IBM、Armとz/Architectureを同一コアで実行する2nmプロセッサ設計を発表
2026年8月26日 15:35
IBMは2026年8月24日、ArmのAArch64とIBMのz/Architectureを各コアでネイティブ実行できる、次世代IBM ZおよびLinuxONE向けプロセッサ設計をHot Chips 2026で発表した。
新プロセッサは11基の高性能コアを搭載し、2ナノメートル技術ノードで製造され、5.7GHzを超える周波数で動作する設計だ。Arm専用コアとIBM Z専用コアを別々に配置するのではなく、すべてのコアが両方の命令セットをハードウェアで直接解釈する。
IBMは将来のIBM ZとLinuxONEへの搭載を想定して開発を進めているが、製品名、発売時期、価格、対応ソフトウェア構成は発表していない。Arm向けソフトウェアが実際にどこまで無修正で利用できるかも、製品化に向けた検証点となる。
■各コアがArmとz/Architectureに対応
命令セットアーキテクチャ(ISA)は、プロセッサが理解して実行できる命令やレジスタ、データ形式などを定める仕様である。通常、異なるISA向けに作られたバイナリを別のISAのプロセッサで動かすには、再コンパイルや命令変換が必要になる。
IBMの新プロセッサは、IBM Zで使われるz/ArchitectureとArmの64ビット命令セットであるAArch64の双方を、同一コアに実装する。Intel製プロセッサのPerformanceコアとEfficientコアのように、異なる種類のコアを一つのダイに混載する構成とは異なる。
IBMフェローでシステム開発担当CTOのクリスチャン・ヤコビ氏は、ArmコアとIBM Zコアを別々に搭載する設計ではなく、Arm命令のサポートをメインフレームの各コアへ直接組み込んでいると説明した。
これにより、将来のIBM ZおよびLinuxONEでは、ArmネイティブLinux環境をz/OSやIBM Z向けLinuxと同じシステム内で稼働させられるようになる。ここでいう同時実行は、一つのプログラムの中でArm命令とz/Architecture命令を混在させることではなく、それぞれのアーキテクチャー向けに構成された実行環境をシステム内で共存させることを意味する。
■KVMを通じてArm仮想マシンを実行
Arm環境の実行には、Linuxのオープンソース仮想化基盤であるKVMが使われる。KVMがAArch64向けLinux仮想マシンを物理コアへ割り当てると、コアはArm命令を実行するモードへ移行する。
IBMは、ISAモードの切り替えがナノ秒単位で行われるとしている。報道された技術説明では約1ナノ秒とされているが、これは開発中のプロセッサについて示された値であり、製品環境における仮想マシン全体の性能を表すものではない。
Arm仮想マシンの実行を支援するため、s390命令セットには「Start Arm Execution」と呼ばれる命令も導入される。コア内部のISAモードを切り替え、AArch64向け仮想マシンの命令実行へ移行するための仕組みだ。
従来のIBM Z向けハイパーバイザーであるz/VMについては、今回説明されたArm実行環境には含まれていない。現在z/VM上でLinuxを運用している企業は、Arm機能を利用する場合にKVMをどのように組み込む必要があるのか、IBMの今後の製品構成や運用ガイダンスを確認する必要がある。
IBMは、z/VMからKVMへの移行が一律に必要になるとは発表しておらず、移行手順や対応時期も示していない。既存のz/VM環境を直ちに置き換える方針が明らかになったわけではなく、Armワークロードを追加する場合の構成が未確定となっている。
■既存の演算回路を共有しながらAArch64を実装
Hot Chips 2026で示された設計では、既存のIBM Zプロセッサーで培った演算回路やキャッシュ、障害検出機構をできるだけ共用しながら、AArch64に必要なデコーダーやデータ形式、仮想メモリー関連の回路を追加している。
分岐予測器は現行のTelum IIを基にした設計を利用する。整数演算やロード、ストアなどの主要な処理経路も両ISAで共有し、命令の表現が異なっていても共通の演算器へ処理を送る。
一方、命令を解釈するデコード部分は大幅に拡張された。IBMはArmが提供する機械可読形式のアーキテクチャー仕様を利用し、AArch64命令のデコード回路を生成する開発手法を採用した。
