アリババクラウド、AI需要で「成長率45%」の予測も消えない中国国家情報法の懸念
2026年7月10日 14:45
アリババのクラウド部門が、ここ数年で最も急速な売上成長に向けて加速している。米大手金融機関のアナリストらが同部門の成長予測を引き上げたことで、同社株価は一時11%以上急騰した。しかし、技術的な強みや米国での司法リスクの緩和が進む一方で、中国の「国家情報法」に伴うデータ安全保障上の懸念は依然として解消されていない。
■アナリストが「45%成長」を予測し株価は11%超急騰
2026年7月8日、シティ・リサーチとUBSのアナリストがそれぞれ独立して、アリババ・クラウド・インテリジェンス・グループの2027年度第1四半期(2026年4〜6月期)の売上高成長率予測を前年同期比約45%増へと引き上げた。これを受けて、ニューヨーク証券取引所(NYSE)におけるアリババ(BABA)の株価は11%以上急騰し、108.98ドルで取引を終えた。これは同社にとって5月以来の単日最大の上昇率となった。
シティ・リサーチは、同四半期のクラウド売上高予測を従来の40%増から45%増(484億元、約1兆740億円、1元=22.19円換算)に上方修正し、EBITA(利払い・税引き・償却前利益)マージン予測も9.9%から11.5%へと引き上げた。UBSのケネス・フォン氏も同様に、AI関連製品の需要に牽引されて利益率が改善していると指摘した。
アリババは前四半期(2026年度第4四半期)において、外部顧客向けクラウド売上高で40%の成長を記録しており、AI関連製品は11四半期連続で3桁成長を達成、外部クラウド売上高の30%を占めるに至っていた。成長率が45%に加速することは、中国国内およびアジア太平洋地域における企業のAI投資が飽和状態に達するどころか、さらに活発化していることを示唆している。
■司法省との6億ドル合意による「不起訴」という安堵
長年アリババの重荷となっていた米国司法省(DOJ)との法的問題は、2026年7月1日に一定の解決をみた。アリババ・グループとAUSマーチャント・サービス(旧アリペイUS、アント・グループ子会社)は、Alibaba.comやAliExpress.comを通じて違法医薬品や規制物質などが米国に販売されるのを防げなかったとする連邦政府の告発を解決するため、総額6億ドル(約972億円)を支払う不起訴合意(NPA)を締結した。
合意内容に基づき、アリババは1億2500万ドルの刑事罰金と2億ドルの没収金を支払い、AUSは8500万ドルの刑事罰金と1億9000万ドルの没収金を支払う。ロードアイランド州連邦地検のチャールズ・カレンダ第一検事補は、この6億ドルの解決金について「同地区の歴史上最大の金銭的和解」と説明した。
投資家にとって重要だったのは「不起訴(Non-Prosecution)」という枠組みである。これにより、両社は有罪判決を免れ、政府調達からの排除措置などの致命的なペナルティを回避できた。長年の不確実な法的リスクが、確定した金銭的コストと明確なコンプライアンスのロードマップへと変換されたことを、市場は好感した。
■国防総省ブラックリストを巡る一時的な執行停止
アリババはワシントンD.C.でも、限定的ではあるが象徴的な猶予を勝ち取った。米国国防総省は6月8日、国防授権法(NDAA)第1260H条に基づく「中国軍事関連企業」のリストを拡張し、アリババやバイドゥ(百度)、BYDなどを追加した。この指定自体は、米国内での商業活動や民間企業によるクラウド利用を直接禁止するものではない。
しかし、2025年NDAA第851条の規定により、国防総省は1260Hリスト掲載企業のロビイストを雇う企業との契約を禁止されたため、大手ロビー活動事務所が相次いでアリババとの契約を解除する事態となった。これに対し、アリババは6月23日に指定の取り消しを求めて提訴。7月5日、連邦地裁のエミ・K・リー判事は、裁判所がこの措置の違憲性を審理する間、ロビー活動制限の執行を一時的に差し止める命令を下した。この命令は8月31日の週に予定されている公聴会、またはその60日後まで有効となる。ただし、この命令は1260H条の指定そのものを解除したわけではない。
■「Qwen」モデルと独自のハードウェアが支える技術的強み
アリババクラウドの成長を支えているのは、その3層のフルスタックアーキテクチャ(IaaS、PaaS、MaaS)である。特に、同社の大規模言語モデル「Qwen(通称:通義千問)」を擁するMaaS(Model-as-a-Service)レイヤーでの採用拡大が、下層のIaaS(インフラ)レイヤーの利用料(GPUコンピュート時間など)を同時に押し上げる構造になっている。
Qwenの競争力を支える技術の一つが、Mixture-of-Experts(MoE)と呼ばれるスパース活性化技術である。例えば「Qwen3.6-35B-A3B」モデルは、総パラメータ数350億個のうち、1回の処理で活性化するのは約30億個に抑えられている。これにより、高い性能を維持しながらAPIの利用料金を低く抑え、利益率を確保している。
アリババはこれらのモデルの重み(ウェイト)をオープンソースとしてHuggingFaceやModelScopeで公開しており、累計ダウンロード数は6億回を超え、11万3000以上の派生モデルを生み出している。この戦略により開発者の囲い込みに成功しており、シンガポール政府のAIプロジェクト「AI Singapore」も、メタのLlamaやグーグルのGemmaではなくQwenを地域モデルの基盤として採用した。さらに、米国によるGPU輸出規制への対策として、自社開発のARMベースのプロセッサ「Yitian 710」や、高スループットAIワークロードに最適化されたサーバーシリーズ「Panjiu」を導入し、ハードウェア層の強化も進めている。
■アジア太平洋地域での圧倒的シェアとグローバルなシグナル
