車輪型ロボット「KR1」、自動車部品の精密組み立てを実演―量産工程への適応を検証
2026年8月29日 18:56
LG Electronics傘下のBear Roboticsが買収契約を結んだKinisi Roboticsは、車輪型ロボット「KR1」による自動車部品の組み立てパイロットを英ブリストルの本社で進めている。顧客は社名を公表していない大手自動車メーカーで、クランクシャフト部品の取り扱いやベアリングシェルの挿入、位置合わせなどを試している。
現時点では自動車工場の量産ラインに導入された段階ではなく、品質や作業時間を示すデータも公表されていない。人間の実演から作業を学ぶKR1が、部品のばらつきを含む条件下でも安定して作業できるかが今後の焦点となる。
■クランクシャフト部品を扱うパイロット
今回のパイロットは、Kinisiのブリストル本社を取材した英メディアIZONが8月25日に報じた。Kinisiの創業者兼CEOであるBrennand Pierce氏によると、KR1はクランクシャフト関連部品を持ち上げ、ベアリングシェルを挿入し、部品の位置を合わせて押し込んだ後、次の工程へ移す一連の作業を実演している。
クランクシャフトは、エンジン内でピストンの往復運動を回転運動へ変換する部品である。ベアリングシェルは所定の位置に正しく収める必要があり、単に対象物を持ち上げて別の場所へ移す作業よりも、位置合わせや接触状態を考慮した制御が重要になる。
今回公開されたのは、Kinisi本社に設けられた試験環境での作業である。量産ラインで求められるサイクルタイム、連続稼働時の成功率、部品の個体差に対する対応力などは明らかになっていない。このため、実際の製造工程への導入可能性は、今後の検証結果によって判断されることになる。
Pierce氏はIZONに対し、顧客企業が世界各地の事業で自動化できる可能性のある作業を1万5,000件以上特定していると説明した。また、事業機会を約20億ドル(約3,200億円、1ドル=160円換算)と見積もった。ただし、これは契約額や確定した発注額ではなく、候補となる作業を広く自動化できた場合の試算である。
■人の実演から作業を学習
Kinisiは、KR1が人間による実演を利用して新しい作業を学ぶ仕組みを採用している。Bear Roboticsによると、同社の操作技術には、画像や言語の情報をロボットの動作につなげるVLA(Vision-Language-Action)モデルと、幅広い作業への応用を想定したRobot Foundation Modelが使われている。
実演による学習では、人間が行った作業の動きや対象物との関係をデータとして取得し、ロボットの制御方針を学習させる。作業ごとに一連の動作を細かく記述する従来型のプログラミングと比べ、導入準備を短縮できる可能性がある。
一方、自動車部品の組み立てでは、実演と同じ条件で一度作業できるだけでは十分ではない。部品の位置や寸法のわずかな違いに対応し、決められた時間内に一定の品質で繰り返せることが必要になる。今回のパイロットでは、実演から学んだ動作をこうした条件にどこまで適用できるかが重要になる。
Bear Roboticsは、KR1の学習機能として模倣学習、強化学習、コンピュータービジョンなどを挙げている。ただし、今回のベアリングシェル挿入における力の検出方法や、エンドエフェクターに搭載されたセンサーの詳細は公表していない。
■平坦な現場に合わせた車輪型
KR1は、人型の上半身と複数のアームを全方向移動可能な車輪型台車に載せたモバイルマニピュレーターである。二足歩行ではなく車輪を使うことで、倉庫や工場など平坦な床を持つ環境での移動に重点を置いている。
IZONの取材記事によると、KR1は高さ約162センチ、重量約100キロで、最大秒速2.4メートルで移動する。通常の産業用途では6~8時間稼働し、約90分でバッテリーを80%まで充電でき、最大10キロの物体を持ち上げられるとKinisiは説明している。
ただし、Bear Roboticsの現行製品ページでは、ペイロードや到達範囲、移動性能の一部が発売時に確定するとされている。公表されている数値には資料による違いがあるため、量産仕様や正式な販売条件は今後の発表を待つ必要がある。
車輪型は階段や大きな段差への対応では制約を受ける一方、平坦な工場や倉庫では、脚部の姿勢制御に計算資源や機構を割かず、移動と物体操作に重点を置ける。KR1は、この特徴を生かしてピッキング、配置、仕分け、搬送、組み立て支援などへの適用を目指している。