新プロセッサはAArch64 v9.3を実装し、SVEおよびSVE2を含む2792命令に対応する。SVEは、扱うデータ量に応じてベクトル長を変更できるArmのベクトル命令拡張で、AIや科学技術計算を含むデータ並列処理に利用できる。
演算回路にはFP16とBFloat16を処理する機能も組み込まれる。アドレス変換では既存のTLBを共有しながら、AArch64の仮想メモリー方式に対応するページテーブル探索機構を追加している。
AArch64は一般にリトルエンディアンで利用される一方、z/Architectureはビッグエンディアンを基本としている。このため、命令取得やデータの扱いでは、双方の環境を区別しながら既存回路を共有する設計が必要になる。
■Armソフトウェアの選択肢拡大を狙う
IBMがArm対応を進める背景には、クラウドネイティブやAI関連ソフトウェアの多くが、x86またはArmを主要な配布先としていることがある。
IBM Z向けLinuxでこれらのソフトウェアを利用するには、従来はs390x向けのビルドや移植、動作検証が必要になる場合があった。各ソフトウェアを個別に移植する方法だけでは、急速に拡大する開発エコシステムを網羅することが難しい。
IBM ZおよびLinuxONE担当の最高製品責任者であるティナ・タルキニオ氏は、すべての独立系ソフトウェアベンダーと連携し、あらゆる製品を個別に移植することは困難だと説明している。そこでIBMは、広範なArm向けソフトウェアを受け入れられるよう、プロセッサ側にAArch64を実装する方針を選んだ。
IBMによると、Armのソフトウェアエコシステムには世界で2200万人を超える開発者が参加している。この数字は、すべてのArm向けソフトウェアが新しいIBMプロセッサ上でそのまま動作することを保証するものではないが、IBMが接続を目指す開発基盤の規模を示している。
IBMはArm SystemReadyへの準拠を目指し、Arm向けLinuxとそのアプリケーションを無修正で実行できるバイナリ互換性を設計目標としている。もっとも、ISAへの対応だけでOS、ライブラリ、ドライバー、周辺機器、アプリケーションの互換性がすべて確定するわけではない。対応ディストリビューションや認証済みソフトウェアの範囲は今後示されることになる。
■z/VM利用企業は製品構成の確認が必要
z/VMは、IBM Z上でLinuxを含む複数の仮想マシンを運用するために長く利用されてきた。監視、管理、セキュリティー、バックアップなど、z/VMを前提とする運用ツールを導入している企業もある。
今回説明されたArm実行方式はKVMを前提としているため、z/VM専用の運用ツールがArm仮想マシンをそのまま管理できるとは限らない。IBM Z上の既存システムを維持しながらArm環境を追加する場合、KVM側の監視や権限管理、障害対応を既存の運用体系へどう統合するかが検討項目になる。
一方で、今回の発表だけから、IBMがz/VMを終了させる、または既存のz/VMワークロードをKVMへ移行させると判断することはできない。公表されたのは、開発中のArm実行機能がKVMを利用するという技術構成である。
導入を検討する企業にとっては、既存のz/VM環境とは別にKVM環境を設けられるのか、両者をどのように管理するのか、Arm機能を利用するためのライセンスやハードウェア構成がどうなるのかが重要になる。
■次世代Spyreアクセラレーターもプレビュー
IBMはHot Chips 2026で、次世代のSpyre AIアクセラレーターも公開した。Spyreは、IBM ZおよびLinuxONEでAI推論を高速化するためのアクセラレーターである。
次世代版はカード当たり96GBのHBM3eを搭載し、約4TB毎秒のメモリー帯域幅を備える設計だ。現行世代と比べて約20倍の帯域幅になると説明されている。
演算部分には16基の稼働用AIコアと1基の冗長コアを搭載する。FP4とMXFP4のデータ形式に対応し、PCI Express 6.0を通じたカード間通信機能も備える。
デュアルISAプロセッサとAIアクセラレーターを組み合わせることで、IBMは基幹トランザクションを処理するシステムの近くでAI推論を実行できる環境を構築しようとしている。Arm向けのAIソフトウェアをIBM ZやLinuxONEへ取り込みやすくし、システム内のAIアクセラレーターと連携させることが狙いとなる。
