新スピンオフ『Stuart Fails』が挑むリアル物理学:マルチバースは「誕生」したのではなく「隠せなくなった」だけ?

2026年7月13日 23:16

『ビッグバン★セオリー』フランチャイズのテレビシリーズ第4弾となる『Stuart Fails to Save the Universe』が、2026年7月23日(木)21:00(米国東部時間、日本時間7月24日10:00)にHBO Maxで配信開始される。本作は、ケビン・サスマン演じるコミックブック店主のスチュアート・ブルームが、シェルドンとレナードの作った装置を誤って壊し、マルチバースの危機を引き起こすコメディだ。しかし、この設定は単なるお笑い草にとどまらず、現代の理論物理学における未解決問題と驚くほど精密に一致していると指摘されている。

■マルチバースは「創造」されたのではない:量子デコヒーレンスの解放

本作の科学的な面白さは、スチュアートが壊した装置が「マルチバースを創り出す」のではなく、「量子力学的にすでに存在しているマルチバースを単に隠していた」に過ぎないという点にある。量子力学の「多世界解釈(MWI)」によれば、宇宙の分岐は常に存在している。最も科学的に一貫した解釈をするならば、あの装置は分岐を「抑制」していたのだ。

スチュアートが装置を壊したことで起きたのは、世界の創造ではなく「デコヒーレンス(量子デコヒーレンス)の解放イベント」である。装置によって人工的にコヒーレンス(量子コヒーレンス)を保たれていたすべての量子分岐が突如として発散し、クリプキやウィル・ウィートン、そしてマトリックスのポッド風にカプセルに入った主要キャストの別バージョンが出現する。彼らは別宇宙からの侵略者ではなく、量子力学が予言していた通りの挙動をようやく見せ始めた「この宇宙そのもの」なのだ。

本作は、12シーズンにわたる弦理論のジョークや量子色力学、一般相対性理論への言及といった『ビッグバン★セオリー』の科学的遺産を、これまでにないシングルカメラのSFアクションアドベンチャーコメディとして昇華させている。音楽はダニー・エルフマンが担当し、一部エピソードの監督には『新スタートレック』のジョナサン・フレイクス、共同制作者には映画『アベンジャーズ』(2012年)などのマーベル・スタジオ初期作品を手がけたザック・ペンが名を連ねている。

■現実の物理学における「スチュアートの装置」の役割

劇中でシェルドン(弦理論学者)とレナード(実験物理学者)が製作した装置は、スチュアートが壊したことで現実の崩壊を引き起こす。多世界解釈(1957年にヒュー・エヴェレット3世がプリンストン大学の博士論文で提唱し、1970年代にブライス・ドウィットが普及させた理論)の枠組みでは、宇宙の波動関数は決して収縮しない。あらゆる量子イベントは可能なすべての結果を同時に生み出し、それぞれの結果は動的に隔離された「枝(ブランチ)」において実現される。これらの「世界」は、スチュアートが不器用な手で部品に触れた瞬間に誕生したわけではない。これらは「量子デコヒーレンス」と呼ばれるプロセス、すなわち量子情報が環境へと不可逆的に漏洩し、特定の分岐の内部からは重ね合わせが収縮したように見える現象から生じる、近似的な構造に過ぎない。

この漏洩を防ぎ、マクロなシステム全体で量子コヒーレンスを維持して波動関数の分岐構造を抑制できる装置は、工学的に言えば、アボガドロ数規模の粒子を含むシステムにおいて熱力学を逆行させるマシンに等しい。現在の量子エラー訂正技術は、数百量子ビットのシステムでコヒーレンスを維持できるレベルだ。これを現実のスケールに拡張するには、物質1モルあたり約6×10の23乗個の粒子にわたってエントロピーを減少させる必要がある。これは物理法則で禁止されてはいないが、統計的には極めて不可能な確率である。デコヒーレンス理論の創始者の一人である物理学者ヴォイチェフ・H・ズレックは、デコヒーレンスを生き延びて残る好ましい状態を、環境によって選択された唯一の安定状態として「アインセレクテッド(環境誘起選択)」と呼んだ。アインセレクションを覆す装置があれば、物理学史上最も重大なテクノロジーとなる。それをシェルドンとレナードが作り、スチュアートが壊した。実に見事なプロットだ。

