新量子ベンチマーク「QUOPS」、3社の量子計算機を共通評価 最大回路規模ではHelios-1が首位
2026年9月16日 19:55
量子コンピュータのシステム全体を、異なるハードウェア方式にまたがって評価する新ベンチマーク「QUOPS」が発表された。QuantinuumのHelios-1、GoogleのWillow、IBMのibm_bostonなどを共通の手法で測定した結果、実行可能な回路規模ではHelios-1が先行する一方、処理速度ではWillowが大幅に上回った。研究チームは、代表的な大規模計算課題に必要と見積もった能力と比べると、現在の最高スコアでも約5桁の隔たりがあるとしている。
■量子ビット数だけでは捉えにくいシステム性能
QUOPSは「Quantum Universal Operations Performance System」の略称で、米サンディア国立研究所が主導し、QuantinuumとNVIDIAの研究者らが参加して開発した。研究成果は2026年9月10日にプレプリントとして公開され、Quantinuum、Google、IBMのプロセッサを対象とする測定結果が示された。論文は査読前の段階にある。
量子コンピュータの性能は、量子ビット数、ゲートの忠実度、演算速度など複数の指標で表される。これらは装置の特性や誤差の原因を調べるうえで重要だが、量子ビットの接続構造、回路のコンパイル、ルーティング、誤り訂正、エラー緩和などを含むシステム全体の計算能力を、単独の数値から判断するのは難しい。
IBMが2019年に提案したQuantum Volumeは、こうした要素をまとめて評価する代表的なシステムレベル指標となった。一方、幅と深さが等しい正方形の回路を対象とすることや、規模が大きくなるほど古典コンピュータによる検証コストが増えること、科学計算に必要な能力との対応が限定的であることなどが課題とされてきた。
QUOPSは、幅と深さを独立に変えたランダム回路を測定することで、多様な形状の計算を扱えるようにする。研究チームによれば、物理量子ビットと誤り訂正後の論理量子ビットを同じ枠組みで測定し、異なる方式のプロセッサを直接比較した実験は、同チームが把握する限り初めてだという。
■QとΩで回路規模と処理速度を評価
QUOPSの試験回路は、任意角度の1量子ビット回転とCNOTゲートを組み合わせたランダムな層で構成される。量子ビット数に相当する回路の幅と、演算層の数に相当する深さを変えながら、回路をどこまで正常に実行できるかを測定する。
評価結果は、主にQとΩの2指標で表す。Qは、研究チームが定めた回路形状の範囲内で、平均プロセス偏極度が1/√e、約61%以上となることを95%の信頼度で確認できた最大の回路規模を示す。
Ωは、そのQを達成した回路形状における実効的な処理速度を表す。単純なゲート速度だけではなく、エラー緩和やポストセレクションのために同じ回路を繰り返し実行するコストも反映する。
QとΩを併記することで、どの程度大きな回路を処理できるかと、その結果をどの程度の速さで得られるかを分けて比較できる。単一の順位を決めるのではなく、回路規模とスループットのトレードオフを示す点がQUOPSの特徴となる。
■回路規模ではHelios-1、速度ではWillow
研究チームは、Googleの105量子ビット超伝導プロセッサWillow、IBMの156量子ビット超伝導プロセッサibm_boston、Quantinuumの56量子ビットイオントラップ型プロセッサH2-1と、98量子ビットのHelios-1を測定した。
物理量子ビットを使った標準条件では、Helios-1がQ=1,504、Ω=303 QUOPS/sを記録した。H2-1はQ=1,320、Ω=353 QUOPS/s、WillowはQ=216、Ω=2,000万QUOPS/s、ibm_bostonはQ=204、Ω=31万QUOPS/sだった。
Helios-1のQはWillowとibm_bostonの約7倍であり、今回測定した回路における実行可能な回路規模では最も高かった。一方、WillowのΩはHelios-1の約6万6,000倍となり、処理速度では大幅に上回った。
この違いには、各プロセッサの接続構造が表れている。Willowとibm_bostonでは量子ビットが2次元面上に配置され、離れた量子ビット間のCNOTゲートには追加のルーティング処理が必要になる。測定結果では、回路幅が広がるにつれて、実行可能な最大回路規模が小さくなる傾向が確認された。
QuantinuumのQCCD方式は、イオンを移動させて量子ビットの組み合わせを変更でき、全結合型の操作に対応する。このため接続制約による影響は比較的小さかったが、論文ではイオン輸送時の位相誤差により、回路幅に応じた小さな性能低下も確認されたとしている。
Helios-1とH2-1では、計算空間の外へ状態が漏れた実行結果を除外するポストセレクションも試された。この条件ではHelios-1のQは1,824、H2-1は1,392まで上昇したが、結果を除外するコストがあるため、対応するΩはそれぞれ247 QUOPS/s、231 QUOPS/sとなった。
■論理量子ビットの評価にも同じ指標を適用
研究チームはHelios-1上に、Steane符号と呼ばれる量子誤り訂正符号を用いた最大8個の論理量子ビットも構成した。マジックステート注入やシンドローム抽出を動作させた条件で測定した結果は、Q=40、Ω=4.9 QUOPS/sだった。
