『フォールガイ』の8.5回転はどう生まれたか、スタントを支える物理とオスカー新設

2026年8月26日 16:43

映画『フォールガイ』が、劇場公開から2年を経て再び視聴者を集めている。2026年8月24日には、配信動向を集計するFlixPatrolのNetflix世界映画ランキングで9位となった。本作が見せるのは、俳優の代わりに危険を引き受ける人物だけではなく、車両の挙動、落下時の姿勢、撮影方法まで組み立てるスタントチームの仕事である。

2025年には映画芸術科学アカデミーが、2027年公開作品を対象に「スタントデザイン賞」を新設し、2028年の第100回アカデミー賞から授与すると発表した。『フォールガイ』で描かれたスタントの設計と実演は、この仕事が創造性と技術判断を伴う映画制作の一部であることを読み解く材料になる。

■Netflixで再び注目される『フォールガイ』

デヴィッド・リーチ監督の『フォールガイ』は、ライアン・ゴズリング演じるスタントマン、コルト・シーバースを主人公とする2024年公開のアクション映画だ。世界興行収入は約1億8100万ドルに達したが、製作費は1億2500万〜1億5000万ドル規模と報じられ、劇場公開時には商業的な期待に届かなかった作品として扱われた。

その後、配信を通じて視聴の機会が広がり、FlixPatrolの集計では2026年8月24日にNetflixの世界映画ランキングで9位となった。ゴズリングをめぐっては、主演作『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に加え、2026年7月のサンディエゴ・コミコンでマーベル・スタジオ版『ゴーストライダー』への出演が発表されている。こうした話題が重なるなか、過去の出演作にも関心が向けられている。

ただ、本作の再評価を支える最大の特徴は、スタントパフォーマーを題材にするだけでなく、実際のスタントを映画の見せ場として前面に押し出した点にある。車両を横転させるキャノンロールや高所からの落下では、身体能力だけでなく、装置、速度、姿勢、着地点、カメラの位置まで含めた設計が映像を成立させている。

■8.5回転のキャノンロールを生んだ設計

本作を代表するスタントの一つが、シドニーのカーネルにある砂浜で撮影された車両のキャノンロールだ。ライアン・ゴズリングのスタントダブルを務めたローガン・ホラデイが、改造されたJeepグランドチェロキーを運転し、8.5回転を記録した。ギネス世界記録は、これを自動車による最多キャノンロールとして認定している。

キャノンロールでは、走行中の車体下部からピストン状の装置を地面に向けて作動させ、その反作用を車体の横転につなげる。『007/カジノ・ロワイヤル』の撮影でアダム・カーリーが記録した7回転を上回るためには、単に強い力を加えるのではなく、車速や車体の質量配分、装置を作動させるタイミング、砂浜の状態を組み合わせる必要があった。

物理的には、装置が車体へ与える回転方向の作用と、車体が持つ角運動量が回転のきっかけになる。その後は、地面との衝突や摩擦によってエネルギーを失いながら横転を続ける。装置の出力が大きすぎれば車体が必要以上に上方へ跳ね、前方への速度を失いやすい。低い軌道と速度を保つという発想は、水面で石を連続して跳ねさせる水切りにも重なる。

スタントデザイナーのクリス・オハラは、車両が特定の速度と角度、重量条件でどのように動くかを事前に検討したと説明している。ホラデイが運転した車両には外装としてグラスファイバー製ボディーが取り付けられ、撮影用車両の外観とスタントに必要な構造を両立させた。

ここにあるのは、運転技術だけに依存する考え方ではない。条件を設定し、試験し、結果を見て調整したうえで本番へ進むという、工学設計に通じる手順である。実演するドライバーの技能と、装置や車両を準備するチームの判断が組み合わさって初めて、8.5回転という映像が成立した。

■約46メートルの落下を支える訓練と衝撃緩和

もう一つの大がかりなスタントでは、ゴズリングのダブルを務めたトロイ・リンゼイ・ブラウンが、地上約150フィート、約46メートルの高さからエアバッグへ落下した。撮影ではプロペラ機のように見えるセットが大型クレーンの先端に取り付けられ、ブラウンはワイヤーを使わずに落下した。

空気抵抗を考えない単純計算では、46メートルを自由落下した物体の速度は着地直前に秒速約30メートル、時速約108キロに達する。実際のスタントでは姿勢や空気抵抗も影響するが、大きな運動量をどのように安全な範囲で減らすかが重要になる。

着地点に置かれた大型エアバッグは、接触した身体を急停止させるのではなく、変形と排気によって減速に使う時間と距離を確保する。運動量の変化が同じであれば、停止までの時間を長くするほど平均的な力は小さくなる。衝撃を一点に集中させない身体の向きや、エアバッグの中央へ入るための空中姿勢も結果を左右する。

ブラウンは本番前に、より低い位置から段階的に落下する訓練を重ねた。約46メートルからの落下は、その積み重ねの先にある実演だった。映像に映る数秒間の背後には、落下位置を管理するリギング、エアバッグの配置、風の確認、カメラとの連携を含むチーム全体の準備がある。

■スタントパフォーマーの頭部外傷リスク

スタントを支える技術が高度化する一方、負傷リスクへの対応は引き続き重要な課題だ。2023年に『Journal of Occupational and Environmental Medicine』へ掲載された探索的研究では、調査に回答した現役または元スタントパフォーマー216人のうち、173人に当たる80%が、キャリア中に少なくとも1回の頭部衝撃または頭部が強く振られる経験を報告した。

