Googleが直面する「二正面作戦」:トップAI人材の流出と検索AI化が脅かす広告帝国
2026年6月25日 00:45
Googleの親会社Alphabetの株価が下落するなか、同社のAI部門からトップ人材の離脱が相次いでいる。背景には、同社が推進する検索エンジンのAI化が、自社の主要な収益源である広告ビジネスを脅かしているという構造的なジレンマがある。優秀な研究者をめぐる競合との争いと、自社のビジネスモデルとの戦いという「二正面作戦」を強いられる同社の現状を追う。
■人材流出と株価下落:Googleを襲うダブルパンチ
Alphabet(アルファベット)の株価が月曜日に6%以上下落し、火曜日も軟調に推移した。これは過去1年超で最悪の下げ幅である。背景には、GoogleのAI組織から2人のトップ幹部が離脱したこと、そして同社の検索エンジンのAI化が、ビジネス全体を支える広告収入を侵食しているという懸念がある。
6月18日(木)、Geminiモデルファミリーの共同リードを務めていたエンジニアリング担当バイスプレジデントのノーム・シャジール(Noam Shazeer)氏がOpenAIへの移籍を発表した。翌6月19日(金)には、AlphaFoldの開発で2024年ノーベル化学賞を共同受賞したGoogle DeepMindのバイスプレジデント、ジョン・ジャンパー(John Jumper)氏がAnthropicへの移籍を発表した。わずか48時間の間に、最も著名な2人のAI研究者が、それぞれ競合他社へと去ったことになる。
Googleが直面する課題は、単に誰が去ったかという問題にとどまらない。同社は現在、優秀な研究者を奪い合う「人材獲得競争」と、自社の広告エンジンを脅かす「自社製品との戦い」という、望まぬ二正面作戦を強いられている。
■自ら招いた「二正面作戦」の構造
Googleのジレンマは構造的であり、自ら招いた側面もある。同社の売上高の約4分の3は広告が占めている。このモデルは、ユーザーが検索結果をクリックして広告主のページに遷移することに依存している。
しかし、Seer Interactiveが2510万件の「AI Mode(AIモード)」インプレッションを分析した調査によると、AIモードが有効な場合、クエリの93%が外部ウェブサイトへのクリックなしで終了している。SparkToroが分析したSimilarwebのデータによると、AIモードに限らず、Googleの全クエリにおけるゼロクリック率は10年前の約45%から、現在は68%に上昇しているという。
Googleは、競合に市場シェアを奪われるリスクと、競争力を維持するために導入したAIツールが自らの収益モデルを破壊するというリスクの双方に直面している。Googleは「I/O 2026」開発者会議で、検索窓の25年ぶりの大幅な刷新を発表し、インターフェースにAIモードを直接組み込んだ。古い検索パラダイムの終焉は明らかだが、新しい広告エコノミーがどうなるかは未解決のままだ。
マーケティング企業AmsiveのSEO・AI検索担当バイスプレジデント、リリー・レイ(Lily Ray)氏は、この刷新が「インターネットに壊滅的な影響を与える」と警告する。特にGoogleからの流入に依存するパブリッシャーや独立系サイトへの影響は大きい。Condé Nast(コンデナスト)のCEO、ロジャー・リンチ(Roger Lynch)氏は「検索からの流入はゼロになると想定してビジネスを計画すべきだ」と語っている。
■27億ドルを投じても引き留められなかったトップ人材
2024年8月、Googleはシャジール氏が創業したAIスタートアップ「Character.AI」の技術ライセンス取得を主目的とする約2.7 billionドル(約4374億円、1ドル=162円換算)の契約を結び、同氏と研究者グループをGoogle DeepMindに復帰させた。Googleは彼をエンジニアリング担当バイスプレジデントおよびGeminiの共同リードに据え、モデル開発の基盤となる事前学習フェーズを任せた。DeepMind内部では、彼の貢献によりGeminiの性能が大幅に向上したと評価されていた。
しかし、この巨額契約から2年も経たないうちに同氏は離脱した。シャジール氏は、新規株式公開(IPO)を控えるOpenAIに、AIアーキテクチャ研究のリードとして参画する。OpenAIのCEOサム・アルトマン(Sam Altman)氏は、同氏を「OpenAIの立ち上げ当初から最も一緒に働きたかった人物の一人」と歓迎した。
企業や人材の「アクハイヤー(技術・人材獲得を目的とした買収)」は、引き留め期間が終了すると優秀な人材が去ってしまうという失敗パターンが知られている。Googleは27億ドルを投じながら、わずか22ヶ月しか同氏を留め置けず、Geminiのスケールアップに関する知見を直接の競合に渡す結果となった。