■すでに存在していたマルチバース:装置の破壊が意味すること

本作が示す最も興味深い科学的示唆は、「マルチバースのハルマゲドン」という表現が、劇中で実際に起きている現象に対しては誤称であるという点だ。予告編で描かれるキャラクターの別バージョンやタイムラインの衝突、軍事独裁者の制服を着たクリプキなどは、事故によって作られた黙示録ではなく、隠されていた現実の「暴露」である。分岐は常にそこにあり、装置がそれを抑え込んでいた。スチュアートが装置を壊したことで、抑制されていた分岐が一斉に解放され、人工的なコヒーレンスから解き放たれた各世界が分岐し、主観的な視点から互いに干渉し始めるのだ。

多世界解釈の数式を用いれば、各分岐はデコヒーレンス後の量子状態を表す「縮約密度行列」で記述できる。この解釈において、装置はすべての分岐にわたって人工的に同一の密度行列を維持し、それらを1本の糸として共進化させていた。装置の破壊は、蓄積された分岐のズレを一度に解放する。その結果は新しいマルチバースの誕生ではなく、既存のマルチバースが「可視化」された状態なのだ。制作者がこれを意図していたかは不明だが、この解釈によって設定がより魅力的になることは間違いない。

ただし、物語の都合上、ドラマが無視せざるを得ない重要な物理的制約もある。多世界解釈において、分岐した世界はデコヒーレンス後に因果関係が完全に断絶される。これらは共通の空間多様体を共有していないため、世界間を行き来するメカニズムは知られていない。それらは宇宙の波動関数の直交する成分として存在するのみだ。したがって、チーム内の量子物理学者であるバリー・クリプキは、構造的に最も重要なキャラクターとなる。なぜなら、彼だけが「自分たちのやっていることは理論的に不可能だ」と第一原理から理解しているからだ。彼の鼻持ちならない有能さをもってしても、スチュアートが引き起こした問題に対処できないという点に、このドラマのコメディとしての本質がある。

■ワームホール、量子もつれ、そして最も現実に近い物理学

予告編で見られる光るポータル(ワームホール)による宇宙間の移動について、本作は一般相対性理論の「アインシュタイン・ローゼンブリッジ」(アインシュタインの重力場方程式のワームホール解)のイメージを採用している。通過可能なワームホールを維持するには負のエネルギー密度を持つ「エキゾチック物質」が必要だが、そのような物質の存在は自然界で確認されていない(カシミール効果により微視的な量子スケールでの負のエネルギー密度は実証されているが、これを人間が航行できるトンネル規模に拡張することは現在想定できない)。

現実の物理学において、劇中の移動メカニズムに最も近いのは、物理学者のフアン・マルダセナとレオナルド・サスキンドが2013年の論文で提唱した「ER = EPR予想」だ。これは、アインシュタイン・ローゼンブリッジ(ER)と、アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼン(EPR)のパラドックスで記述される量子もつれが、単に類似しているだけでなく、同じ根本的な現象の異なる説明であるとする仮説である。この仮説が正しければ、もつれ状態にあるすべての量子システムは、微視的なアインシュタイン・ローゼンブリッジによって幾何学的に連結されていることになる。

この解釈に基づけば、シェルドンとレナードの装置は「量子もつれ増幅器」として機能していた可能性がある。量子レベルのER = EPR接続をマクロレベルにスケールアップし、各分岐を現在の現実と最大級にもつれたパートナーとして扱うことで、エヴェレットの分岐間に通過可能なワームホールを作り出したのだ。なお、ER = EPR予想は未だ実証されていない。2026年に『Physical Review Letters』誌に掲載されたジャベド氏とウィルソン=ユーイング氏らの研究では、もしER = EPRによって量子ワームホールから電磁場が漏洩するならば、水素原子の超微細構造に測定可能な変化が生じるはずだが、そのような効果は観察されなかったとして、新たな実証的制約を課している。この予想は現在も議論が続いており、未解決のままだ。

■ナビゲーターとしてのスチュアート:物理学の学位より「物語の法則」が重要な理由

ケビン・サスマン演じるスチュアート・ブルームは、12シーズンにわたり自己評価が低く、経済的に困窮し、偶然生き延びてきた、このフランチャイズにおける「負け組」の代表格だ。彼をマルチバース救出ミッションの主人公に据えた決定は、決して的外れではない。これは「平凡な人間が偶然にも重大な責任を背負わされる」というコミックのオリジンストーリーそのものであり、スチュアートの職業(コミックブック店主)がそのメタ的な構図を明確にしている。彼はまさにこのようなシナリオを描いた物語を売って生計を立ててきたのだ。予告編に登場する『エイリアン』『マッドマックス』『マトリックス』、そしてマーベルの『What If...?』への言及は、単なるパロディではない。スチュアートが理論物理学ではなく「ジャンルの約束事」を頼りに進むべき道をナビゲートしており、それこそがこの状況で求められているスキルなのだということを示している。

