AI競争は半導体だけではない―中国がデータを「生産要素」に組み込む制度設計、USCC報告が米議会に対応迫る
2026年8月21日 11:47
米議会の諮問機関、米中経済安全保障調査委員会(USCC)は8月18日、中国がデータを経済資源として取引、評価、金融活用するために整備してきた制度を分析したスタッフ報告書を公表した。
報告書は、先端半導体へのアクセスを制限する米国の輸出管理には一定の効果がある一方、AI競争を左右する要素は計算資源だけではないと指摘する。中国が企業データや産業データを流通させ、一定の条件を満たすデータ資源を会計上の資産として扱う仕組みを整えていることから、米国にも国家データ戦略や会計基準、国際標準への関与を検討するよう提起した。
■計算資源と並んで重要性を増す非公開データ
米国は2022年以降、中国による先端AI半導体や関連製造装置へのアクセスを制限してきた。こうした措置は中国のAI開発に影響を与えているが、USCCスタッフ報告は、長期的な競争力を考えるうえではデータの入手可能性も重要になるとみる。
Epoch AIが2024年に公表した研究では、現在の傾向が続く場合、AIモデルが利用する人間生成の公開テキストデータ量は2026年から2032年の間に利用可能な在庫と同程度に達すると推計された。この予測はデータ利用や技術進歩に関する前提に左右されるものの、企業の業務記録、産業設備の稼働ログ、センサーデータなど、公開ウェブから収集できないデータの価値を考える手掛かりになる。
中国の政策は、こうしたデータの収集だけでなく、加工、評価、取引、利用までを一つの経済基盤として整備しようとする点に特徴がある。半導体輸出規制とは異なる層で進む取り組みであり、AI競争を計算資源だけで捉えない視点を示している。
■「生産要素」として進めてきたデータ政策
中国は2016年の第13次5カ年規画でデータを「基礎的戦略資源」と位置づけ、2020年には土地、労働、資本、技術と並ぶ生産要素に加えた。その後、データの権利、流通、収益配分、ガバナンスに関する政策や、政府系データ取引所などの基盤整備を進めてきた。
国家データ局長の説明としてUSCCスタッフ報告が紹介した数字によると、2025年末時点で、相互接続されたデータ取引所、インフラ運営者、データ事業者は少なくとも4,000に達し、1万3,000件を超えるデータ製品・サービスを扱っていた。貴陽、深圳、上海、北京の主要取引所では、直近で確認できる年間取引額がそれぞれ10億元を超えたとされる。
もっとも、取引規模の数字には年間額と累計額が混在し、取引所に登録されただけの案件が含まれる場合もある。公的取引所を経由または登録した取引の比率は2021年の5%未満から2024年には約20%へ上昇したが、取引の中心はなお企業間の相対契約である。
データ品質にも課題が残る。報告書によると、2023年時点で政府のオープンプラットフォームに掲載されたデータの85%が不完全だった。民間企業には競争力の源泉となる社内データを政府主導の取引所へ出すことへの慎重姿勢があり、データの明確な所有権が確立していないことも取引の不確実性につながっている。
■条件を満たすデータ資源を資産として表示
中国財政部は2023年8月、「企業データ資源関連会計処理暫定規定」を公布し、2024年1月から適用した。この規定は、すべてのデータに独立した資産価値を認めるものではない。既存の企業会計基準に基づき、定義と認識要件を満たすデータ資源を無形資産または棚卸資産として処理し、財務諸表で表示・開示する方法を定めたものだ。
企業が内部で開発したデータ資源についても、研究段階の支出は発生時に費用計上し、開発段階の支出は所定の要件を満たす場合に限って無形資産として認識する。販売を目的として保有し、棚卸資産の定義と認識要件を満たすデータ資源は、棚卸資産として扱われる。
この仕組みにより、認識要件を満たしたデータ資源の帳簿価額を財務諸表に示せるようになった。規定には、担保に使用したデータ資源について帳簿価額などを開示する要件も盛り込まれている。
USCCスタッフ報告によると、2025年12月までに中国本土のA株上場企業136社が計上したデータ資産は合計38億元だった。2026年3月時点では、非上場企業など417社でもデータ資産の計上が確認されたという。ただし、取得原価を中心とする評価額がデータの将来収益や換金可能性を適切に表すとは限らず、評価手法は制度上の大きな課題として残る。
■担保融資とデータ関連ABSは分けて考える必要
データ資産を利用した金融取引は、まだ限定的な段階にある。報告書によると、少数の地方政府融資平台や企業が、バランスシートに計上したデータ資産の価値を担保とする銀行融資を受けた。
一方、データ資産関連の資産担保証券(ABS)は、データ自体を単純に担保として発行する仕組みとは限らない。返済原資となるキャッシュフローをまとめて証券化するもので、2026年5月までの累計発行額は200億元に達したとされる。
報告書は、その多くについて、データ資産が生む収入ではなく、別の債権や保証に返済を依存していたと指摘する。データ資産のみのキャッシュフローを返済原資とする初の案件は2026年5月に5億3,200万元で発行されたが、これにも国有金融会社の保証が付いていた。
