情報サイトに掲載されている。
NASAが求めているのは、ハッブルを捕獲して高度600km以上へ引き上げる能力、性能や信頼性を高める整備能力、運用終了時に制御再突入などを行う能力に関する情報である。企業は、このうち一つ以上の選択肢について回答できる。
回答には、接近・捕獲方法、主要技術の成熟度、接続している期間、結合後の姿勢制御、リスク軽減策、実施可能な最も早い時期、費用などを含める。NASAはハッブルの技術情報や専門家の助言、接近作業に合わせた運用を提供し、企業側が打ち上げ機や整備宇宙機などを用意する想定だ。
NASA長官のジャレッド・アイザックマン氏は、ハッブルには今後も重要な科学的成果をもたらす余地があると述べ、革新的で費用対効果の高い延命方法を探る意義を強調した。科学ミッション局を率いるニッキー・フォックス氏も、近年の商業衛星捕獲・整備技術の進展に期待を示している。
■大気抵抗で低下する軌道と再突入予測
ハッブルは1990年4月、高度約612kmの軌道に投入された。Ars Technicaが2026年10月30日に報じた高度は約470kmで、長年にわたり大気抵抗の影響を受けて軌道が低下している。
軌道低下の速さは、大気密度に加え、宇宙機の質量、形状、姿勢にも左右される。米海洋大気局(NOAA)によると、太陽活動が活発になると上層大気が加熱・膨張し、低軌道の人工衛星が受ける抵抗が増す。第25太陽活動周期についても、NOAAは2019年の予測より強い活動を見込み、予測を更新してきた。
NASAが今回の発表で示した再突入予測は2033~2034年だ。RFIに記載された2026年7月の寿命解析では、2032年9月までに再突入する確率を10%、2033年12月までを50%としている。
一方、英技術メディアのThe Registerは2026年2月、天文学者ジョナサン・マクドウェル氏の分析について、早ければ2028年の再突入もあり得ると報じた。再突入時期の見積もりは、太陽活動や大気密度などの想定に応じて変わる。NASAはこうした軌道予測を基に、ミッション実施の目安を2032年までとしている。
■無制御再突入を仮定した人的被害リスク
NASAの公表値によると、最終整備後のハッブルの質量は約12.2トンだ。NASA工学安全センター(NESC)の2025年報告書は、再突入時に質量の約20%が地表まで残るという従来の見積もりを紹介している。単純換算すると約2.4トンに相当する。
同報告書は、2033年の無制御再突入を想定した解析で、軌道が通過する緯度帯全体の平均的な人的被害リスクを約330分の1と推計した。NASAの宇宙デブリ低減基準が示す1回の無制御再突入の基準値は1万分の1で、この推計は約30倍に当たる。
解析上の破片の落下範囲は、地上軌跡に沿って約350~800kmに及ぶ。軌道傾斜角は約28.5度で、対象となる緯度帯には東南アジア、南アジア、中米、カリブ海の一部が含まれる。
NESCは人口密度の影響も調べている。破片がマカオに落ちる条件では被害人数の期待値を2~4人、香港やシンガポールでは少なくとも1人と見積もった。こうした条件別の解析は、将来の制御再突入で落下地域を選ぶ重要性を示している。
■2009年に取り付けられた捕獲装置
将来の訪問機を受け入れるための装置は、すでにハッブルに設置されている。2009年5月、5回目にして最後のスペースシャトル整備ミッションで、宇宙飛行士が望遠鏡後部にソフト・キャプチャ・ランデブー・システム(Soft Capture and Rendezvous System、SCRS)を取り付けた。
NASAの当時の資料によると、SCRSは捕獲機構と相対航法用の装置で構成される。捕獲機構(SCM)の外径は約1.83m、高さは約61cmで、将来の有人機やロボット機による接近、捕獲、安全な処分を支援するために用意された。
この装置は、訪問機が接続方法を設計する際の足掛かりとなる。今回のRFIでも、捕獲後の結合機体の制御や、軌道引き上げ時に望遠鏡へ加える影響が評価項目となっている。
高度470kmの円軌道から600kmの円軌道へ移る理想化した計算では、必要な速度変化の合計は約70m/秒となる。実際のミッションでは、接近・捕獲や姿勢安定に使う推進剤も見込む必要がある。ハッブルの姿勢はリアクションホイールなどで制御され、軌道引き上げの推力は訪問機が担う。
■商業衛星整備で積み重なる実績
ノースロップ・グラマンの衛星延命機Mission Extension Vehicle(MEV)は、静止軌道付近で商業衛星に接続する実績を持つ。同社によると、MEV-1は2020年、MEV-2は2021年にそれぞれ通信衛星とのドッキングに成功した。
