印タタ・サンズ会長選びが難航、信託の機能停止で半導体・航空戦略の継承に不透明感
2026年8月15日 16:39
インド最大級のコングロマリット、タタ・グループの持株会社であるタタ・サンズのN・チャンドラセカラン会長は、2027年2月に任期を終えた後、3期目の続投を求めない意向を取締役会に伝えた。後継者を選ぶ委員会では主要株主である二つの信託による共同指名が必要だが、その一方が規制当局から理事会の開催を禁じられており、正式な選定手続きは法的な障壁に直面している。
次期会長は、グジャラート州で建設中の半導体工場、急拡大した電子機器製造事業、Air Indiaの再建など、多額の資金を必要とする事業を引き継ぐ。チャンドラセカラン氏の任期は2027年2月20日まで残されているものの、選定委員会の発足が遅れれば、後継者の選定と引き継ぎに使える期間は短くなる。
■後継選定を阻む信託機関の機能停止
直接の発端は、2026年2月24日の取締役会で、チャンドラセカラン氏の任期延長について全会一致の支持が得られなかったことにある。同氏は8月12日、全取締役の一致した支持がないことを理由に、再任を求めないと表明した。
より大きな問題は、タタ・サンズの株式を約24%保有するサー・ラタン・タタ信託(SRTT)が、マハラシュトラ州慈善委員会から理事会の開催を禁じられていることだ。SRTTとサー・ドラブジ・タタ信託(SDTT)は、合わせてタタ・サンズの支配株主を構成している。
問題となっているのは、2025年の法改正で導入された、公共信託における終身理事などの人数を理事全体の4分の1以下に制限する規定だ。SRTTの理事構成がこの上限に抵触しているとの申し立てを受け、慈善委員会は2026年5月15日、調査が行われている間の理事会開催停止を命じた。
タタ信託側は、この命令が事前通知や意見を述べる機会のないまま出された一方的なものだと主張している。SDTTは8月13日に後継者選定手続きの開始を決議したが、タタ・サンズの定款では、選定委員会のうち信託側が指名する委員についてSRTTとSDTTが共同で手続きを行う必要がある。このため、SDTT単独の決議だけでは委員会を完成させられない。
タタ信託は、慈善委員会への緊急審理の要請やボンベイ高等裁判所への申し立てなど、SRTTが必要な手続きに参加できるようにするための法的措置を検討していると報じられている。SRTTに対する命令は、後継選定に加え、承認待ちとなっている約40億ルピーの慈善助成にも影響している。
■8月18日の株主総会にも不透明感
タタ・サンズは8月18日に定時株主総会を開く予定で、議案にはチャンドラセカラン氏の取締役再任が含まれている。会長としての任期を更新しないことと、取締役としての再任は別の手続きである。
タタ・サンズの定款では、一定の持株比率を維持している場合、株主総会の定足数を満たすためにSRTTとSDTTが共同指名した代表者の出席が求められる。SRTTが共同指名に参加できなければ、株主総会が定足数を満たせず延期される可能性がある。
延期された場合、定款上は総会を改めて招集する手続きが取られる。それでも会議を成立させられなければ、会社登記当局を含む関係機関による対応が必要になる可能性がある。8月18日の総会だけで後継問題が解決するとは限らない。
■半導体工場は90nmと55nmから段階的に立ち上げ
次期会長が引き継ぐ事業のなかでも、特に重要なのがグジャラート州ドレラに建設中の半導体受託製造工場だ。タタ・エレクトロニクスは台湾のPowerchip Semiconductor Manufacturing Corporation(PSMC)と提携し、総投資額9,100億ルピー超、月産5万枚規模の300mmウエハー工場を建設している。
タタ・サンズの年次報告書や過去の対外説明では28nmプロセスが強調されていた。一方、2026年7月の報道によると、工場の商業生産は55nmと90nmの成熟プロセスから始まり、その後28nmを導入する計画だとタタ・エレクトロニクスは説明している。同社は、工場全体として28nmから110nmまでの製造能力を計画しており、28nmも主要な提供技術に含まれるとしている。
