5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (30)

2020年4月12日 16:34

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 先週、何気なく深夜アニメを観ていた時のこと。そのエンディングテーマは「君は天然色」でした。うるわしのクォオラーガァァァ~ル♪ と大瀧詠一のアンニュイを真似ていた小6の自分を思い出しました。数々のCMソングにも起用された色褪せない名曲。作詞は松本隆でした。

【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (29)

 透明感のある(脱力感とも言う)大瀧の歌声と、不思議な切なさを持つ松本の歌詞。発売から39年経ち、ど中年になった私にも、変わらぬ切なさを届けてくれるのはなぜか。気になって検索したところ、あるエピソードを見つけました。(以下、エピソードなどは http://www.tapthepop.net/song/43583 より)

 大瀧はCBSソニー移籍第1弾のアルバム「ロング・ヴァケイション」の作詞を松本に託しますが、その後、松本に悲しい出来事が起こります。事情を説明して断ろうとした松本に対し、大瀧はこう言います。

 「いいよ、俺のアルバムなんていつでも出せるんだから。発売を半年延ばすから、ゆっくり看病してあげなよ。今度のアルバムは松本じゃなきゃ意味が無い。書けるようになるまで気長に待つさ」

 その後、松本が書いた「君は天然色」はアルバムの1曲目を飾ることとなります。私はずっとラブソングと信じて疑わなかったのですが、じつは大切な妹さんへの思いをしたためた哀歌でした。

■(32)個人的な思いを普遍的な共感へと変換できた時、そのクリエイティブは比類無き強度が備わる

 筆舌に尽くし難い悲しい経験を、身を削りながらクリエイティブに転化し昇華させていく作詞作業だったと推察されます。

 松本は思いの「対象」を、聴き手が共感しやすい設定である「昔の恋人」にずらし、聴き手の気持ちに巧くアジャストさせてメッセージングしました。声高でない抑制の効いた一つ一つの表現が胸を打ちます。今読み直しても、全体設計の緻密さと圧倒的な表現力、そして不撓不屈のプロ意識を感じさせます。

 大切な人を看取った後に歩いた渋谷の風景は、松本の眼には色の無い「モノクローム」に映ったそうです。だからこそ、「うるわしのColor Girl」というワードが導き出されたのでしょう。

 過去は変えられないし、未来は個人の力ではコントロール不能です。それでも、どこまで未来を変えていけるか苦心するクリエイターの姿がエピソードと歌詞から想像できます。そして、その苦しい思いや時間を、万人に覚えのある共感度の高い「普遍的な切なさ」へと松本は変えていったのです。

 このように辛いファクトを好転させて作り上げたからと言って、クリエイター自身の気持ちが晴れるわけではありません。しかし、絶望的な悲しみを仕事の中で昇華させ整理していく意気・静かな凄み(または覚悟)を備えたクリエイティブこそ、その強度は別格であることをこの歌詞は証明しています。

著者プロフィール

小林 孝悦

小林 孝悦 コピーライター/クリエイティブディレクター

東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。
http://www.copykoba.tokyo/

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