さらに2026年7月21日には、ロボット整備機Mission Robotic Vehicle(MRV)が打ち上げられた。NASAによると、MRVはロボットアームを使って静止軌道の衛星を点検し、推進モジュールを取り付けて寿命を延ばすための宇宙機だ。ハッブルへの訪問では、低軌道の大気抵抗や通信機会を踏まえた運用設計も必要となる。
低軌道では、Starfish Spaceが2023年に初のOtter Pup実証機を打ち上げ、接近運用の技術開発を進めてきた。GeekWireが2026年9月に報じた同社共同創業者の説明によると、後続のOtter Pup 2は目標衛星の近傍を飛行し、ドッキングに向けた運用を続けていた。
ハッブル向けには、アストロスケール米国とMomentusが2023年5月に共同構想を公表している。両社の発表では、Momentusの軌道輸送機Vigorideにアストロスケールの接近・捕獲技術を組み込み、ハッブルの高度を50km引き上げる計画だった。
一方、Katalyst SpaceのLINKは2026年7月3日、NASAのスウィフト観測衛星の軌道引き上げを目指して打ち上げられた。NASAによると、LINKの姿勢制御の問題を受け、8月に捕獲・軌道引き上げを取りやめた。その後は接近運用などの技術実証を続け、軌道引き上げを達成せずにミッションを終えている。
■過去の延命構想とアイザックマン長官
アイザックマン氏は決済企業Shift4の創業者で、2025年12月17日に上院でNASA長官として承認された。2024年にはPolaris Dawnの指揮官を務め、同計画の発表によると高度1408.1kmに到達した。同ミッションは、飛行当時としてアポロ計画終了以来最も遠くまで人を運び、民間初の宇宙遊泳も実施した。
長官就任前の2022年、NASAとSpaceXは、Polaris ProgramとSpaceXが提案したDragon宇宙船によるハッブルの軌道引き上げについて、政府の資金負担を伴わない実現可能性調査に合意した。NASAは2024年6月、その時点では軌道引き上げを進めない方針を示した。
SpacePolicyOnlineによると、当時のNASA天体物理学部門長マーク・クランピン氏は、Dragonの推進系からの排出物が鏡を汚染する可能性をリスクの一つに挙げた。Space.comも、最終整備から長期間が経過し、経験者の退職や異動によって知識の継承が課題になっていると報じている。
同氏の民間事業との関係については、Shift4の提出資料により、NASA長官承認時に同社の執行会長と取締役を辞任したことが確認できる。同氏の倫理合意は、Shift4株式の保有を前提に議決権支配を手放し、同社の財務に直接影響する特定案件の意思決定から外れることを定めている。
アイザックマン氏は2025年12月の上院公聴会で、SpaceXを含む航空宇宙企業への直接・間接の株式持ち分はないと説明した。また、同年の公聴会記録では、倫理合意に従ってSpaceXとの将来の宇宙飛行契約を解約し、前払い金の返還を受けたと回答している。
■科学的価値と運用費をどう両立するか
宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)は、軌道引き上げの計画と資金確保を2027会計年度に始める必要があるとしている。同年度は2026年10月1日に始まった。軌道引き上げが実現すれば、ハッブルの紫外線・可視光観測を2030年代にも生かせる可能性がある。
機器の寿命についても、長期運用を見込む評価がある。Spaceflight Nowによると、NASAのハッブル・プロジェクトマネジャー、パトリック・クロース氏は2024年6月、少なくとも1基のジャイロスコープを2035年まで運用できる確率を70%超と説明した。ハッブルは同月、1基のジャイロスコープを使う観測方式へ移行した。
費用も判断材料となる。SpaceNewsによると、NASA天体物理学部門を率いるショーン・ドマガルゴールドマン氏は2026年6月、ハッブルの運用費を削減できれば軌道引き上げに関心があると述べた。延命を評価するには、訪問ミッションの費用に加え、その後の観測を維持する費用も考慮する必要がある。
運用終了に備える制御再突入では、訪問機の推力で軌道を下げ、人口の少ない海域へ破片を誘導する方法が検討対象となる。今回集める技術、日程、費用、リスクの情報は、科学観測の継続と安全な運用終了に向けて、どの方法が適切かを判断する材料になる。
元記事: NASA Opens Commercial Bidding on Hubble Fate as Reentry Risk Exceeds Safety Standard