ノキアのクラウド事業撤退で揺れる5G市場、エリクソンは独自ベアメタル基盤「CNIS」に命運を懸ける
2026年7月3日 23:09
スウェーデンの通信機器大手エリクソンは、競合のノキアとは異なる道を歩み、独自のクラウドインフラ基盤を維持する方針を明確にしている。ノキアがクラウドインフラ事業からの撤退を決めたことで、移行を余儀なくされた通信キャリア顧客がエリクソンの「フルスタック5Gコア」へと流れ始めており、欧州の「Three UK」などの大手キャリアがすでに移行を決定した。マルチベンダーによるオープンなクラウド環境を目指す動きと、単一ベンダーによる垂直統合(フルスタック)モデルの効率性を天秤にかけるキャリア各社にとって、この動きは今後のネットワーク戦略を左右する重要な分岐点となっている。
■ノキアの撤退がもたらした「2028年の移行期限」
ノキアは3年前の2023年6月、エリクソンの幹部らが現在明確に否定している決断を下した。同社は350人以上の従業員をIBM傘下のレッドハット(Red Hat)に移籍させ、ノキアのコアネットワーク・アプリケーションを実行する主要なクラウドインフラとして、レッドハットの「OpenShift」プラットフォームを採用することを発表した。
ノキアが開発を終了した「CloudBand Infrastructure Software(CBIS)」および「Nokia Container Services(NCS)」は、エリクソンが現在も提供を続ける「CNIS(Cloud Native Infrastructure Solution)」に相当する自社製クラウドレイヤーだった。ノキアは、レッドハットやハイパースケーラー(巨大クラウド事業者)を相手にクラウドインフラ分野で競合することは不可能であり、キャリア側もベンダーごとにサイロ化されたスタックではなく、単一の管理されたクラウド上で複数ベンダーのアプリケーションを動かすことを望んでいると判断したのだ。
しかし、このノキアの撤退は、CBISやNCS上でコアネットワークを構築していたすべての通信キャリアに対して、事実上の「猶予期限」を突きつけることになった。仏通信大手オレンジ(Orange)のグループCTOを務めるローラン・ルブシェ氏によれば、ノキアは自社製クラウドインフラの販売を終了し、約2年以内にサポートを終了する見込みだという。同氏は2026年4月にロンドンで開催されたイベント「FutureNet World」で、「現在のコアネットワークは依然としてレガシーなインフラ上にある。彼らはこのソリューションの廃止を決定したため、もう販売されておらず、サポートもあと2年ほどで終了すると思われる。そのため、私たちは移行しなければならない」と語った。
オレンジは将来の5Gコアを自社開発のプラットフォーム「Orange Telco Cloud」上で運用する可能性が高いが、ルブシェ氏は、独自のクラウドプラットフォームを構築するリソースを持たないキャリアには、より厳しい選択が待ち受けていると認めている。実際、英「Three UK」はすでに決断を下しており、2025年1月にノキアおよびマイクロソフト傘下のAffirmed Networksの組み合わせから、エリクソンのCNISパッケージへと全面的に切り替える契約を結んだ。
■エリクソンが「ベアメタル」に賭ける技術的理由
エリクソンがフルスタック戦略を維持する背景には、明確なアーキテクチャ上の主張がある。ハイパーバイザーや仮想マシン(VM)のオーバーヘッドを排除し、コンテナ化されたネットワーク機能(CNF)を物理サーバー上で直接実行する「ベアメタル」構成のCNISは、従来の仮想化インフラよりも優れたパフォーマンスと低い総所有コスト(TCO)を実現できるという主張だ。
2012年にETSI(欧州電気通信標準化機構)のNFV業界仕様グループによって標準化された従来のネットワーク機能仮想化(NFV)は、ハイパーバイザー上の仮想マシンでソフトウェアを実行していた。その後のクラウドネイティブへの移行により、VMはKubernetesによってオーケストレーションされる、より軽量で起動が早く、スケーラブルなコンテナへと置き換わった。エリクソンのCNISはこれをさらに一歩進め、ハイパーバイザーレイヤーを完全にスキップし、ベアメタルハードウェア上で直接Kubernetesを実行する構成を採用している。
エリクソンは、このアーキテクチャの選択により、従来の仮想化インフラと比較してTCOを15〜20%削減できると主張する。また、5Gコア・アプリケーションとCNISが検証済みのフルスタックとして統合されているため、マルチベンダー構成で必要となる複雑な相互接続テストを行うことなく、確実な動作が保証されるとしている。
現在、CNISを採用している顧客には、スイスコム、テロフォニカ・ドイツ(加入者数4500万人)、ウィンド・トレ、テルストラ、SKテレコム、そしてNTTドコモなどが名を連ねる。さらに、15以上の展開事例でエリクソンの5Gコア・アプリケーションがサードパーティのクラウドプラットフォーム上で動作しており、1社がGoogle Cloudと共同構築したオンデマンド5Gサービスを採用、他7社がトライアルを実施しているという。
