オリンパス社長解任と日本企業のグローバル経営

2011年10月17日 18:13

■就任半年の外国人社長が解任された!?
 この原稿は、10月14日金曜日の午後に各種メディアの報道内容を見てから書いている。今年4月に社長に就任したマイケル・ウッドフォード社長が、本人以外の全取締役の賛成により社長の任を解かれ、業務権限のない取締役となった。このポジションにいつまでいるかもわからないという。

 事実関係はまだ分からない。また、私はオリンパス社、またはウッドフォード元社長のどちらの肩入れをするつもりもない。

 ただ、この象徴的な事件から何が言えるかを考えてみた。このオリンパス事件についての論評ではなく、この事件を契機として日本企業のグローバル経営について考えるのが目的だ。今後よりグローバルでの経営が求められる中で、これ以上ない学習の機会だからだ。

 こうした趣旨から、オリンパス社の状況を材料と解釈させていただき、以下に日本企業のグローバル経営に関する問題を取り上げてみる。

■グローバル経営に関する問題:コミュニケーション
 1981年から子会社に在籍し、実績を上げてきた人間を抜擢した後、半年で「他の経営陣との経営の方向性と手法のかい離」を理由に解任するとはどういうことなのか?

 オリンパス社菊川会長(当面社長職兼任)は、ウッドフォード社長解任に対して「日本人の経営者ではやりにくいことを実現してくれるとの期待はあったが、創立92年に培われた経営スタイル、日本の文化を経営に生かさなければいけないことについて、彼は理解を進められなかった」と話している。

 社長就任の段階でどこまで「やりにくいことの実現」と「日本のやり方」に踏み込むか、そのスピードや社長の権限等について、どこまで具体的に詰めたのだろうか。私には大きな疑問が残る。

 今回の社長解任と関連しているのは、実は海外での契約書のまとめ方、ビジネスディールの作り方というレベルのコミュニケーションの基本に関連する部分が大きいと感じた。

 論点を明確にしたり、詳細だが必要な部分を、日本人からすると「ここまで言わなくてもわかるだろう、長年やってきているのだから」と考えてしまう。

 変革を期待するのであれば、その代償としての抵抗勢力の台頭や、マネジメントスタイルの違いは当然想定できたはずだ。しかし、「彼は1981年から我々と一緒にやっている。当然我々のやり方を理解したうえで、難しい改革をしてくれるのではないか」と期待したのではないか?

 今まで長年やってきて、欧州で実績をあげている。考え方も分かっている。何をしたいか会社としては実は不明瞭だが、「彼ならやってくれるのではないか」というぼんやりとした期待を持つ。そしてその思いを話す。

 社長就任を持ちかけられた側は、「本当にどこまでのことをしてもよいのか。この人たちは本気なのか」と思いながら、も総論のレベルで「会社を真のグローバル企業にしていきたい。競争力をつけて、筋肉質なオペレーションを実現する。その結果ひねり出したキャッシュで、新規の投資を行っていく。地域戦略も見直すつもりだ・・・」

 詳しくは、自分が社長になってから、自分なりのやり方でやる、という気持ちでいるであろうことは欧米の人間でなくとも、日本人でも同じであろう。

 事実を知らないものの想像であり、誤っていたらご容赦いただきたい。ただ、冒頭申し上げたように、1つの材料と解釈させていただくと、私には同様の現場にいたことも含め、片手に余る事実を見てきている。

 こうした曖昧さ、日本人らしさはグローバルにビジネスを行う上では、訂正すべきものだ。

 既存の日本人役員との関係や、指示命令系とはどうなのか。目標の持ち方や、意思決定の仕方について、どこまで実際に詰めただろうか。

次ページ ■人材に関する問題:日本人に海外人材の評価ができるか?

■人材に関する問題:日本人に海外人材の評価ができるか?
 関連した課題として、日本人以外のビジネスマンの評価をすることが、日本企業には致命的にできない、ということもあげておこう。

 それも当然だ。20年の「失われた期間」の最中に、世界のマネジメントスタイルは、徐々にある程度のスタンダードを形成しつつある。お隣韓国も大統領を中心としたリーダーシップで、かなりの改革を進めた結果、企業経営という点では日本企業よりはグローバル化に対応している。

 こうした状況で、多勢に無勢ともなりつつあるなかで、スタンダードから遅れているのが日本企業の姿だ。こうした日本企業だけで育った人材には、海外の人材を評価することは難しいと私は考える。自分たちの知らない、経験したことのない世界で業務をしている人の評価はできない、というのが単純な理由だ。

