Instagramで他人を模したAI画像を生成できる新機能が物議―Metaが96時間で廃止に追い込まれた背景
2026年7月14日 14:52
MetaがInstagramなどで導入した新しいAI画像生成機能「Muse Image」が、公開からわずか96時間で急遽廃止に追い込まれた。この機能は、ユーザーの事前同意なしに他人の容姿を模したAI画像を誰でも生成できる仕様になっており、業界団体や規制当局から猛反発を浴びた。機能自体は削除されたものの、ユーザーのコンテンツ利用を許可する設定項目は依然として有効なまま残されており、プライバシー保護を巡る懸念が続いている。
■わずか96時間で廃止された「Muse Image」とその仕組み
Metaは2026年7月7日(火曜日)に「Muse Image」をローンチしたが、同週の金曜日(7月10日)には早くもその機能を廃止することとなった。これは同社の歴史において、最も短期間で製品をめぐる論争が勃発し、撤退に至ったケースの一つである。
この機能は、公開アカウントを持つ大人のInstagramユーザー全員が自動的に対象となっていた。第三者がプロンプトに「@」に続けてアカウント名を入力するだけで、そのユーザーの公開写真を参照し、その人物の容姿を模したAI画像を生成できるというものだった。アカウント所有者への通知や同意を求めるプロセスはなく、すでに生成された画像を削除する仕組みも用意されていなかった。
この機能に対し、約16万人を擁する米俳優組合(SAG-AFTRA)や、ハリウッドの著名人が所属するクリエイティブ・アーティスト・エージェンシー(CAA)、さらにはインドの電子情報技術省(MeitY)が猛抗議を展開。Metaは7月10日に機能の削除を発表せざるを得なくなった。しかし、その裏にある設定の切り替えスイッチ(トグル)は今もアプリ内に残されている。
Muse Imageは、Meta Superintelligence Labsが初めて一般公開した画像生成モデルである。同部門を率いるのは、Scale AIの創設者でもあるアレクサンダー・ワン氏だ。Metaはこのモデルを、スケッチや注釈による写真編集、不要な人物の消去、画像内への文字入れ、スキャン可能なQRコード生成などが対話型プロンプトで行える画期的なツールと位置づけていた。
技術的には、一般的なテキストから画像を生成するモデルとは異なる。一般的なモデルはテキストをエンコードしてノイズを除去し、ピクセルにデコードするという一方向の処理を行う。一方、Muse Imageは生成コアを「エージェント層」で包み込み、ピクセル生成の前後で推論を行う。ウェブ検索やコード実行などの外部ツールを呼び出し、自ら下書きを修正(自己洗練)する。Metaのブログによると、この自己洗練の挙動は意図的に設計されたものではなく、強化学習の過程でより高評価の画像を生成するために自発的に現れたものだという。
この機能は、Meta AIアプリ、米国のInstagramストーリーズ、一部の海外市場のWhatsAppで展開され、FacebookやMessengerへの導入も間近とされていた。しかし、他人の公開写真を推論時に参照してその人物の容姿を再現する「@-メンション」機能が、大きな問題を引き起こすこととなった。
■「オプトアウト」方式の限界とプライバシーの懸念
Muse Imageの展開手法は、批判を受けるべくして受ける構造になっていた。Metaが用意したオプトアウト(拒否設定)は、アプリの「設定」から「シェアと再利用」、そして「コンテンツの再利用を許可する」へと深く進まなければアクセスできない。プライバシー研究者のダニー・ブラッドベリー氏はMalwarebytesのブログで、この設定は過去に遡及しないと指摘している。つまり、設定をオフにしても、それ以前に生成されてしまったAI画像はネット上に残り続ける。
さらに、機能ローンチ時点でこのオプトアウト設定がアプリ上に表示されていなかったユーザーもおり、回避手段がないまま機能だけが有効化されていたケースもあったという。
プライバシー・インターナショナルはBBCに対し、「AI企業が人々の画像やデータを搾取可能な原材料とみなしている最新の兆候だ」と批判。テック分野の司法支援団体Foxgloveは、同意のないAI画像生成がもたらす被害が多発している現状を踏まえ、「明らかな大惨事の処方箋だ」と指摘した。パブリック・シチズンのJ.B.ブランチ氏は「Metaはまたしても最も不気味な道を選んだ。朝起きたら自分の顔が他人のAI実験の材料になっていた、などという事態はあってはならない」と強く非難した。