商業生産の開始は2028年半ばになると報じられている。90nmや55nmは、産業機器、電源管理、車載機器などに使われる成熟した製造技術である。28nmは通信機器、民生機器、車載分野など、より幅広い用途を持つ。どの段階で28nmの量産能力を立ち上げられるかが、工場の競争力を左右する。
インド政府は2026年7月15日、1兆2,750億ルピー(約133億ドル、約2兆1,147億円、1ドル=159円換算)を投じる「Semicon 2.0」を承認した。半導体の設計や製造だけでなく、製造装置、材料、特殊ガス、先端パッケージ、研究開発、人材育成を含む国内供給網の構築を支援するプログラムである。
次期会長は、ドレラ工場を予定どおり立ち上げ、成熟プロセスから28nmへ段階的に展開するための資金配分と運営体制を判断することになる。
■急成長するタタ・エレクトロニクスと情報管理の課題
タタ・エレクトロニクスの2026年3月期の売上高は1兆3,108億2,000万ルピーに達し、設立から約4年でタタ・グループ内の売上高第4位の企業となった。従業員数は8万6,466人で、営業損益は損益分岐点に達したとタタ・サンズは説明している。
同社はWistronのインド事業を取得し、Pegatron Technology Indiaへの支配権も獲得することで、Apple製品の組み立て事業を拡大してきた。タタ・サンズの年次報告書によると、2025年には世界的なスマートフォンメーカーが生産した端末の12%を製造した。
一方、2026年6月には、ランサムウェア集団がタタ・エレクトロニクスから盗んだとする20万件超、約630GBのファイルをダークウェブ上で公開した。流出資料には、未発表のiPhone 18 Proシリーズに関係するとみられる部品と供給企業の対応情報や、試験中の端末写真などが含まれていたと報じられている。ただし、公開されたすべての資料の真正性が独立して確認されたわけではない。
タタ・エレクトロニクスは一部システムでサイバーセキュリティ上の問題を確認し、機密システムへのアクセス制限や外部専門家による調査を進めたと説明している。製造事業と半導体事業が拡大するなか、顧客企業の設計や供給網に関する機密情報を保護する体制も、次期経営陣の重要課題となる。
■巨額損失が続くAir Indiaの再建
財務面で最大の課題となっているのがAir Indiaだ。タタ・グループが2022年に同社を政府から取得して以降、Air Indiaが計上した損失は累計で5,800億ルピーを超えたと報じられている。
2026年3月期のAir Indiaの損失は2,223億8,000万ルピー(約23億ドル、約3,657億円、1ドル=159円換算)に拡大した。前年度の損失は1,085億9,000万ルピーだった。
業績には、2025年6月12日に発生し、地上の犠牲者を含めて260人が死亡したAI171便の墜落事故に加え、西アジア情勢による航空燃料価格の上昇や領空閉鎖、為替変動などが影響した。チャンドラセカラン氏は、Air Indiaの再建には5年から10年を要するとの見方を示してきた。
Air Indiaは2026年8月5日、Ethiopian Airlines Groupの元最高経営責任者であるテウォルデ・ゲブレマリアム氏を、新たなCEO兼マネージングディレクターに任命した。キャンベル・ウィルソン氏の後任として、同社の再建、運航の安定、安全性、収益改善を担う。タタ・サンズの次期会長は、新CEOによる長期的な再建計画をどこまで支え続けるか判断することになる。
■後継候補と統治構造が生む摩擦
Bloombergなどが伝えた関係者の話によると、内部候補の一人として注目されているのが、タタ・スチールのTV・ナレンドランCEO兼マネージングディレクターだ。1988年にタタ・グループへ入り、鉄鋼市況の変動や債務問題に対応してきた経験を持つ。
このほか、タタ・パワーのプラビール・シンハCEO、タタ・モーターズ乗用車部門を率いるシャイレーシュ・チャンドラ氏、タタ・ケミカルズのラマクリシュナン・ムクンダン氏らの名前も報じられている。タタ・サンズのサウラブ・アグラワル最高財務責任者もグループ内部への理解が深い人物だが、大規模な事業会社を率いた経験は限られている。