その173人のうち86%は脳振とうに似た症状を経験し、38%は少なくとも1回、脳振とうと診断されていた。65%は症状がある状態で仕事を続けたと回答した。研究は自己申告式の調査であり、すべての国や制作現場を代表するものではないが、スタント業務における頭部外傷の管理、報告、教育を検討する必要性を示している。

続く2024年の質的研究では、スタントパフォーマーが負傷を報告しやすくするための課題として、負傷報告への偏見を減らすこと、無理を容認する職場文化を改めること、職場環境の質を高めることが挙げられた。スタントを設計された専門業務として評価することは、映像上の功績だけでなく、安全管理をチームの正式な仕事として扱うことにもつながる。

■「スタントデザイナー」という新しいクレジット

『フォールガイ』では、クリス・オハラが映画作品として初めて「スタントデザイナー」のクレジットを受けた。従来の「スタントコーディネーター」が安全管理や人員、撮影進行を調整する役割として定着してきたのに対し、「デザイナー」という名称は、アクションの構想、動作、装置、撮影方法を組み立てる創造的な役割にも光を当てる。

映画のスタント部門は、スクリーン上では俳優が一連の動きを行っているように見せるため、切り替わりを目立たせない技術を磨いてきた。『フォールガイ』はその仕組みを隠すのではなく、スタントダブル、リガー、ドライバー、特殊効果担当者らの共同作業そのものを作品の題材にした。

社会学者ピエール・ブルデューが論じた象徴資本の考え方を重ねると、映画の価値を生み出す仕事と、その仕事に与えられる名声や制度的評価が必ずしも一致してこなかった構造が見えてくる。スタントの成果は映像に残る一方、観客が目にする俳優の身体表現として受け取られやすかった。

もっとも、スタントダブルの使用自体が秘密だったわけではなく、業界内にはスタントを表彰する賞やクレジットも存在してきた。今回の変化は、これまで評価されてこなかった仕事を突然発見したというより、スタントの設計責任をアカデミー賞の競争部門で正式に評価する枠組みが加わったことにある。

■2028年からアカデミー賞の競争部門に

映画芸術科学アカデミーは2025年4月10日、「スタントデザインにおける功績」を表彰する競争部門の創設を発表した。対象となるのは2027年公開作品で、最初の授賞は2028年に開催される第100回アカデミー賞で行われる。受賞資格や投票に関する詳細規則は2027年に発表される予定だ。

新部門の実現に向けては、『フォールガイ』のデヴィッド・リーチ監督やオハラらがアカデミーに働きかけた。2024年の第96回アカデミー賞では、ゴズリングとエミリー・ブラントがスタントコミュニティーをたたえる企画を担当している。

こうした活動は新部門創設に向けた複数の働きかけの一部であり、『フォールガイ』だけを直接の原因とみなすことはできない。それでも、スタントを題材とした大規模作品が、実演者だけでなく設計者や制作チームの役割を幅広い観客へ示した意義は大きい。

■スタントを「設計された映像」として見る

スタントの見どころは、危険の大きさだけではない。車両のキャノンロールでは、回転を始めさせる装置、車速、質量配分、路面、撮影位置が一つのシステムを構成する。高所落下では、訓練によって身につけた姿勢制御と、落下地点、エアバッグ、リギング、撮影チームの連携が必要になる。

この情報処理と設計の構造は、入力された条件を予測し、試験結果を基に調整し、狙った映像として出力する工学的な手順に通じる。数式だけで完成するものでも、身体能力だけで成立するものでもない。計算、経験、試験、実演を結び付けることがスタントデザインの核となる。

アカデミー賞の新部門と「スタントデザイナー」のクレジットは、こうした判断を誰が担い、どのように映像へ落とし込んだのかを示す機会になる。『フォールガイ』の8.5回転や約46メートルの落下は、アクション映画の一瞬が、多数の専門家によって設計された成果であることを映し出している。

■注目ポイントQ&A

●なぜ『フォールガイ』が2026年8月に再び注目されているのですか?

配信動向を集計するFlixPatrolでは、2026年8月24日にNetflixの世界映画ランキングで9位となりました。ライアン・ゴズリングの新作や『ゴーストライダー』出演発表が重なった時期でもありますが、これらが視聴増加を直接引き起こしたと示す公式データは公表されていません。

●キャノンロールで重要になるのは何ですか?

車速、車体の質量配分、装置の出力と作動タイミング、路面の状態を組み合わせることです。強い力を加えるだけでは狙った回転にならないため、試験と調整を重ねて条件を整えます。

●約46メートルの落下では、どのように衝撃を抑えるのですか?

大型エアバッグの変形と排気によって、身体が止まるまでの時間と距離を確保します。落下前には高さを段階的に上げた訓練を行い、空中姿勢や着地点への進入も調整します。

●『フォールガイ』がアカデミー賞の新部門を実現したのですか?

本作だけで実現したわけではありません。デヴィッド・リーチ監督やクリス・オハラらは新部門を求める活動に参加しましたが、創設はスタント業界による長年の働きかけを経て決定されたものです。

●スタントデザイン賞はいつから授与されますか?

2027年公開作品を対象として、2028年開催の第100回アカデミー賞から授与されます。受賞資格や投票方法などの詳細規則は2027年に発表される予定です。

元記事: Stunt Work Is Applied Physics: How The Fall Guy Ended a Century of Hiding It

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