 遅れているだけではない。本来であれば、一本筋を通して主張すべきこと、価値のあることさえしっかり伝えきれていない。海外の人間に伝えられないと、「あいつらは分からない」よばわりをして、分かっている人間=日本人だけでビジネスを進める。海外の人間からは「日本人は何を考えているか分からないと」言われる。

 結局前項でも述べたコミュニケーション問題になってしまう。コミュニケーションで留まっている間は、本当に生産的な、付加価値のある話はできない。

 今、欧米だけでなく、アジアの主要国でも人材についてジャパン・プレミアムならぬ、ジャパン・ディスカウントがあるのはご存知だろうか。

 日本人ということだけで「本当に仕事ができるのか」という偏見を持たれる。(ただし、生産技術等、一部の特殊スキルや経験を持った人は別だ。こうした人にはむしろシニアが多い。皮肉なことにそうした方々が本来の価値とは比較にならないほど安い給与で雇用されている。)

 私の知っている某超大企業では、北米事業の責任者(本社役員も兼ねる)を選ぶときの選択肢の基準が、「長く付き合った人間」という評価軸であった。この評価軸だけ聞くとそれほどおかしいとは思わない。しかし裏がある。

 日本企業の海外子会社で、長く在籍して認められた人間の中で、本当に優秀な人間がいるのか、という問題だ。

 これに答えるだけの事例を私はまだ持っていない。しかし、優秀でない場合、平凡であった場合に関わらず、著名日本企業であってもその海外子会社のトップ級の人材が、それほど高い評価を人材市場で受けていないということは知っている。

 彼らは、長年日本企業に勤めることで、結果的にグローバルな市場に戻る機会や、その時の自分の価値をリスクに晒していることを知っている。

■今回の失敗について
 話をオリンパス社に戻そう。今回の社長解任は、明らかに任命者責任があると私は考える。事実、菊川会長自身がそれを認めている。しかし、責任が明らかとは言え、日本全体について確実に言えることは、海外からみると「何のために社長にしたのか?どんな意思決定があったのか?やはり日本人は分からない」と思われていることだけは確実である。この際ウッドフォード氏が優秀であったかどうかは、大きな問題ではない。

 以前、ラグビーの平尾選手のお話を聞いた事がある。外国人にパスを出すときの「ちょっと出せ」とか「すぐそこ、その前」という感覚を合わせるのがものすごく大変だったという。

 海外でも当然ながら同じ国の人間同士であればこそもっている暗黙知や阿吽の呼吸はある。しかし、ダイバーシティに取り組み、人材を多様化している中で彼らは、当たり前と思っていることでも話をし、確認をする。

 そうしたことの面倒を厭わないことで、結果的に双方の視点の違いの理解ができる。それがイノベーションにつながり、組織の柔軟さにつながるという事例を、日本以外の国では実はもう何十年の単位で積み重ねている。

 いまから間に合うのか、日本は?

 私個人のエールとして、今から間に合わせるしかない、というのが答えだ。

 政治環境も合わせ、幕末、敗戦を通してパラダイム変化を経験しながら、常に成長してきたのが日本だ。確かに外圧による変化が多かった。

 今回、幕末や敗戦ほどではない、緩慢な変化であり、まだまだパラダイムシフトには至らないかもしれない。しかし、今もう一度成長に向かえないと、日本は本当に沈没する。それを食い止めるよう個人的に改めて何ができるかを考え、自分の仕事を通じて支援していきたいと改めて覚悟した。

■蛇足ながら
 オリンパス社の今回のケースは、材料として使っただけのつもりではあったが、この原稿の第一稿を送り終えてから、Financial Timesにウッドフォード前社長のインタビュー記事をまとめたものが発表された。

 過去に買収を行った際のファイナンシャルアドバイザーに対して支払ったフィーについて調査をしたことが解任の理由につながったと伝えられている(FT社記事のリンク先http://www.ft.com/intl/cms/s/2/87cbfc42-f612-11e0-bcc2-00144feab49a.html#axzz1axfLYVrp)。

 これからは双方の主張の交換になるであろう。事実であるにせよ、そうでないにせよ、単なる解任を超えてオリンパス社の企業価値を棄損したことに変わりはない。

 事実であった場合、その解任の仕方も含め、日本の企業統治にまた一つケチがつく。米国でもエンロン等、企業経営における不透明な資金の動きという点で、企業統治についての見直しのきっかけとなった。今回ウッドフォード社長が、疑いを確認するという当たり前のことを行ったことが解任につながったとしたら、お粗末極まりないことになる。

 (文章中の「」付き引用は主にロイターから:http://jp.reuters.com/article/technologyNews/idJPJAPAN-23628720111014

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