5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (66)

2022年1月25日 08:06

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時間と効用(メリット)の関係性

時間と効用(メリット)の関係性[写真拡大]

 あなたは明後日に控えた競合プレゼンのために残業をしています。勝てば10億の予算獲得で、自身の昇進にも影響する重要な業務です。ここ数日、あなたは緊張状態が続いています。そこに素敵な誘惑を抱えた同僚が飛び込んできました。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (65)

 「おー、いた、いたっ! これから西麻布でさ、●●●社の受付嬢たちと飲み会やるんだけどっ! 超ぉぉぉ~~~~~~~~カワイイから来ない? 今、彼女いないんだろ? チャンス、チャンスぅ~~~ 行くぞっ」

 「売上アップと自身の昇進がかかった明後日の競合プレゼン」と「カワイイ彼女が見つかるかもしれない、これからすぐの合コン」。あなたなら、どちらを取りますか?

 「競合プレゼンに勝ち、自身の信頼を積み重ね、価値を上げていくこと」の方が将来的にはメリット(効用)が高い。そう理解していても、多くの人は目の前の「カワイイ子ぞろいの合コン」という今すぐの楽しみ(効用)を選んでしまう。

 これは、人間が「効用の大きさ」を感じ取る時、「現在(今)」に近いほど大きく感じ、「先のこと」になればなるほど小さく感じる「時間的選好」が働いているからだと行動経済学では論じています(*グラフ参照)。「今」に近いほど効用が高くなることを「時間的選好」と呼びます。

 確かにプレゼン準備中に合コンに誘われて、「今すぐ合コン」を選べば、その人は大切な将来よりも「今」を重視する傾向があるという結果論になります。しかし、人間の意思決定が「時間」だけに左右されるものなのでしょうか? 

■(67)本能の複合物が人間の意思を決定する

 人間の意思決定とは、時間的選好以前に「情緒に関する本能」とそれを押さえつける「理性・知性・創造性を含む本能」に依拠するところが大きいと私は感じています(リサーチ無しの主観)。

 出世欲や競争欲、名誉欲といった類の「本能」は、カタチを変えてほぼ誰にでも存在するものの、今までの習慣や環境に形成された習性によって「欲求の強さ」や「質の違い」が個人の差として表れます。その人が育った家庭環境や教育機関、就労先の業務の難度、社内競争力のレベル等の影響によって、差が生じてくるわけです。

 その個人差は、「設定目標」の内容に発現します。例えば、「競合に負けてもいいから、とにかく営業担当と得意先のオーダー通りに100%打ち返しておこっ!」という身も蓋もない寡欲目標タイプもいれば、「来期以降の競合回避策を盛り込むことで他社への発注を不能にし、且つ海外賞が狙える仕立てにしておこう」と踏み込んでプランニングする、したたか強欲目標タイプもいます。このように、「本能」には個人差による「欲の質量差」が生じるのです。

 寡欲目標タイプは、仕事に対し軽薄で低モチベーション。食欲・睡眠欲・性欲などの「低次の本能(下位の本能)」が強い持ち主です。プレゼン準備も自身の未来も放棄し、ソッコー「今すぐ合コン」に参加する確度が高い人です。

 一方、強欲目標タイプは、既述の通り、マルチタスクの戦略家。「高次の本能(上位の本能)」、つまり、「理性・知性・創造性を含む本能」の持ち主と推察できます。この「理性・知性・創造性の高次本能」が性欲などの「低次本能」を抑え、支配し、コントロールしていくのです。

 ここでは立論上、出世欲を高次本能(上位本能)、性欲を低次本能(下位本能)と位置付け、2つをあえて切り離しましたが、この2つの本能は確実に心のどこかで接続しています。読者の皆さんも、なんとなく身に覚えがあるのではないでしょうか。

 例えば、「今夜の合コンは我慢してプレゼン準備に集中しよう。来期ガツンと出世してしまえば、今晩よりもさらに1つ上をいく女性と出会えるかもしれない…… いや、絶対にそうしてみせる。俺ならできるっ!」と妄想に拍車がかかり、逆にプレゼン準備にドライブがかってしまう男性。

 この男性は、高次本能で低次本能を抑えつつも、最終的には女性を求めています。これは高次本能が低次本能と繋がっていることを示します。高次本能を備えたこの男性のプレゼンテーションには自社の扱い高を増やす目的だけでなく、地位と収入と異性の獲得といった極めて個人的な欲求が内在しているのです。

 磨いたスキルでプレゼンに勝ちたい、教養を身に着けたいといった向上心・高次本能は、そうすることで「出世したい」「所得を増やしたい」「いい生活をしたい」そして「異性にモテたい」のであり、結局、それは低次本能がベースになっています。このように人間の「本能」とは、さまざまな本能が往復する「複合物」なのです(低次本能 ⇔ 高次本能)。

 このように人間の意思決定とは、複合的な本能の繋がりによって、最終的に高次本能が低次本能の衝動を抑えこみ、思考し、未来をイメージし、それを創り出そうとするメカニズムの「入口」だと私は考えます。

 「今すぐの効用か、将来的な効用か」と2択を迫られた際、時間的選好で意思決定する人は、低次本能が高次本能よりも強い人であることの証左です。今後、キャリアを築いていく方は参考にしていただきたい。


 ※参考文献:「サクッとわかるビジネス教養 行動経済学」、「人間の本能を構成する『3要素』」

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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