実際にデータ移動をどこまで減らせるかは、z/OS、Linux仮想マシン、ミドルウェア、AIアクセラレーターの接続方式によって変わる。IBMは、製品版におけるメモリー共有やソフトウェア連携の詳細をまだ公表していない。
■信頼性と既存アクセラレーターを両ISAで共有
IBMは、新プロセッサでもIBM ZとLinuxONEの信頼性、セキュリティー、暗号化、障害回復機能を維持する方針を示している。
設計には、データ経路や制御回路のエラーチェック、一時的な障害からの回復、故障したコアの切り離し、システムを停止せずに保守するための仕組みが含まれる。IBMは、こうした機能をArmワークロードにも適用することを目指している。
暗号処理、GZIP圧縮、AI推論、ソートなどを担うハードウェア機能は、Arm向けLinuxから標準的なLinuxデバイスとして利用できる構成が示されている。Armアプリケーションがこれらの機能を利用するには、対応するOS、ドライバー、ライブラリが必要になる。
可用性については、IBMが99.999999%、いわゆるエイトナインを設計目標として示している。単純計算では年間約0.32秒の停止時間に相当するため、約0.032秒とする説明は計算上正確ではない。実際の可用性はシステム構成や運用条件にも左右される。
■製品名と発売時期は未発表
新プロセッサを搭載するIBM ZおよびLinuxONEの正式な製品名は発表されていない。IBMの公式発表にも、出荷時期や価格、対応するOS、ライセンス条件は記載されていない。
一部報道では、IBMメインフレームの過去の製品更新間隔から2028年頃の登場が予想されている。ただし、これはIBMが示した発売予定ではなく、過去の製品サイクルに基づく見通しである。
タルキニオ氏は、プロジェクトが構想だけの段階ではなく、システム全体の開発が進んでいると説明した。一方、Arm対応がz/Architectureの終了を意味するとの見方は否定し、IBMには今後10年から15年にわたるハードウェアのロードマップがあるとしている。
今後の焦点は、Arm向けOSとアプリケーションの対応範囲、KVMを中心とする仮想化構成、z/VMとの運用上の関係、次世代Spyreとの連携、性能と消費電力、価格とライセンス条件である。IBMが今回示したのは開発中のプロセッサ設計であり、企業が実際に導入を判断するための詳細は今後の発表を待つ必要がある。
■注目ポイントQ&A
●デュアルISAプロセッサとはどのようなものですか?
二つの異なる命令セットアーキテクチャーをハードウェアで解釈し、実行できるプロセッサです。IBMの新設計では、11基の各コアがz/ArchitectureとArmのAArch64に対応します。
●一つのプログラムでArm命令とIBM Z命令を混在させられますか?
今回説明された仕組みは、そのような混在を目的とするものではありません。AArch64向けLinux仮想マシンと、z/OSやIBM Z向けLinuxを同じシステム内で稼働させる構成です。
●IBM ZとArmの実行モードはどのように切り替わりますか?
Arm環境はKVM上の仮想マシンとして実行され、KVMが仮想マシンをコアへ割り当てる際に対応するISAモードへ切り替えます。IBMは切り替えがナノ秒単位で行われると説明しています。
●現在z/VMを利用している企業はKVMへ移行する必要がありますか?
一律に移行が必要だとは発表されていません。ただし、今回説明されたArm仮想マシンの実行方式はKVMを利用するため、Arm機能を導入する際のシステム構成や運用方法を確認する必要があります。
●Arm向けLinuxアプリケーションはすべて無修正で動作しますか?
IBMは高いバイナリ互換性とArm SystemReadyへの準拠を設計目標としていますが、対応するOS、ライブラリ、ドライバー、周辺機器、アプリケーションの組み合わせは個別に検証する必要があります。
●このプロセッサを搭載したシステムはいつ発売されますか?
IBMは正式な発売日を発表していません。一部では2028年頃と予想されていますが、過去の製品更新間隔に基づく見通しであり、IBMの公式な発売予定ではありません。
元記事: IBM Dual-Architecture Mainframe Chip: Each Core Runs Arm and Z Native Code