完全再使用ロケット開発のStoke Space、元OpenAI幹部を取締役に招聘――年内の軌道飛行試験に向けて体制強化
2026年7月10日 14:37
米宇宙スタートアップのStoke Spaceは、元OpenAI最高製品責任者(CPO)のケビン・ワイル氏を取締役に迎えたことを発表した。同社は、軌道ロケットの第1段と第2段の両方を回収・再使用する「完全再使用型」ロケットの開発を進める唯一の米国企業である。早ければ2026年後半にも予定されている初の軌道飛行試験に向けて、経営体制の強化を図る狙いとみられる。
■初期の支援者から正式な取締役へ
Stoke Spaceが発表した公式プレスリリースによると、同社は元OpenAIのCPOであるケビン・ワイル氏を取締役会に迎えた。これにより、ワイル氏と同社の6年にわたる関係が正式なものとなる。ワイル氏と妻のエリザベス氏は、同社が2020年にY Combinatorのプログラムに参加した際、共同で運営するファンド「Scribble Ventures」を通じて初期投資を行っていた。
Stoke Spaceの共同創業者兼CEOであるアンディ・ラプサ氏は、TechCrunchの取材に対し、「私は技術者出身で起業したため、資金調達の方法が全く分からなかった。ケビンはその分野の背景を持ち、資金調達や会社の立ち上げについて親身に相談に乗ってくれた」と当時を振り返る。同社はこれまでに13億4000万ドル(約2170億8000万円、1ドル=162円換算)を調達し、発射台の改修も完了させており、ワイル氏は初期の支援者から正式なガバナンスを担う役割へとステップアップすることになる。
■ケビン・ワイル氏の経歴とOpenAIでの実績
ワイル氏はハーバード大学で物理学と数学の学位を最優等(summa cum laude)で取得し、スタンフォード大学で物理学の修士号を取得している。しかし、キャリアの大半は研究職ではなく、消費者向け大規模プロダクトの主導に費やされてきた。急成長期にあったInstagramの規模拡大に貢献したほか、Twitterのプロダクト担当幹部、衛星地球観測企業Planet Labsのプレジデント(2021年の株式公開時)などを歴任した。
その後、2024年6月にCPOとしてOpenAIに参画し、2025年10月まで同職を務めた後、AIを科学的発見に役立てる「サイエンティフィックAIプログラム」の責任者に転身。同プログラムがOpenAIの研究所本体に統合される方針が決まったことに伴い、2026年4月に同社を退社した。現在はCiscoやThe Nature Conservancyの取締役も務めている。なお、ワイル氏は今回の取締役就任について、TechCrunchによるインタビューへの回答を辞退している。
■液化水素、24基のノズル、前例のない金属製熱シールド
Stoke Spaceの技術的な最大の特徴は、SpaceXすら未だ達成していない「軌道ロケットの第2段(上段)を再突入後に無傷で回収する」というマイルストーンに挑んでいる点にある。SpaceXのStarship第2段(Ship)は複数回の制御落下と海洋への着水を達成しているが、2026年7月時点で回収や再使用には至っていない。Stoke Spaceはこの課題に対し、異なるアプローチを提案している。
同社が開発するロケット「Nova」の第2段は、円錐形の底部に24基の推力ノズルを環状に配置した「Andromeda 2」エンジンを採用している。この機体には独立した熱シールド材が搭載されていない。代わりに、超臨界液化水素を機体表面に直接埋め込まれた金属製チャネル内に循環させ、軌道再突入時の熱を吸収する仕組み(再生冷却)をとっている。温められて気化した水素は、さらに極低温の液化水素を循環させるためのターボポンプの動力源となる。このシステムは、スラスターが噴射していない降下中も自律的に機能し続けるという。
SpaceXとの対比は明確である。Starshipはセラミック製の「PICA-X」タイルを熱シールドに使用する受動的なシステムであり、飛行ごとの検査や、高熱にさらされた後のタイル交換が必要になる場合がある。一方、Stoke Spaceの金属製シールドは延性合金を使用しており、損傷モードが脆性的ではなく段階的に進行するため、着陸後に検査なしで即座に再飛行できると同社は主張している。また、液化水素はStarshipが使用するメタンに比べてエンジン効率が30%高く、冷却能力は5倍に達する。極低温水素はメタンやケロシンよりも貯蔵や取り扱いが難しいものの、この設計アーキテクチャにおいては最適な推進剤であると説明されている。
