『ブラックリスト』のDNA偽装はどこまで現実的か―2009年の研究が示した法医学鑑定の死角

2026年8月20日 21:55

犯罪サスペンスドラマ『ブラックリスト』では、国際的な犯罪者レイモンド・レディントンがFBIに出頭し、犯罪者の情報を提供する見返りとして刑事免責を求める。作中には大胆な科学犯罪も数多く登場するが、その着想には、現実の法医学や捜査制度で確認されてきた問題と重なる部分がある。

代表例が、DNA証拠を利用して別人の死を偽装するシーズン1のエピソードと、犯罪者を情報源として使うFBIの制度だ。いずれも劇中用に大きくアレンジされている一方、証拠や情報提供者を過信した組織が判断を誤るという共通構造を持っている。

■「錬金術師」のDNA偽装と現実の法医学

シーズン1第12話「錬金術師」では、身元を消したい依頼人と容姿の似た人物を拉致し、歯科記録を一致させる処置を施したうえで、依頼人のDNAを利用して遺体の身元を偽装する犯罪者が登場する。遺体から依頼人のDNAが検出されれば、依頼人は公的には死亡したものとして扱われるという計画だ。

DNAを他人の血中に入れても、その人物を構成する細胞のゲノムが依頼人のものに置き換わるわけではない。このため、作中の手口を人体全体の遺伝的な書き換えとして説明することはできない。

一方で、採取される血液や唾液、物体表面の試料に別人のDNAを混入させ、検査結果を誤った方向へ導くという発想には、現実の法医学研究との接点がある。重要なのは人体そのものを変えることではなく、鑑定に提出される試料と、そこから得られるDNA型を操作するという情報処理の構造だ。

2009年、イスラエルのNucleixに所属していたダン・フラムキンらは、人工的に増幅または構成したDNAを使い、血液や唾液、物体表面から採取したように見える模擬試料を作製した研究を発表した。研究では、一般的なDNA型鑑定によって人工DNAから完全なプロファイルが得られ、天然由来のDNAとの違いが通常の検査結果に現れない場合があることが示された。

研究チームは同時に、天然DNAと試験管内で増幅されたDNAの違いを、DNAのメチル化状態から判定する認証法も提案した。つまり、この研究が示したのはDNA鑑定全般が無力だということではなく、DNA型の一致だけでは試料がどのように作られたかまで確認できないという問題である。

一般的な法医学DNA型鑑定では、STRと呼ばれる反復配列が存在する複数の領域を調べ、試料と人物との対応を統計的に評価する。これは個人識別に有用な手法だが、人工的に作られたDNAかどうかを判定する検査とは目的が異なる。

「錬金術師」のエピソードが放送されたのは2014年1月であり、鑑定対象となる試料を人工DNAで操作できるという研究報告は、その約5年前に公表されていたことになる。劇中の人体へのDNA注入とは仕組みが異なるものの、分析装置が示す一致を捜査側が信頼し、試料の来歴を見落とすという展開には、研究が指摘した法医学上の死角を重ねられる。

■レディントンの取引とFBI情報提供者制度

レディントンは、FBIが把握していない犯罪者の情報を提供し、自らも捜査に関与する代わりに刑事免責を要求する。継続的な犯罪活動まで広く黙認されるような劇中の取り決めは、現実のFBI制度をそのまま再現したものではない。

FBIには、継続的に有用な情報を提供する人物を秘密人的情報源、CHSとして運用する制度がある。情報源による一定の違法行為が捜査上必要と判断される場合にも、書面による承認や範囲の指定、記録、継続的な適格性審査などが求められる。FBI自身が情報源に免責を約束することも、司法長官指針で禁じられている。

それでもレディントンという人物の着想には、現実の犯罪者が影響を与えている。ショーランナーのジョン・アイゼンドレイスは2013年のインタビューで、ボストンの犯罪組織幹部ジェームズ・“ホワイティ”・バルジャーの逮捕が番組の構想を形作ったと説明した。バルジャーのような人物が自ら出頭し、条件と引き換えに犯罪者の情報を提供すると申し出たらどうなるか、という問いが作品の出発点の一つになった。

バルジャーは1975年からFBIの情報提供者として扱われ、担当捜査官ジョン・コノリーらとの関係を利用して、自身への捜査をかわしながら対立勢力に関する情報を提供した。コノリーはバルジャーらに捜査情報を漏らし、犯罪を隠すために虚偽の報告を作成したことなどで、2002年に連邦の組織犯罪関連罪などについて有罪判決を受けた。さらに2008年には、情報漏えいが殺人につながったとされた事件で第2級殺人罪の有罪判決を受けたが、2026年には新たに開示された資料を根拠として、その判決の取り消しを求める申立てが行われている。

FBIによる情報提供者の不適切な保護は、バルジャーとコノリーの関係だけにとどまらなかった。米下院政府改革委員会が2004年に公表した報告書は、ニューイングランドでFBIが殺人に関与した情報提供者を保護し、無実の被告に有利な証拠を開示しなかった問題を、連邦法執行史上でも重大な失敗の一つと位置付けた。