■「Transformer」論文の著者全員がGoogleを去った歴史
シャジール氏の離脱が特に象徴的なのは、Googleにおける歴史的なパターンの繰り返しだからである。同氏は、今日のGPT、Gemini、Claudeなどの大規模言語モデル(LLM)の基礎となった2017年の画期的な論文「Attention Is All You Need」の共同著者の一人である。この論文は17万3000回以上引用され、21世紀で最も引用された科学論文のトップ10に入る。
「マルチヘッド・自己アテンション(multi-head self-attention)」や「位置エンコーディング(positional encoding)」といった技術革新は、現在のAI時代のエンジニアリングの基礎となっている。しかし、論文発表後、8人の共同著者全員が最終的にGoogleを去った。
アシシュ・ヴァスワニ(Ashish Vaswani)氏らはAdept AIを共同創業し、エイダン・ゴメス(Aidan Gomez)氏はCohereを、イリア・ポロスキン(Illia Polosukhin)氏はNear Protocolを共同創業するなど、多くが直接の競合となった。シャジール氏も2021年に一度Googleを去ってCharacter.AIを立ち上げ、2024年に復帰したものの、再び去った。GoogleをAIの覇者にしたアーキテクチャを築いた人々は誰も残っておらず、今回の人材流出もその歴史を繰り返している。
D.A. Davidsonのアナリスト、ギル・ルリア(Gil Luria)氏は、現在の最先端の競争はAnthropicとOpenAIの間で展開されていると指摘し、Googleの膨大な資金力が人材流出を補えるか疑問視している。
■ノーベル賞受賞者もAnthropicへ移籍
ジョン・ジャンパー氏の離脱も同様に痛手である。同氏は、タンパク質の3次元構造を予測するAIシステム「AlphaFold」を共同開発し、構造生物学の長年の課題を解決した。この功績により、DeepMindのCEOデミス・ハサビス(Demis Hassabis)氏とともに2024年のノーベル化学賞を受賞している。
ジャンパー氏は約9年間在籍したDeepMindを6月19日に去ることを発表した。ハサビス氏は「AlphaFoldで達成したことは世界を変え、科学と医学のためのAIの可能性を示した」と称賛した。
円満な退社に見えるが、その影響は小さくない。Anthropicは2026年を通じて、ウェットラボ(実験施設)の整備やバイオテクノロジー研究、主要研究機関との提携など、ライフサイエンス分野のインフラ構築を進めており、ジャンパー氏の専門知識と合致する。Bloombergの報道によると、業界の人材分析では、DeepMindからAnthropicへのエンジニアの流出比率は約11対1に達しており、特にGoogleが商業化に苦戦しているAIコーディングツール部門からの流出が目立つという。
■「ゼロクリック」がもたらす広告モデルへの打撃
ゼロクリック問題のメカニズムは直感に反するため、技術的な説明が必要だ。Googleの「AIモード」は、検索時にインデックスされたコンテンツに対して推論を実行し、LLMが関連ページを読み込んで情報を抽出し、要約された回答を結果ページに直接表示する。ユーザーにとっては便利だが、クリック課金型の広告モデルにとっては不都合である。AIモードのクエリの93%が外部へのクリックを発生させない。
もちろん、Googleの広告ビジネスが完全に崩壊したわけではない。BrightEdgeのデータによると、AI Overview(AIによる概要表示)の結果に広告が表示される割合は、2025年1月の約3%から25.5%に上昇している。2026年第1四半期のGoogle検索の売上高は、前年同期比19%増の60.4 billionドル(約9兆7848億円、1ドル=162円換算)に達した。構造的な圧力は本物だが、GoogleもAI時代に対応した広告フォーマットを構築中である。問題は、その新フォーマットが従来の損失を補うスピードで成長できるかだ。
シャジール氏の技術的貢献は、2017年の論文にとどまらない。モデルの一部のみを活性化させて推論コストを劇的に下げる「Sparse Mixture of Experts(スパース混合専門家)」や、メモリ帯域幅を削減して高速な推論を可能にする「Multi-Query Attention(マルチクエリ・アテンション)」など、現在のGoogleの最先端モデルを支える技術を開発した。その知見が今、OpenAIに渡った。
■好調な業績の裏に潜むリスク