第2段の姿勢制御は、環状に並んだ個々のノズルの推力を個別に調整する(ディファレンシャル・スロットリング)ことで行われ、ジンバル(首振り)機構を必要としない。また、円錐形の機体形状により再突入時に横方向への移動能力(クロスレンジ能力)が得られるため、単純な弾道降下からの逆噴射制動に頼ることなく、正確な着陸地点へと自律誘導できるという。
第1段には、液化天然ガス(LNG)と液体酸素を推進剤とするフルフロー・ステージド・コンバッション(FFSC:全流二段燃焼)サイクルの「Zenith」エンジンを7基搭載する。FFSCはタービン排気をすべて燃焼室に送り込んで燃焼させるため、熱力学的に最も効率の高いエンジンサイクルとされており、SpaceXのStarship用「Raptor」エンジンでも採用されている。Stoke Spaceは2024年6月にZenithの燃焼試験に初めて成功し、同年12月にはワシントン州モーゼスレイクの試験施設で垂直スタンドでの燃焼試験を完了した。
同社は2023年9月、実物大の第2段モックアップ「Hopper2」を用いたホップ試験に成功し、第2段の再突入・着陸の実現可能性を実証した。この試験機は、作動可能な熱シールド、30基中15基の燃焼器、3本の着陸脚を備え、高度約9メートル(30フィート)まで上昇。ジンバルなしでの姿勢制御を行い、熱シールドの外側に霜が視認できるほどの冷却効果を示した後に軟着陸した。2024年2月には30基のノズル環全体での燃焼試験に成功し、2025年末までには第1段の認定試験を完了して40以上の構造・システム目標を検証したとしている。
Novaは完全再使用構成において地球低軌道(LEO)に3トンの打ち上げ能力を持ち、使い捨て構成では最大7トンの打ち上げが可能である。全長は約38メートルとなっている。
■宇宙ビジネスにおけるIT分野の知見の重要性
現在、商業打ち上げ市場は深刻なロケット不足に直面している。SpaceXの「Falcon 9」が需要の大半を担っているが、大型・低コストの輸送手段として期待される「Starship」は、まだ定常的かつ信頼性の高い運用飛行を実証できていない。2026年5月22日に行われたStarship(V3)の最新の飛行試験では、第1段ブースター「Super Heavy」が逆噴射燃焼に失敗してメキシコ湾へ制御不能な状態で激突し、米連邦航空局(FAA)による事故調査と飛行停止措置を招いた。SpaceXは2026年6月に新規株式公開(IPO)を果たしたが、その企業価値はStarshipの将来性に大きく依存しており、運用上のリスクは依然として残っている。
この市場の隙間に対して、Stoke Spaceは超大型ではなく「中型」のロケットを開発し、最大積載量よりも「迅速なターンアラウンド(再飛行までの準備期間短縮)」を最優先する再使用アーキテクチャを構築している。ラプサ氏はワイル氏の取締役就任発表前にTechCrunchに対し、「世界は、打ち上げの課題がまだ解決されていないことに気づき始めている」と語っていた。
このような状況において、ワイル氏がもたらす強みは多岐にわたる。TwitterやPlanet Labsを上場に導いた経験、米陸軍予備役への参加を通じて構築し始めた国防・インテリジェンス分野とのネットワーク、そして今後の商業運用開始までに必要となる資金調達を左右する投資家層へのアクセスである。Stoke Spaceにとって政府からの受注は極めて重要であり、すでに米宇宙軍、国防イノベーションユニット(DIU)、NASA、米国立科学財団(NSF)から契約や資金を獲得しているほか、宇宙軍の軌道サービスプログラム(OSP)にも選定されている。
■「軌道上データセンター」構想と打ち上げコストの経済学
ラプサ氏が提唱するNovaの商業的価値において、最も興味深い主張の一つが「軌道上データセンター」構想である。これは、地球低軌道の衛星にコンピューティングハードウェアを配備し、継続的な太陽光発電と宇宙の真空への放熱によって運用するというコンセプトである。SpaceXが2026年5月に提出したS-1書類(証券届出書)には、年間100ギガワットの演算能力を軌道上に打ち上げる目標が記載されている。また、Blue Originは5万1600機のデータセンター衛星からなるコンステレーション「TeraWave」の計画を申請しており、2025年12月にはNVIDIAが支援するStarcloudが軌道上で初めてAIモデルのトレーニングを実施したと報じられている。