欧州では法的リスクも高まっている。EU一般データ保護規則(GDPR)において、Metaのオプトアウト方式は以前から疑問視されており、権利擁護団体「NOYB」は、オプトアウトでは十分な同意とは言えず、明示的な「オプトイン(事前同意)」が必要だと主張している。また、Metaが生成画像に埋め込んでいる目に見えない透かし「Content Seal」は、2026年8月2日に施行されるEU AI法第50条が定める「AI生成コンテンツの明示的なラベル表示義務」を満たさない可能性がある。機械可読なだけの不可視の透かしでは、同法の要件をクリアできないと考えられているためだ。
■ハリウッドの猛反発とインドの規制動向
ローンチから48時間以内にSAG-AFTRAが動き、メンバーや一般ユーザーに対して即座にこの機能を無効化するよう呼びかけた。同組合は7月9日(木曜日)、「このような画像利用において、明確かつ顕著なオプトイン以外の方式を採用することは容認できず、その危険性に対する世間の感情を完全に見誤っている」との声明を発表した。
大手エージェンシーのCAAも厳しい非難の声を上げた。「AIモデルを含むいかなる第三者も、明確な合意文書なしに個人の名前、画像、容姿、音声、創作物を使用すべきではない。MetaはMuse Imageにおいて、保護を例外ではなくデフォルト(初期設定)にすべきだ」と主張し、クリエイターが自身の容姿の使われ方を管理し、無断使用を防ぐ権利の重要性を訴えた。
Metaが7月10日(金曜日)午後に機能廃止を発表すると、両団体は勝利を宣言したものの、根本的な同意の仕組み自体には依然として不満を残している。
この問題は米国にとどまらず、インドでも大きな議論を呼んだ。インド政府は、2025年末にX(旧Twitter)のAIモデル「Grok」が女性の性的な画像を生成した際、72時間以内の対応報告を求め、IT法に基づく免責特権(セーフハーバー)の剥奪を警告した経緯がある。
さらに、2026年2月に改正されたインドのIT規則では、合成生成情報(SGI)を標的とした枠組みが作られ、ディープフェイクへのラベル表示や、政府からの削除命令への3時間以内の対応、同意のない性的画像の2時間以内の削除などが義務付けられている。Muse Imageの機能はこの規制環境に直面し、インド電子情報技術省(MeitY)のS・クリシュナン次官は7月9日、法的枠組みに照らし合わせて調査中であることを認めていた。
■Metaの釈明と迅速な撤回
ローンチから撤回までの間、Metaは自社製品を擁護していた。同社は、Muse Imageには「初日から強力な管理機能と安全対策が組み込まれていた」と主張。非公開アカウントや18歳未満のユーザーを自動的に除外していること、オプトアウト機能があること、そして「Content Seal」の透かしを入れていることをその根拠としていた。
しかしプライバシー擁護派は、透かしは出所を証明するだけで「同意」の代わりにはならず、画像の生成自体を防ぐことも、生成後の削除手段にもならないと正しく指摘した。
結局、Metaは7月10日金曜日の午後にこの擁護姿勢を撤回し、ブログを更新した。「今週初め、Meta AIで画像を生成する一手段として、公開されているInstagramアカウントを@-メンションで参照できる機能を発表しました。私たちの意図は、便利な創作ツールを提供し、自分の公開コンテンツが参照されるかどうかをユーザー自身が管理できるようにすることでした。しかし、この機能が的外れであるというフィードバックをいただいたため、提供を終了しました」と説明した。この機能が今後どのような形で復活するか、あるいは復活しないのかは明らかにされていない。
■一般ユーザーを守る法制度の欠如
エンターテインメント業界の華々しい抗議の裏で浮き彫りになったのは、法的な保護を受けにくい一般ユーザーの脆弱さである。機能が有効だった96時間の間、公開アカウントを持つ一般の大人(個人事業主、教師、親など)は、見知らぬ他人に自分の顔を使ったAI画像を勝手に作られるリスクに晒されていた。
米国には、肖像権(パブリシティ権)を保護する連邦法が存在しない。無断での画像利用に対する保護は州法のパッチワークに頼っており、約35の州で制定法または判例法として認められているものの、その範囲や適用基準はバラバラである。エンタメ業界でよく使われるカリフォルニア州の法律は「商業利用」を要件としており、個人がプラットフォームの機能を使ってAI画像を生成することが「商業利用」に当たるかどうかは法的に未解決のままである。