中国当局は2026年6月、引受審査や評価の問題、地方政府融資平台による債務規制回避への懸念から、データ資産関連ABSの新規承認を停止したと報告されている。データを金融資産として扱う試みは始まっているものの、市場価格、収益性、担保価値を安定して評価する方法は確立途上にある。
■製造現場のデータとエンボディドAI
中国の製造業や物流施設では、設備の動作、物体の操作、移動経路など、物理世界との相互作用を記録したデータが生成される。こうしたデータは、ロボットなど現実の環境で動作するエンボディドAIを訓練する際の重要な入力となる。
報告書によると、北京、天津、上海、湖北などには国の資金が入ったロボット訓練拠点が設けられ、京東集団(JD.com)もエンボディドAI向けのデータ取引プラットフォームを開設した。中国のデータ政策は、収集した産業データを整理し、利用可能な形に加工して流通させるという情報処理の構造を持つ。
製造基盤がそのままAIの優位性を保証するわけではないが、現場から継続的にデータを取得できる環境と、それを評価・共有する制度を組み合わせる発想は、ロボティクス分野の競争を読み解く重要な補助線になる。
■IASBの見直しと世界データ機関
国際会計基準審議会(IASB)は2024年4月、無形資産を扱うIAS第38号の包括的な見直しに着手した。現在は、認識済み・未認識の無形資産に関して利用者が必要とする情報や、無形資産の定義、認識要件などを検討している。
中国財政部は2024年5月、IASBの新興経済国グループで自国のデータ資源会計を紹介した。ただし、IASBの見直しはデータ資産だけを対象としたものではなく、中国方式の採用が決まったわけでもない。IASBは初期段階の検討を踏まえ、IAS第38号に個別の改善を加えるか、さらに作業を進めるかを判断する。
中国では2026年3月30日、北京で世界データ機関(World Data Organization、WDO)が発足した。WDOは条約に基づいて拘束力のある規則を制定する機関ではなく、データの開発やガバナンス、規制交流、技術協力、産業連携を目的とする民間・非営利の国際組織と位置づけられている。
USCCスタッフ報告は、WDOが40カ国の企業、研究機関、金融機関、学術団体など200を超える会員を集めたとし、中国がデータ取引や相互運用性を巡る国際的な規範形成へ関与する基盤になると分析している。
■USCCスタッフ報告が米国に示した論点
報告書は米議会に対し、データを経済資産として扱う国家戦略の必要性を検討すること、米証券取引委員会(SEC)と財務会計基準審議会(FASB)にデータの会計処理を速やかに検討させることを提起した。
さらに、米連邦政府機関が保有する農業、地質、保健研究などのデータを棚卸しし、その価値を評価することや、同盟国・パートナーとともにデータ取引と相互運用性の国際標準づくりへ関与することも挙げている。
米国会計基準にはデータに特化した包括的な会計指針がなく、内部で生成した無形資産の支出は、例外を除いて発生時に費用処理される。IFRSでは一定の要件を満たす開発費を資産計上できるため、米国基準とIFRSを一括して「内部生成データを一切資産計上できない」と説明するのは正確ではない。
中国でも、資産計上されたからといってデータの市場価値、換金可能性、担保価値が自動的に確立するわけではない。それでも、データを収集するだけでなく、会計、評価、取引、金融、産業利用まで連結しようとする制度設計は、AI競争が半導体以外の層でも進んでいることを示している。
なお、この文書はUSCCスタッフが委員会の審議を支援するために作成した調査報告であり、公表自体が委員会や各委員による見解・結論への支持を意味するものではない。
■注目ポイントQ&A
●中国では、保有するデータをすべて資産計上できますか?
できません。既存の中国企業会計基準が定める定義と認識要件を満たすデータ資源に限られます。内部開発したデータ資源も、研究段階の支出は費用処理し、開発段階の支出は所定の条件を満たす場合に資産として認識します。
●データ資産を計上すれば、必ず融資の担保にできますか?
必ず担保にできるわけではありません。少数の融資事例は報告されていますが、実際の融資判断にはデータから得られる収益、権利関係、換金可能性、評価の信頼性などが関係します。
●データ資産関連ABSは、データそのものを担保にした証券ですか?
必ずしもそうではありません。報告書によると、多くの案件はデータ由来の収入だけでなく、別の債権や外部保証にも返済を依存していました。データ資産のキャッシュフローだけに基づく初期案件にも国有金融会社の保証が付いていました。
●IASBは中国方式の採用を検討しているのですか?
IASBはIAS第38号を幅広く見直していますが、中国方式の採用を決めたわけではありません。中国財政部は自国の制度をIASBの新興経済国グループで紹介しており、USCCスタッフ報告は米国も早い段階から議論に関与すべきだと提起しています。
●半導体規制よりデータのほうが重要なのですか?
どちらか一方だけで決まるものではありません。半導体はAIの学習と運用を支える計算資源であり、データはモデルが学習するための入力です。報告書は、半導体へのアクセスだけでなく、企業・産業・物理世界のデータを取得して利用する基盤も競争力を左右すると分析しています。
元記事: China Gave Firms Loan Collateral for Collecting More Data: USCC Urges Congress