ガートナーが2026年4月に発表した市場シェア報告書によると、アリババクラウドは2025年のアジア太平洋地域におけるIaaS市場で22.5%のシェアを握り、首位を維持している(世界シェアは7.7%で4位)。データローカライズ規制や地政学的理由、あるいはコスト面から米国のハイパースケーラー(AWSやAzureなど)に依存したくないアジアの企業や政府機関にとって、アリババクラウドは有力な選択肢となっている。
そのため、同社が45%の成長を維持しているという事実は、世界のAIインフラ投資サイクルがまだピークに達しておらず、米国のハイパースケーラーが十分にカバーできていない市場へと拡大していることを示している。アリババの投資がコストセンターから構造的な利益の牽引役へと転換できているかどうかは、2026年8月17日の米国市場開始前に発表予定の、2027年度第1四半期決算で正式に明らかになる。
■サーバーの場所に関わらず適用される「中国国家情報法」の壁
しかし、株価の急騰やワシントンでの法廷闘争、シンガポールのデータセンター開設、あるいは企業が掲げるプライバシーポリシーによっても、決して排除できない構造的な条件が存在する。それが中国の「国家情報法」である。
同法第7条は「いかなる組織及び市民も、法に基づき国家情報活動を支持し、これに協力し、及びこれと協調しなければならない」と定めており、第14条は情報機関に対して協力を要求する明示的な権限を与えている。また、データセキュリティー法(2021年)や、2025年1月1日に施行されたネットワークデータセキュリティー管理条例なども、中国当局への定期的なリスク評価報告などを義務付けている。
アリババは中国法に基づいて設立された中国の法的主体である。そのため、サーバーが物理的にどこに置かれていようと、国際本部の登録地がどこであろうと、顧客との契約に機密保持が謳われていようと、これらの法律が適用される。アリババ自身もSEC(米証券取引委員会)に提出した2026年度の年次報告書において、中国のデータセキュリティー関連法が自社の事業に適用され、中国政府当局からデータや情報の提供を求められる可能性があることを認めている。
アリババクラウドは「ユーザーデータを販売せず、いかなる政府にも自発的に顧客データを提供しない」と表明しているが、これは法律を上書きするものではない。企業顧客にとっての核心的な問いは、「アリババが自発的にデータを共有するかどうか」ではなく、「中国の情報当局から法的要求があった場合に、それを拒否できるか」である。AWSやAzure、Google Cloudであれば、米国政府からのデータ開示要求に対して憲法修正第4条を根拠に連邦裁判所で争う余地があるが、アリババクラウドが置かれた法的枠組みには、そのような司法プロセスによる対抗手段が同様の形では存在しない。
■一般向けプラットフォームとしての課題と市場の評価
AI分野での躍進とは対照的に、汎用クラウドプラットフォームとしてのアリババクラウドには課題も指摘されている。AdwaitXによる2026年の検証では、一般的なクラウドホスティングにおけるTTFB(最初の1バイトを受信するまでの時間)が6,495ミリ秒と、業界標準より約10倍遅いことが示された。AIや機械学習のパイプラインには適しているものの、一般的なWebアプリケーションのホスティングには不向きであると評価されている。
また、PeerSpotの2026年6月のデータによると、IT意思決定者の間におけるアリババクラウドのIaaSカテゴリでのマインドシェア(認知・検討率)は、前年の13%から5.2%へと低下した。一方でAWSは12.8%から15.1%へと上昇しており、アリババクラウドの成長がグローバルな規模というよりは、中国国内および隣接するアジア市場に集中していることを示唆している。
さらに、Qwenの言語性能は中国語と英語では極めて優秀であるものの、その他の言語では独立したテストにおいて15〜20%の性能低下が確認されている。東南アジアや中東などの多言語市場を展開する企業にとっては、このローカル言語の精度低下が導入の障壁となる可能性がある。
■注目ポイントQ&A
●2026年7月8日にアリババの株価が11%以上急騰したのはなぜですか?
UBSとシティ・リサーチのアナリストが、アリババのクラウド部門の売上成長率予測を前年同期比約45%増へと引き上げたことが主な要因です。また、米国司法省との間で6億ドルの不起訴合意が成立し法的リスクが明確になったことや、国防総省によるロビー活動制限に対して連邦地裁が一時的な差し止め命令を下したことも好感されました。
●アリババクラウドを企業が利用する上での安全上の懸念は何ですか?
技術的には非常に優秀なプラットフォームですが、中国の「国家情報法」第7条により、中国のすべての組織や市民は国家の情報活動に協力する義務を負っています。アリババは中国の法的主体であるため、サーバーの場所や国際拠点の登録地に関わらずこの法律が適用され、中国当局からのデータ提供要求を拒否することが法的に困難であるという構造的リスクが存在します。
●米国司法省との6億ドルの不起訴合意(NPA)とはどのような内容ですか?
アリババとAUSマーチャント・サービスが、自社プラットフォーム(Alibaba.comやAliExpress.com)を通じた違法医薬品などの米国への販売を防げなかったとする容疑を解決するための合意です。アリババが3億2500万ドル、AUSが2億7500万ドルの計6億ドルを支払うことで合意しました。「不起訴」の枠組みであるため、刑事告発や政府調達からの排除といった最悪のシナリオを回避できました。
元記事: Alibaba Cloud Forecasts 45% AI Growth: The Legal Condition Investors Cannot Price Away