米アンソロピック、IPO前に創業者の議決権強化を検討―信託主導の取締役会と重なる統治構造
2026年8月21日 23:55
米アンソロピック(Anthropic)が、新規株式公開(IPO)に向け、ダリオ・アモデイCEOを含む共同創業者に通常株より強い議決権を持つ株式を付与する準備を進めていると報じられた。具体的な議決権倍率やサンセット条項の有無は明らかになっておらず、計画が変更される可能性もある。
同社には、取締役の過半数を選任する長期利益信託(LTBT:Long-Term Benefit Trust)という独自の仕組みもある。創業者の議決権が強化されれば、一般株主が経営方針や取締役会の構成に及ぼせる影響は、通常の上場企業より限定的になる可能性が高い。
■創業者向けの複数議決権株式を準備か
The Informationは2026年8月18日、AnthropicがアモデイCEOら共同創業者のために、議決権を強化した種類株式を準備していると報じた。ブルームバーグも関係者の話として同様の計画を報じ、ロイターはThe Informationの報道を伝えた。Anthropicはロイターの取材に直ちに回答していない。
報道によると、Anthropicの経営陣が通常株を上回る議決権を持つのは初めてとなる。アモデイCEOの持分は約2%とされており、1株につき1議決権の仕組みでは、上場後に創業者が単独で大きな議決権を維持することは難しい。
創業者に通常株より多くの議決権を持たせるデュアルクラス構造は、上場後も長期的な経営方針を維持しやすくする手段として、米国のテクノロジー企業で採用例がある。一方、経済的な持分と議決権の割合が大きく異なるため、経営陣に対する一般株主の監督機能を弱めるとの批判もある。
米機関投資家協会(CII)は「1株1議決権」を望ましい原則とし、議決権に格差を設ける場合は、IPOから7年以内にその格差を解消する時限的なサンセット条項を設けるよう求めている。Anthropicが検討中とされる株式については、1株当たりの議決権数や失効条件などの詳細は開示されていない。
■取締役の過半数を選ぶ長期利益信託
Anthropicのガバナンスを特徴づけるのがLTBTである。2023年に公表されたこの信託は、経済的価値を持たないクラスT株式を通じて、同社の取締役を選任・解任する権限を持つ。
Anthropicは当初、LTBTが選任できる取締役数を段階的に増やし、最終的に取締役会の過半数に達する仕組みを説明していた。2026年4月には、LTBTがノバルティスCEOのヴァス・ナラシンハン氏を取締役に選任し、信託が選んだ取締役が7人の取締役会の過半数を占めたと発表している。
LTBTの受託者はAnthropicの株式を持たず、利益の分配も受けない。受託者は任務に費やした時間と業務に対する報酬のみを受け取り、既存の受託者がAnthropicと協議しながら新たな受託者を選ぶ。
2026年7月9日には、元米連邦準備制度理事会(FRB)議長のベン・バーナンキ氏が受託者に加わった。バーナンキ氏は2006年から2014年までFRB議長を務め、銀行と金融危機に関する研究により2022年のノーベル経済学賞を共同受賞している。
その後、受託者だったマリアーノ=フロレンティーノ・クエヤル氏が、2026年8月4日付でAnthropic初の最高国際渉外責任者に就任するため信託を退任した。LTBTは通常の手続きで後任を選ぶとしているが、8月19日時点で新たな受託者は発表されていない。
現在の受託者は、議長を務めるニール・バディ・シャー氏、リチャード・フォンテーン氏、バーナンキ氏の3人である。創業者向けの複数議決権株式が導入された場合、それぞれの権限がどのように組み合わされるかは、公開される登録届出書で確認すべき重要な論点になる。
■公益目的と株主利益を両立させるPBC
Anthropicは、デラウェア州法に基づくパブリック・ベネフィット・コーポレーション(PBC)である。PBCは営利企業である一方、株主の金銭的利益、企業活動から重大な影響を受ける人々の利益、定款に定めた公益目的を均衡させて経営することが求められる。
LTBTは、Anthropicが掲げる公益目的をガバナンスに反映し、資本市場からの短期的な圧力だけで経営方針が変化することを抑える仕組みとして設計された。創業者向けの複数議決権株式にも、上場後の外部株主からの圧力を緩和する狙いがあると報じられている。
こうした構造は、同社の使命を長期にわたって維持しやすくする一方、一般株主が保有比率に応じた影響力を行使しにくくする。株主がどの事項について投票できるのか、創業者株式が取締役選任や重要な企業行動にどう作用するのかは、現時点では十分に開示されていない。
一般株主の権限が完全に失われるとまでは確認できないものの、LTBTがすでに取締役会の過半数を選任していることに加え、創業者の議決権まで強化されれば、通常の株主投票だけで取締役会や経営方針を変更することは困難になると考えられる。
■詳細は公開版S-1が焦点に
Anthropicは2026年6月1日、普通株式のIPOに向けた登録届出書の草案を、米証券取引委員会(SEC)へ非公開で提出したと発表した。同社は、この手続きによってSECの審査後に上場する選択肢を得る一方、IPOの実施は市場環境などに左右されると説明している。売り出す株式数や価格も決まっていない。
Anthropicは同年5月、シリーズHで650億ドルを調達し、調達後の企業価値が9,650億ドルになったと発表した。日本円では、それぞれ約10兆3,350億円、約153兆4,350億円となる。ただし、これは1ドル=159円で単純換算した概算であり、実際の円換算額は為替相場によって変動する。
ブルームバーグによると、IPOではモルガン・スタンレーとゴールドマン・サックスが主幹事に選ばれ、JPモルガン・チェースも参加する見通しだ。協議は継続中で、上場時期や条件を含む詳細は変更される可能性がある。
フィナンシャル・タイムズは、Anthropicの投資家6者が、上場時の企業価値を2兆ドル以上と予想していると報じた。ただし、この数値は投資家側の試算であり、Anthropicの経営陣が設定した目標額ではない。
公開版のS-1には、監査済み財務諸表、リスク要因、株式の種類、議決権倍率、創業者株式の失効条件、LTBTのクラスT株式との関係など、投資判断に必要な情報が記載される見通しだ。それまでは、上場時期を含め、AnthropicのIPOと議決権構造には未確定の部分が残る。
■注目ポイントQ&A
●長期利益信託とは何ですか?
Anthropicの公益目的をガバナンスに反映させるための独立した信託です。経済的価値を持たないクラスT株式を通じて取締役を選任・解任する権限を持ち、2026年4月時点で信託が選んだ取締役が取締役会の過半数を占めています。
●現在の受託者は誰ですか?
2026年8月19日時点では、ニール・バディ・シャー氏、リチャード・フォンテーン氏、ベン・バーナンキ氏の3人です。マリアーノ=フロレンティーノ・クエヤル氏の退任後、後任は発表されていません。
●IPOで取得する株式には議決権がありますか?
一般投資家向け株式の議決権や投票対象の詳細は、公開版S-1が出ていないため確定していません。報道されている創業者株式とLTBTの権限を踏まえると、一般株主が取締役会の構成や重要事項を主導できる範囲は限定的になる可能性があります。
●創業者向け株式にはサンセット条項がありますか?
現時点では明らかになっていません。議決権倍率、失効までの期間、保有比率や譲渡に伴う転換条件なども開示されていません。
●IPOの時期や価格は決まっていますか?
決まっていません。AnthropicはS-1の草案を非公開で提出していますが、IPOは市場環境などに左右され、売り出す株式数と価格も未定だと説明しています。
元記事: Anthropic IPO Buyers Get No Board Control: Super-Voting Founders, Three-Member Trust Govern