1965年のエドワード・ディーガン殺害事件では、情報提供者を守る目的で捜査資料が適切に共有されず、ピーター・リモーン、ジョセフ・サルバティ、ヘンリー・タメレオ、ルイス・グレコらが不当に有罪とされた。連邦裁判所は2007年、元受刑者と遺族らに総額約1億175万ドルの賠償を認めた。

これらの事件は、一人の犯罪者に特別な保護を与えたことだけでなく、情報源から得られる成果を重視するあまり、組織が情報の信頼性や捜査官との関係を十分に検証できなくなった問題を示している。司法省監察総監が2005年に公表した調査でも、確認対象となった機密情報提供者ファイルの多くで、司法長官指針への違反が見つかった。

レディントンは、この暗い歴史をそのまま再現した人物ではない。彼が持つ情報はしばしば捜査を成功へ導き、FBI特別捜査班との関係も、相互利用と信頼の間で揺れ動く物語として描かれる。それでも、犯罪を取り締まる組織が犯罪者の知識に依存し、その人物をどこまで制御できるのかというドラマの中心的な問いは、米国の情報提供者制度が現実に抱えてきた問題と重なる。

■犯罪プロファイリングをどう読み解くか

エリザベス・キーンはFBIのプロファイラーとして登場し、犯罪現場や行動の特徴から犯人像を組み立てる。こうした犯罪捜査分析は現実の捜査でも用いられているが、物的証拠や聞き込みなどに代わって犯人を特定する手段ではなく、捜査の方向を考えるための補助的な情報として位置付けられる。

犯罪プロファイリングをめぐっては、その分類法や予測精度に対する学術的な批判もある。とりわけ、犯行を計画的な「秩序型」と衝動的な「無秩序型」に分ける古典的な類型については、現実の事件が二つの集団へ明確に分かれるという前提を実証研究が十分に支持していないと指摘されてきた。

英国の心理学者デイヴィッド・キャンターらは、直感や固定的な犯人像に依存するのではなく、多数の事件で観察された行動を統計的に分析する捜査心理学を発展させた。この立場では、犯罪現場の特徴と犯人の属性との関係を、検証可能な仮説として扱う。

『ブラックリスト』が加えた興味深い補助線は、制度の外側にいるレディントンの知識と、キーンが身につけた捜査手法を対比させた点にある。レディントンは犯罪者の人間関係や利害を内部から理解し、キーンは証拠と行動の分析から犯人を追う。両者の方法は科学的な優劣を示すものではなく、異なる情報源を組み合わせることで捜査が進む物語上の構造になっている。

同時に、レディントンの洞察を信頼しすぎれば、FBIは彼が選んだ相手だけを追うことになる。この危うさは、DNA型の一致を試料の真正性まで保証するものとして扱う問題とも通じる。『ブラックリスト』は、強力な情報や分析結果を得た組織が、その出所や目的をどこまで問い続けられるかを繰り返し描いた作品だ。

■全10シーズンが日本のNetflixで配信

『ブラックリスト』は2013年9月に米NBCで放送を開始し、2023年7月13日のシリーズ最終回まで、全10シーズン、218話が制作された。シーズン10が最終シーズンであり、物語は完結している。

2026年8月19日時点では、日本のNetflixで全10シーズンが配信されている。米国向けサービスのPeacockに関する配信情報は、日本国内の視聴方法には該当しないため、利用時には日本向けサービスの表示を確認する必要がある。

■注目ポイントQ&A

●法医学のDNA証拠は実際に偽装できるのですか?

人工的に増幅または構成したDNAを血液や唾液などの模擬試料に加え、一般的なDNA型鑑定で別人のプロファイルを示させた研究があります。ただし、これは人体の遺伝情報を書き換える技術ではありません。試料の来歴を確認する検査や、DNAのメチル化状態などを調べる認証法によって、人工DNAを識別できる可能性も示されています。

●レディントンのような包括的な免責取引は実在しますか?

劇中のように、FBIが情報提供者の継続的な犯罪を広範に黙認し、独自に包括的な免責を約束する制度ではありません。実際の秘密人的情報源には適格性審査や記録、違法行為に対する事前承認などの規則があり、FBIが免責を確約することも禁じられています。一方、情報提供者と担当捜査官の関係が腐敗し、制度が犯罪者に利用された事例は実際にあります。

●犯罪プロファイリングだけで犯人を特定できますか?

犯罪プロファイリングは、捜査対象を絞り込んだり、行動上の仮説を立てたりするための補助手段です。固定的な犯人類型や直感に基づく予測には科学的な批判があり、物的証拠や目撃情報などと組み合わせて扱う必要があります。

●「錬金術師」は2009年の研究を基に制作されたのですか?

制作陣が2009年のNucleixの研究を直接参照したことを示す資料は確認されていません。放送の約5年前に、人工DNAを使った試料が一般的な鑑定で天然DNAと区別されない場合があると報告されていたため、結果として共通する着想が先に研究で示されていたと捉えるのが適切です。

元記事: The Blacklist’s DNA Plot Was Proven Real in 2009: Scientists Beat Fiction by Five Years

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