■マルチベンダー志向のキャリアによる「脱・垂直統合」の圧力
しかし、エリクソンの垂直統合モデルに対する反論は、ノキアからだけではない。独ドイツテレコムは、マルチベンダーの5Gコア・アプリケーションを収容するために設計された、独自のコンテナオーケストレーション基盤「Horizontal TelCo Cloud(HTC)」を構築している。
ドイツテレコムが4月にHTCを発表した際、壇上にはマベニア(Mavenir)、アムドックス(Amdocs)、HPE、そしてノキアといったベンダーが並んだが、そこにエリクソンの姿はなかった。ドイツテレコムの広報担当者は、エリクソンの5Gスタンドアロン(SA)パケットコアは現在ドイツ国内で導入されておらず、将来的なHTCへの参加に向けて同社と協議を継続していることを認めている。
ドイツテレコムは、2028年までに既存のエリクソン製ノンスタンドアロン(NSA)5Gコアを段階的に廃止し、HTC上のマベニア製システムに置き換える方針を示している。これはエリクソンにとって、HTCイニシアチブへの協力を迫る短期的な期限であると同時に、欧州の大手キャリアがベンダーに依存しないクラウド戦略をいかに重視しているかを示す象徴的な動きと言える。
■累積赤字47億ドル、巨額の投資回収に向けた課題
エリクソンのクラウドソフトウェア&サービス部門は、2024年通期で9年ぶりの営業黒字を達成したものの、その営業利益率は8%にとどまり、ノキアの同等部門が記録した13%を大きく下回った。さらに2026年第1四半期には収支トントン(ブレイクイーブン)まで悪化している。Light Readingの報道によると、2017年以降の同事業における累積営業損失は455億スウェーデンクローナ(約47億ドル、約7567億円、1ドル=161円換算)に達している。
独自のクラウドインフラプラットフォームを維持するには、IBMの支援を受けるレッドハットや、AWS、Google Cloudといったハイパースケーラーに対抗し得る継続的な研究開発(R&D)投資が必要となる。エリクソンは効率化策として、2022年末以降にグループ全体で全従業員の5分の1以上にあたる約1万8000人の人員削減を実施し、コスト抑制を図ってきた。
また、このフルスタック投資が実を結ぶかどうかは、通信キャリアによる5Gスタンドアロン(SA)ネットワークの普及ペースに大きく依存している。しかし、2026年6月版のエリクソン・モビリティレポートによると、欧州における5Gミッドバンドのカバー率は60%にとどまり、北米の90%やインドの95%に比べて大きく遅れている。欧州の規制環境がキャリアの規模拡大を阻み、巨額のインフラ投資の回収を難しくしているとの指摘もある。
エリクソンは2026年4月1日に創業150周年を迎えた。電信機の修理工房から始まった同社は、いまや西側諸国最大の5G機器メーカーとなったが、「通信機器ベンダーが持続可能なクラウドプラットフォーム企業になり得るか」という問いへの答えは、まだ出ていない。今後2〜3年の間にキャリアが下す調達の決断が、エリクソンの巨額の賭けの成否を決めることになるだろう。
■注目ポイントQ&A
●エリクソンのCNISと、ノキアが採用したレッドハットのアプローチの違いは何ですか?
エリクソンのCNISは、ハイパーバイザーを使用せず、ベアメタルサーバー上で直接Kubernetesを用いてコンテナを実行する独自開発のプラットフォームです。エリクソン製品に特化して最適化されており、TCOを15〜20%削減できると主張しています。一方、ノキアは自社製インフラから撤退し、レッドハットの「OpenShift」を採用しました。こちらは様々なハードウェアやクラウド環境で動作する汎用性とマルチベンダー対応を重視した設計となっています。
●ノキアがクラウドインフラ事業から撤退したことで、既存顧客にはどのような影響がありますか?
ノキアの既存クラウド製品(CBISおよびNCS)は開発が終了し、2028年頃までにサポートも終了する見込みです。そのため、これらのプラットフォームを使用しているキャリアは、期限までに新しいインフラへ移行する必要があります。この移行を機に、Three UKのようにエリクソンのフルスタック構成へ乗り換える動きも出ています。
●エリクソンのクラウド事業の財務状況はどうなっていますか?
同部門は2024年に9年ぶりの黒字化を達成したものの、2026年第1四半期には再び収支トントンまで低下するなど、収益性は依然として不安定です。2017年以降の累積営業損失は455億スウェーデンクローナ(約47億ドル、約7567億円)に達しており、独自インフラを維持するための巨額のR&D投資を回収できるかどうかが今後の課題となっています。
元記事: Ericsson Commits to Full-Stack 5G Core as Nokia Customers Find New Homes