サスマン自身も、この設定と重なる現実の経歴を持っている。彼はもともと『ビッグバン★セオリー』のオーディションでハワード・ウォロウィッツ役に合格していたが、契約上の都合で出演できず、最終的に脇役としてシリーズに加わった。しかし、視聴者の圧倒的な支持とキャラクターの粘り強さによって、番組終了まで生き残った。この「最も予想外の人物が不可欠な存在になる」という彼の歩みは、マルチバースの危機における専門知識と生存に関する本作の主張と重なる。バリー・クリプキは数式を知っているが、スチュアートはジャンルを知っている。交互に押し寄せる並行世界の混乱を切り抜けるには、自分がどのタイプの宇宙に降り立ち、そこではどんなルールが適用されるのかを見極める必要がある。コミックブック店のオーナーこそが、今いるナビゲーターの中で最も適任なのかもしれない。

本作は、2026年7月23日14:15〜15:15(米国東部時間)にサンディエゴ・コミコンのホールHで先行上映とパネルディスカッションが開催される。フェリシア・デイが司会を務め、クリエイターのチャック・ロリー、ザック・ペン、ビル・プラディに加え、キャスト陣が登壇する。また、ガスランプ・クォーターのスパークス・ギャラリーでは、7月23日〜26日に体験型ファンイベント「The Comic Center of Pasadena」が開催される。その後、同日21:00(米国東部時間)にHBO Maxで配信が開始され、以降は毎週新エピソードが追加される予定だ。

■注目ポイントQ&A

●『Stuart Fails to Save the Universe』の量子物理学的な設定は、実際の科学に基づいていますか?

本作の設定は、表面的なコメディ以上に科学的な整合性を持っています。シェルドンとレナードが作った装置が並行世界の分岐を抑制しており、それを壊したことで分岐が一斉に解放されるという設定は、1957年に物理学者ヒュー・エヴェレット3世が提唱した量子力学の「多世界解釈(MWI)」に直接対応しています。ただし、宇宙間を移動するワームホールのメカニズムについては、存在が確認されていない「エキゾチック物質」を必要とするため、現実の物理学からは飛躍しています。

●このドラマはいつ、どこで視聴できますか?

米国東部時間の2026年7月23日(木)21:00(日本時間7月24日10:00)にHBO Maxで独占配信が開始されます。全10話のシーズン1は、以降毎週木曜日に新エピソードが配信されます。日本国内での正式な配信プラットフォームについては現時点で発表されていませんが、英国ではSky/NOW TV、カナダではCrave、インドではJioHotstar、オーストラリアではBinge/Foxtel Nowなどの地域パートナーを通じて配信されます。

●バリー・クリプキは劇中でどのような役割を果たしますか?

ジョン・ロス・ボウイ演じるバリー・クリプキは、カリフォルニア工科大学の量子物理学者であり、本編ではシェルドンのライバルとして登場しました。本作において彼は、シェルドンとレナードの装置が実際に何をしていたのか、そしてその修復が熱力学的にいかに不可能であるかを理論的に理解している唯一の人物です。彼の科学的知識と、スチュアートが引き起こした大混乱とのギャップが、物語のコミカルな推進力となっています。

●「ER = EPR予想」とは何ですか?劇中の設定とどう関係していますか?

2013年に物理学者フアン・マルダセナとレオナルド・サスキンドが提唱した仮説で、アインシュタイン・ローゼンブリッジ(ワームホール=ER)と量子もつれ(EPRパラドックス)が、同じ現象の異なる側面であるとする理論です。劇中の装置はこの「もつれ」をマクロ規模に増幅し、並行世界間に通過可能なワームホールを形成していると解釈できます。この予想は未解決であり、2026年の研究でも新たな制約が示されるなど、現代物理学で議論が続いているテーマです。

元記事: Big Bang Theory Spinoff Stuart Fails Bets Its Multiverse on Real Quantum Physics

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