2026年5月19日に施行された連邦法「Take It Down Act」は、同意のない性的なAI生成画像の公開を違法とし、プラットフォームに48時間以内の削除を義務付けている。しかし、この法律が対象とするのは「公開(パブリッシュ)」であり、Muse Imageが提供した「生成(ジェネレーション)」そのものに適用できるかは不透明である。一般消費者レベルでのAI生成における肖像利用について、議会はまだ明確な同意義務を確立していない。
■Metaの安全対策に見られるパターンと、今できる自衛策
メディア「MediaNama」の分析によると、Metaの最近の製品設計には「被害を受ける個人よりも、製品自体を守るための安全対策」という共通のパターンが見られるという。例えば、同社の広告審査システムは「強固」と主張されていたにもかかわらず、インドのInstagramで児童性的虐待コンテンツの有料広告を承認してしまっていた。また、スマートグラス「Ray-Ban Meta」は、撮影中にLEDライトが点滅することで周囲のプライバシーに配慮しているとするが、無断で撮影されている側には実質的な拒否権がない。
AI生成ツールが業界の激しい抵抗に遭ったのはこれが初めてではない。2025年10月、SAG-AFTRAはOpenAIの動画生成AI「Sora 2」のオプトアウト方式を非難した。その後、OpenAIは2026年3月にSoraのプロジェクトを終了している。これは商業的な戦略転換による部分が大きいが、業界の協調的な圧力が結果を左右することを示す前例となった。
Instagramの「@-メンション」による画像生成機能は削除されたが、その根拠となっていた「コンテンツの再利用」設定は依然として有効なままである。今後のMeta AI機能に自分の写真が使われないようにするためには、手動で設定をオフにする必要がある。
設定を変更するには、Instagramアプリでプロフィール画面を開き、右上の三本線メニューから「設定とアクティビティ」を選択。下にスクロールして「シェアと再利用」をタップし、「Instagram上およびMetaのAI機能でのコンテンツの再利用を許可する」をオフにする。アプリのバージョンによっては、投稿、リール、オリジナル音源ごとに個別のトグルが存在する場合がある。なお、この設定をオフにしても、過去にすでに生成されてしまったAI画像が削除されるわけではない。
■注目ポイントQ&A
●Muse Imageが廃止された後も、Metaは私のInstagram写真をAI機能に利用できますか?
はい、利用される可能性があります。写真の利用を管理する「コンテンツの再利用」設定は、デフォルトで有効なまま残されています。今後の利用を防ぐには、アプリの「設定」>「シェアと再利用」から手動でこの設定をオフにする必要があります。
●機能が廃止される前に、誰かが私の顔を使って生成したAI画像を削除することはできますか?
Metaは、過去に生成された画像に対する遡及的な削除手段を提供していません。ただし、生成された画像が性的なものである場合、米国の「Take It Down Act」(2026年5月19日施行)に基づき、プラットフォームに対して48時間以内の削除申請を行うことが可能です。
●Muse Imageの「@-メンション」機能は今後復活しますか?
Metaは「提供を終了した」と述べるのみで、今後の復活予定や、どのような同意プロセスを導入するかについては発表していません。なお、同様の技術を用いた動画生成モデル「Muse Video」の展開も予告されていますが、そのローンチ時期や仕様は未定です。
●今回の問題は、AIの一般的な「学習(トレーニング)」と何が違うのですか?
一般的なAI学習は、大量のデータからパターンを抽出してモデルを構築するため、特定の出力と元の画像との直接的な関連性が見えにくくなります。しかし、今回の機能は「推論時(画像生成の瞬間)」に特定のユーザーの公開写真を直接参照して画像を生成するため、特定の個人の容姿がそのまま再現され、より直接的なプライバシー侵害につながる点が大きく異なります。
元記事: Meta Axed Instagram AI Feature That Generated Anyone’s Likeness Without Consent