いずれも正式な候補者として発表されたわけではなく、選定委員会もまだ発足していない。委員会は候補者を推薦し、最終的な会長任命はタタ・サンズ取締役会が行う。
2024年10月9日のラタン・タタ氏の死去後、ノエル・タタ氏がタタ信託の会長に就任した。ただし、タタ・サンズの定款は、主要なタタ信託の会長とタタ・サンズ会長の兼任を禁じており、ノエル・タタ氏が両方の役職を同時に務めることはできない。
タタ信託は全体でタタ・サンズ株の約66%を保有する一方、タタ・サンズ傘下にはTCS、タタ・モーターズ、タタ・スチールなどの上場企業がある。慈善信託が持株会社の支配株主となり、持株会社が多数の事業会社を統括する独特の構造である。
ラタン・タタ氏は個人的な権威によって信託と持株会社の間を調整してきた。しかし、現在は二つの会長職が明確に分離されており、双方の協力がなければ重要な意思決定が停滞しやすい。チャンドラセカラン氏は退任を表明した書簡で、2月の取締役会から約6カ月たっても解決に至っていないとし、重要事業が節目を迎えるなかで経営の明確性が必要だと訴えた。
■拡大した業績と残された大型投資
チャンドラセカラン氏の在任中、タタ・グループは大きく拡大した。2026年3月期のグループ企業の合計売上高は前期比7.8%増の16兆2,403億ルピー、税引き後利益は51.9%増の1兆7,052億5,000万ルピーとなった。タタ・サンズ単体の売上高は4,236億7,000万ルピー、税引き後利益は3,196億1,000万ルピーだった。
タタ・エレクトロニクスの急成長や半導体事業への参入、Air Indiaの統合、電気自動車やデジタル事業への投資は、グループの事業構成を大きく変えた。一方で、Air India、タタ・デジタル、タタ・エレクトロニクスなどの新規・再建事業は、なお多額の資金を必要としている。
次期会長には、半導体と電子機器製造への投資を続けながら、Air Indiaの損失を抑え、グループ全体の資本配分を管理する役割が求められる。後継選定の停滞は、単なる人事問題にとどまらず、インドの半導体政策や世界規模の電子機器供給網、航空事業にも影響し得る統治上の問題となっている。
■注目ポイントQ&A
●タタ・サンズの次期会長の有力候補は誰ですか?
報道では、タタ・スチールのTV・ナレンドランCEO兼マネージングディレクターが有力な内部候補の一人とされています。タタ・パワーのプラビール・シンハ氏、タタ・モーターズ乗用車部門のシャイレーシュ・チャンドラ氏、タタ・ケミカルズのラマクリシュナン・ムクンダン氏らの名前も挙がっています。ただし、正式な候補者は発表されておらず、選定委員会もまだ発足していません。
●なぜサー・ラタン・タタ信託の理事会が停止されているのですか?
マハラシュトラ州慈善委員会が、終身理事などを理事全体の4分の1以下とする法改正にSRTTの理事構成が抵触しているとの申し立てを受け、調査中の理事会開催停止を命じたためです。SRTTはSDTTと共同で後継者選定委員会の委員を指名する立場にあるため、停止命令が選定手続きを妨げています。
●ドレラ半導体工場は28nmを取りやめたのですか?
28nmを取りやめたと公式に発表されたわけではありません。タタ・エレクトロニクスは、工場では28nmから110nmまでの技術を扱い、商業生産は55nmと90nmから始めた後、28nmを導入する計画だと説明しています。商業生産の開始は2028年半ばと報じられています。
●タタ信託とタタ・サンズの統治構造はなぜ摩擦を生みやすいのですか?
SRTTやSDTTなどのタタ信託がタタ・サンズ株の約66%を保有する一方、定款では信託の会長とタタ・サンズ会長の兼任が禁じられています。このため、信託側と持株会社側の意思決定者が協力できなければ、人事や重要案件の決定が停滞する可能性があります。
元記事: Tata Sons Faces Dual Crisis: Regulator Blocks Succession as Chip Bets Falter