財務状況は、人材流出のニュースほど悲観的ではない。Alphabetの2026年第1四半期決算は、総売上高が前年同期比22%増の109.9 billionドル(約17兆8038億円、1ドル=162円換算)、営業利益が39.7 billionドル(約6兆4314億円、1ドル=162円換算)と非常に好調だった。Google Cloudの売上高は初めて20 billionドル(約3兆2400億円、1ドル=162円換算)を超え、前年同期比63%増となった。
GeminiのAIチャットボット市場におけるウェブトラフィックシェアは、First Page Sageの分析によると、SearchやAndroid、Workspaceへの統合により、過去1年で5.7%から13.1%へと急成長した。StatCounterの2026年5月のデータによると、Googleのグローバル検索シェアは約90.5%を維持している。ChatGPT SearchやPerplexityのクエリ数は成長しているものの、Googleの1日約140億回の検索に比べればわずかである。Pichai(ピチャイ)CEOがI/Oで述べたように、AIモードの月間ユーザー数は10億人を超え、クエリ数は四半期ごとに倍増している。
Jefferiesのアナリストは、一連の離脱について「GoogleがAI開発で後退しているシグナルではなく、業界全体の人材争奪戦の一コマに過ぎない」と分析している。しかし、人材争奪戦と広告モデルの防衛という二つの戦いにおいて、Googleが完全に勝利しているとは言い難い。
■オルタナティブ検索の台頭とパブリッシャーの苦境
Googleの検索シェアは2023年のピーク時(92.9%)から約90.5%へと緩やかに低下している。DuckDuckGoは、GoogleのI/O 2026での検索刷新後、週間のインストール数が約30%急増した。プライバシー重視の同社CEOガブリエル・ワインバーグ(Gabriel Weinberg)氏は、Googleのアプローチを「オプトアウトの方法がないAIの押し売り」と批判する。
パブリッシャーにとっての影響はすでに深刻だ。Reuters InstituteとChartbeatのデータによると、2025年11月までの1年間で、Google検索からパブリッシャーへのトラフィックは世界全体で33%減少した。オープンウェブを2世代にわたって支えてきた経済モデルが構造的な危機に瀕しており、その圧力をかけているのが、他ならぬGoogle自身の製品であるという皮肉な状況が生じている。
■注目ポイントQ&A
●Googleの検索市場シェアは実際に低下しているのですか?
2026年5月時点のデータによると、Googleのグローバル検索シェアは約90.5%で、2023年のピーク時の92.9%から緩やかに低下しています。しかし、より深刻なのは「ゼロクリック検索」の増加です。全クエリの68%が外部サイトへのクリックなしで終了しており、ウェブパブリッシャーや広告モデルを支えるトラフィックの減少が急速に進んでいます。
●Transformerアーキテクチャとは何ですか?なぜノーム・シャジール氏の離脱が技術的に重要なのですか?
Transformerは、2017年の論文「Attention Is All You Need」で発表されたニューラルネットワークの設計図で、現在のGPTやGemini、Claudeなどのほぼすべての主要な大規模言語モデル(LLM)の基礎となっています。シャジール氏はこの論文の共同著者であり、モデルの推論コストを劇的に下げる技術なども開発しました。彼の離脱により、Geminiのスケールアップに関する重要な知見が競合であるOpenAIに渡ることになります。
●人材の流出は、GoogleのAI技術が遅れをとっていることを意味しますか?
必ずしもそうとは限りません。Google DeepMindは世界で最も資金力のあるAI研究組織の一つであり、個々の研究者の離脱がすぐに技術的な後退を意味するわけではありません。アナリストも、今回の離脱は業界全体の人材争奪戦の激化を示すものであり、Googleの技術的な撤退を意味するものではないと指摘しています。
●検索の68%がクリックなしで終わる時代に、企業やパブリッシャーはどう対応すべきですか?
SEO(検索エンジン最適化)の専門家は、クリック数の最適化から、AIの回答内で引用されるための最適化(GEO:Generative Engine Optimization)への移行を推奨しています。AIによる回答に引用されることで、ブランド認知度を高め、購買意思決定に影響を与えることができます。また、自社の主要な検索クエリがどのようにAIモードで表示されているかを分析し、構造化データなどの対応を進めることが重要です。
元記事: Google Bleeds Top AI Talent as Its Own Search Overhaul Threatens Ad Revenue
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