■Bear RoboticsがKinisiの買収契約を締結
Bear Roboticsは2026年6月22日、Kinisiを買収する正式契約を結んだと発表した。発表時点では取引の完了ではなく、Pierce氏が取引完了後にBear RoboticsのChief Robotics Officerとして加わり、統合後のエンジニアリング部門を率いる予定とされている。
Bear Roboticsは、Kinisiの車輪型ロボットと物体操作AIを、自社の自律移動技術やロボット運用基盤に組み込む方針だ。Kinisiは創業当初からBear Roboticsのナビゲーション技術を基盤として利用しており、買収によって両社の技術を一つのプラットフォームへ統合する計画である。
Bear Roboticsは、北米、欧州、アジアなどで1万6,000台を超えるサービスロボットを出荷したとしている。同社は、この導入・保守体制とKinisiの物体操作技術を組み合わせ、飲食店やホテルでの搬送に加えて、倉庫や工場における作業の自動化へ対象を広げようとしている。
Bear Roboticsの親会社であるLG Electronicsは、2024年3月に6,000万ドルを投じて同社株式の21%を取得した。LGはその後、追加取得の権利を行使して持ち分を51%に引き上げ、Bear Roboticsを子会社化した。LGの商用ロボット事業もBear Roboticsへ統合する方針が示されている。
■量産導入には品質と作業時間の検証が必要
自動車メーカーがロボットを量産工程へ導入するには、作業の成功率だけでなく、品質基準、サイクルタイム、保守性、安全性などを継続的に満たす必要がある。部品の寸法や配置、周辺環境が変化しても、作業結果が安定していることも求められる。
今回の実演では、KR1がクランクシャフト部品を扱い、ベアリングシェルを挿入する様子が示された。しかし、稼働時間当たりの処理数、組み立ての成功率、量産部品のばらつきを含む試験結果は公表されていない。
したがって、今回の発表は生産工程への採用決定ではなく、自動化候補となる作業について適用可能性を調べる段階と位置付けられる。今後、品質とサイクルタイムを満たすことが確認されれば、同じように物体の取り扱いや位置合わせを伴う作業へ展開できる可能性がある。
■物流から製造作業へ広がるか
Bear Roboticsの現行製品ページでは、KR1の主な機能として、物体のピッキング、配置、仕分け、搬送が挙げられている。組み立てや工作機械への部品供給なども応用分野として示されているが、詳細な性能値の一部は未確定である。
これまでBear Roboticsが展開してきたサービスロボットは、飲食店やホテルなどでの搬送を中心としていた。Kinisiの技術を加える狙いは、ロボットが目的地まで移動するだけでなく、アームを使って対象物を扱えるようにすることにある。
クランクシャフト部品を使った今回のパイロットは、こうした戦略を製造分野へ広げる初期の試みとなる。実演から作業を学ぶ仕組みが、量産現場の品質と速度に対応できるかどうかが、KR1の事業展開を左右する。
■注目ポイントQ&A
●今回、KR1は自動車工場へ導入されたのですか?
いいえ。公開されたのは、英ブリストルにあるKinisi本社で実施されているパイロットです。顧客は大手自動車メーカーとされていますが、社名や対象工場、量産ラインへの導入計画は公表されていません。
●「実演による学習」とは何ですか?
人間が行った作業の動きなどを記録し、そのデータからロボットの制御方法を学習させる手法です。動作を一つずつ細かくプログラムする方法に比べ、作業の設定を短縮できる可能性があります。ただし、部品のばらつきへの対応力や繰り返し精度は、実際の条件下で検証する必要があります。
●KR1はベアリングシェルが正しく収まったことを検知できますか?
今回の作業に使われるセンサーや判定方法の詳細は公表されていません。ベアリングシェルの挿入には位置合わせや接触状態の確認が重要ですが、KR1がその状態をどのように検出し、合否を判断しているかは明らかになっていません。
●20億ドルは受注額ですか?
受注額ではありません。Pierce氏が、顧客企業で自動化候補とされた1万5,000件以上の作業を基に示した事業機会の試算です。契約済みの金額や確定したロボットの発注台数を示すものではありません。
元記事: Kinisi KR1 Humanoid Starts Crankshaft Bearing Assembly for Major Global Automaker