この構想の最大の障壁は打ち上げコストである。Googleが2025年に実施した実現可能性調査によると、LEOへの輸送コストが1キログラムあたり200ドルまで下がれば、軌道上データセンターは地上施設に対してコスト競争力を持つ可能性があると試算されているが、その基準に達するのは2035年頃になると予測されている。また、2026年の米国政府監査院(GAO)の報告書でも、軌道規模での冷却技術の未検証さ、放射線対策の必要性、真空中の放熱に必要な大型ラジエーターなど、技術的課題が依然として大きいことが指摘されている。しかし、地上のデータセンター建設が電力網の接続待ち(米国主要市場では現在7年以上を要する)などによって遅延・制限されている現状があり、代替手段としての軌道上データセンターの経済的価値は高まりつつある。
ラプサ氏は、この経済性を成り立たせるには「迅速な完全再使用」が不可欠であると主張する。数時間で再飛行の準備が整い、年に数十回も飛行できるロケットでなければ、軌道上コンピューティングに必要な規模のハードウェア輸送を支えることはできない。これこそが、まだ実用化されていないSpaceXのStarshipではなく、Stoke SpaceのNovaが早期の軌道上データセンター構築において選ばれる選択肢になり得るという論拠である。
■サム・アルトマン氏の出資の噂と今後の課題
ワイル氏が2026年4月にOpenAIを退社し、直後にStoke Spaceの取締役に就任したことで、OpenAIの創業者であるサム・アルトマン氏が同社に出資するのではないかという憶測が呼んでいる。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、アルトマン氏がSpaceXの競合候補としてStoke Spaceへの投資を検討していると報じていた。ラプサ氏はこの件についてTechCrunchから直接問われた際、「噂や憶測」であるとしてコメントを拒否し、ワイル氏の任務はStoke Space自体の事業に集中することだと述べている。
Stoke Spaceがケープカナベラルに確保している「第14発射施設(LC-14)」は、1962年2月にジョン・グレン氏が米国人として初めて軌道飛行に成功した歴史的な発射台である。同社は2026年3月時点で、この64年前のインフラをNovaの革新的なアーキテクチャに対応させるための改修を進めている。
Novaの完全な認定試験キャンペーンは現在も継続中である。第1段の地上燃焼試験や、Hopper2による第2段の着陸・熱シールド検証は完了しているものの、統合された機体全体の試験や発射台でのアボート(中断)試験はまだ実施されていない。2026年中の初軌道飛行という目標は野心的ではあるが、これまでの資金調達実績や開発マイルストーンの進捗を見る限り、不可能なスケジュールではないとみられる。ラプサ氏がインタビューで認めた通り、今後の「実行力」が最大の焦点となる。
■注目ポイントQ&A
●Stoke SpaceのNovaロケットは、SpaceXのFalcon 9やStarshipと何が違うのですか?
Novaは第1段と第2段の両方を完全に回収・再使用することを目指して設計されている中型ロケットです。Falcon 9は第1段ブースターのみを回収し、第2段は再突入時に燃え尽きます。Starshipは完全再使用を目指していますが、現時点で第2段の回収・再使用は実証されていません。また、Novaの第2段は、液化水素を機体表面に循環させて冷却する金属製熱シールドを採用しており、飛行ごとの検査や交換が必要となるセラミックタイルを使用しない点が特徴です。
●ケビン・ワイル氏がOpenAIを退社した理由と、Stoke Spaceでの役割は何ですか?
ワイル氏はOpenAIでCPOを務めた後、科学分野にAIを応用するプログラムを率いていましたが、同プログラムが研究所本体に統合される方針に伴い、2026年4月に退社しました。Stoke Spaceにおいては、TwitterやPlanet Labsを上場に導いた経験や、シリコンバレーの投資家ネットワーク、米軍関係機関とのコネクションを活かし、資金調達や商業化に向けた戦略的・ガバナンス面での貢献が期待されています。
●「軌道上データセンター」とはどのような構想ですか?
地球低軌道の衛星にコンピューティングハードウェアを配備し、宇宙空間での太陽光発電と真空への放熱を利用して運用するデータセンターの構想です。地上での電力網接続の遅延や建設制限を回避できるメリットがありますが、実現には打ち上げコストの大幅な削減が不可欠です。Stoke Spaceは、迅速な完全再使用が可能なNovaこそが、この構想を経済的に成り立たせる最適な手段であると主張しています。
元記事: Stoke Space Names Ex-OpenAI Executive to Board Before Nova Rocket’s Debut Flight