これはHelios-1を物理量子ビットのまま測定した結果を大きく下回る。今回実装した比較的小規模な論理アーキテクチャでは、誤り訂正や論理演算に必要な処理が大きなオーバーヘッドになったためだ。
一方、物理量子ビットと論理量子ビットを同じQとΩで評価できれば、誤り訂正による負荷と、ハードウェアや符号の改良による効果を世代間で比較しやすくなる。研究チームは、この測定例を、耐障害量子コンピュータの進展を継続的に追跡するための基準として位置付けている。
論文では、2018年以降に公表されたIBMとQuantinuumのQuantum Volumeデータから、過去のQUOPSスコアを推定する分析も行った。ただし、この推定には誤差モデルやコンパイル方法などに関する単純化が含まれ、研究チームは個別の推定値について、おおむね2倍程度の不確かさがあり得るとしている。したがって、過去の推定値は特定時点の機種を精密に比較するものではなく、複数年にわたる傾向を見るための分析となる。
■代表的な大規模課題とは約5桁の隔たり
研究チームは、現在の装置との距離を示す例として、RSA-2048の素因数分解と、窒素固定酵素に含まれるFeMocoのエネルギー固有値計算に関する既存の資源見積もりを、QUOPSの指標へ概算変換した。
その結果、RSA-2048の素因数分解にはQ=約2億5,000万、FeMocoの計算にはQ=約3億4,000万が目安になると試算した。現在の最高値であるHelios-1のQ=1,504とRSA-2048の目標値を比べると約16万6,000倍、約5桁の隔たりがある。
これらは、特定のアルゴリズム、ゲート構成、誤差モデル、実行時間などを仮定した概算値である。論文の変換モデルは、クリフォードゲートや待機中の誤差を無視するなどの単純化を含んでおり、目標値は確定的な必要条件ではない。それでも研究チームは、現在のQ値と代表的な大規模課題との間に数桁の差があるという結論は、こうした近似によって変わらないとしている。
Qの隔たりとは対照的に、Ωだけを見れば、現在の物理量子ビット型プロセッサの一部は課題の目標値に達しているか、近い水準にある。これは高速に多数の演算を実行できることと、誤差を抑えながら巨大な回路を完走できることが別の課題であることを示している。
量子コンピュータの進歩と耐量子暗号への移行時期を、単純に同一の時間軸として扱うことはできない。暗号移行では、将来の量子コンピュータで復号する目的で現在の暗号通信を保存する「Harvest Now, Decrypt Later」への備えも必要になるためだ。
米国立標準技術研究所は2024年8月、耐量子暗号の主要3規格を正式に公開し、移行を始めるよう呼びかけている。同研究所の移行計画では、量子攻撃に弱い公開鍵暗号を2035年までに標準から段階的に除く方針が示されている。RSAなどのうち112ビット相当の安全強度を持つ方式について、2030年以降に非推奨、2035年以降に使用不可とする日程は、初期公開草案として提示されたものである。
■CUDA-Qで利用可能、普及と独立検証が今後の焦点
NVIDIAは2026年9月14日、QUOPSのリファレンス実装をオープンソースのCUDA-Qで利用可能にしたと発表した。同時に、耐障害量子アプリケーションの構成要素を設計、検証するためのオーケストレーション層「CUDA-Q Logical」も公開した。
NVIDIAによると、フェルミ国立加速器研究所はCUDA-Q Logicalを使い、耐障害アルゴリズムの開発作業を従来の約5カ月から3週間へ短縮した。また、Iceberg QuantumはDiraqの量子ビットを対象とするモデルで、15万個の物理量子ビットから1,000個の論理量子ビットを構成できるとの結果を得た。いずれもCUDA-Q Logicalの利用事例としてNVIDIAが公表したものであり、QUOPSの測定結果とは別の成果である。
QUOPSの公開は、米国防高等研究計画局のQuantum Benchmarking Initiativeが、2033年までに計算価値がコストを上回る実用規模の耐障害量子コンピュータを構築できるか検証している時期と重なった。同プログラムは20社の方式を評価し、11組織をStage Bへ進めている。新たなStage A募集の提案期限は2026年9月30日である。
もっとも、今回の直接測定は4プロセッサに限られる。比較対象にはQuantinuumの2機種が含まれ、同社の研究者はベンチマークの開発と論文執筆にも参加している。研究はサンディア国立研究所が主導したが、QUOPSが広く信頼される比較基準となるには、対象機種の拡大と、異なる研究機関による再現測定が重要になる。
QUOPSが測定するのは、任意角度の1量子ビット回転とCNOTゲートを中心とする特定のランダム回路である。こうした回路は一部の量子シミュレーションと共通する演算構造を持つが、すべてのアプリケーションを代表するわけではない。用途別ベンチマークや量子・古典ハイブリッド処理の評価と組み合わせて使う必要がある。
それでも、異なる量子ビット方式について、実行可能な回路規模と処理速度を同じ座標上に置くQUOPSは、従来の量子ビット数や個別のゲート性能とは異なる比較軸を提供する。今後、測定対象と独立検証が広がれば、量子コンピュータの進展をベンダー横断で追跡するための基盤の一つになり得る。
元記事: QUOPS: New Quantum Benchmark Compares Google, IBM, Quantinuum for First Time: All Trail by 100,000x